《函谷関(Han Gu Guan)》

『かんこくかん』をご存じですか?

現在の学校カリキュラムがどうなっているか存じませんが、私を含む40代以上の日本人なら
滝廉太郎
の『荒城の月』・『花』に並ぶ有名な箱根の山に関する歌を口ずさめる筈です。
   はこねのやまはてんかのけん
   かんこくかんもものならず
   ばんじょうのやませんじんのたに
   まえにそびえしりえにさそう・・・
意味が分からずとも数十年経った今でも口から出てきます。この曲の題名は、『箱根八里』です
が、正確に題名を言えなくても軽快なテンポの名曲で多くの人々に親しまれています。

さて、私自身、多分、学校の先生に教えられたのでしょうが、『かんこくかん』というのは中国の地名
であることは知っていましたが、何処にあるのか全く知りませんでした。

2008年4月4日

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函谷関まであと○○kmとの標識が現れましたが険しい山の中ではありません。そしてとうとう『函谷関
旅游区』と書かれた大きなゲートに辿り着きました。

『函谷関旅游区』の案内図です。

ようやく『函谷関』は『関所』であることに気付いたのでした。
それにしても『万丈の谷、千仭の谷』はどこも見渡してもありません。

明らかに『関所』です。

切り通しの地層です。硬い岩と砂の堆積が層になっています。
専門家ではありませんが、太古ここに川が流れていた証しなのでしょう。

ヤオトンの残骸も残っていました。

『太初宮』へも立ち寄りましたが凡庸な道教の寺でした。

『函谷関楼』の背後に小道が続いており、楼閣の様なものが見えます。途中で痛めた足を引きずって
進むと新しく整備されたであろう楼閣があり上に登ると古道が見えました。

『箱根八里』
作詞 鳥居忱(とりいまこと、1853−1917)
作曲 滝廉太郎(たきれんたろう、1879−1903)

箱根の山は 天下の険 函谷関も物ならず
萬丈の山 千仭の谷 前に聳え後にささふ
雲は山をめぐり
霧は谷をとざす
昼猶闇き杉の並木 羊腸の小径は苔滑か
一夫関に当るや萬夫も開くなし
天下に旅する剛毅の武士
大刀腰に足駄がけ 八里の岩ね踏み鳴す
斯くこそありしか往時の武士

正直なところ、『かんこくかん』が『函谷関』であることも知りませんでした。
河南省の地図に『函谷関』を見つけた時、これがあの『かんこくかん』なのかと納得するすると同時に
いつか訪ねてみたいと思うようになっていました。

そのチャンスが思い掛けずに巡ってきました。
2008年4月4日、河南省は洛陽からタクシーをチャーターして函谷関へと向かいました。
洛陽の西約150kmにあることを調べていました。

情報は、『歌』だけです。
文語体の難しい歌詞ですが、箱根の山の険しさを、『万丈の谷、千仭の谷』と表し、『函谷関も〜』は、
箱根の山が函谷関に匹敵する急峻な山であることを謂っているということは『函谷関』は絶壁の峡谷
であろうと想像していました。

《入場券(裏)》

期待を大きく裏切られて私はためらいました。最早やどうでもよくなっていました。入場料(40元)も必要
だし、入るのを止めようと言ったところ、台湾人の友人は函谷関は有名な場所だから是非入ろう、お前が
いやなら俺一人ででも入りたいとさえ言うので入場することにしました。

右上が『函谷関』

中央が『太初宮』

先ずは『函谷関旅游区』の目玉である『函谷関』へ向かいました。
『函谷関旅游区』の右奥です。広大な『函谷関旅游区』ですからかなり時間がかかりました。
とにかく『函谷関』は峠の関所だったのです。
有名な歌の印象が強烈に染み着いていましたからすっかり断崖絶壁の峡谷だと思い込ん
でいたのでした。
ひょっとしたら昔のことで情報もそんなになかったことから、作詞者も作曲者の滝廉太郎も
知らなかった可能性もあるのかなあと思った次第でした。

これで『函谷関』はおしまいです。
歌に導かれての旅でしたが、観光地としては100満点として50点以下。
余程時間に余裕のある人にしかお勧めしません。

ご苦労様でした。

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