《中越(中国とベトナム)国境へ陸路で行く》

広西チワン族自治区(=省とほぼ同じ)の中心都市・南寧から国境の町で
ある憑祥(簡体字表示=凭祥)へ行く・・・これが陸路でベトナムへ入るメイ
ンのルートであることを知りました。
中国はベトナムと接しています。道路は当然として鉄道も繋がっており国境では交易も盛んであ
るという記事を新聞で読んだ記憶があります。
ネットを中心に調べてみると、時間はかかるもののそれほど大儀なく行けそうだということが判り
実行することにしました。
東莞から南寧へ、900km余りを約14時間かけて走る列車が毎日あるという
のです。安全性において長距離バスには問題がありそうなので鉄道でという
ことにしました。
黒枠内が今回乗車した部分
即刻、友人は車を走らせてこの切符を入手してきました。

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2010年3月18日訪問
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ともかく、南寧を目指そう!
ルールは、『飛行機を使わない』・『タクシーを使わない』・『高級ホテルに泊まらない』の3点を課しました。

当初は何らかのルートでバスを乗り継いで南寧を目指そうと思っていましたが、友人が『鉄道』の方が楽だと言い
ルートを示してくれました。中国探訪の拠点にした《広東省東莞市》からだと直通の列車があるというのです。
                                   (http://www.huoche.com.cn/から)
旅の出発点は広東省東莞市にある《東莞東駅》でした。
常に出稼ぎ労働者で溢れている東莞市にある長距離列車の発着駅です。
この写真は前日の昼間に撮ったものです。私が乗るK231列車の東莞東駅発は早朝の5時36分
ですから3月といえども真っ暗でした。
駅構内、待合室に掲げられている時刻表です。
下は今回私の乗車するK231の部分の抜き出しです。
もう外は真っ暗です。直ぐにこの夜のホテル探しです。明日の朝の《凭祥(Ping Xiang)》行きの列車の発車が
早いので当初から駅近辺に決めていました。寄ってくる客引きを追い払いながら駅周辺をぶらぶら歩いて
たまたま目についたホテルに『今夜部屋は空いているか』『幾らだ』と尋ねて投宿したのがこのホテル。
100元(約1400円)でした。値切りの交渉をすれば80元程度にはなったと思いますが、夜も8時を過ぎて
いて先ず宿の確保が重要だったので言い値で泊まりました。
硬座(2等車に相当)での14時間の旅、多くの貴重な体験をしましたがそれは別の機会に・・・
ともかく、30分以上遅れたものの当初の目的の《南寧》に午後8時過ぎに到着しました。
翌日、3月18日はいよいよベトナムとの国境の駅《凭祥》へ行きます。
事前の中国鉄道時刻表検索サイト、http://www.huoche.com.cn/で調べておいた『南寧』から『凭祥』へは
1日に3本あるようです。『南寧』から『凭祥』間は220km、下の表では5517が3時間33分、7311が5時間
51分、T8701が3時間26分の所要時間になっています。
快速と普通の違いのようです。『南寧』には余り興味がなかったので朝の5517で『凭祥』に行くことを決めて
いました。
翌日の早朝に切符を買うために駅へ行き、掲げられている《南寧駅旅客列車時刻表》を見てみると何
1日に2本(ベトナムへ入る夜行の国際列車を除く)に減っています。また、目的の列車の時刻
も7時20分に繰り上がっています。どうやら、つい先日の3月5日に改正がなされたようです。

早く駅に行ってよかった(駅近辺のホテルに泊まっていてよかった)・・・早速に切符を買い求めました。
これが買った切符です。硬座(日本の新幹線の車両同様に、通路を挟んで2席と3席の配置に
なっています)です。
このような列車は座席指定になっていて、この車両は2階建てで、私の席は3号車2階の58番
と表示されています。
列車の時刻をチェックしておもむろに駅舎から外に出ました。
泊まった『華雲賓館』
『南寧』駅に向かって左に100m程行った所にありました。
夜も遅くなったので駅前大通りを渡って向かいの店でビール2缶とつまみを買って
ホテルに戻りました。(23元消費)
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別の掲示によると、5517は『凭祥』まで途中で
3駅に停車するようで、運賃は30元、220km
で30元(400円余り)ですから安いです。
きょう乗る列車の切符を確保して一旦ホテルに戻り、旅支度を整えて『南寧』の駅へ出直しました。
駅前には昨夜は気付かなかった広西の観光地図がありました。
きょう向かう中越国境付近の部分を拡大してみました。右上が『南寧』です。そして左下の方に
『凭祥(Pingxiang)』があり、国境のメモリアルゲートである《友誼関》が大きく表示されています。
更に国境部分を拡大してみました。
駅に入場し、指定された待合室でしばらく待っていると、ホームへ進めとの表示が出ました。
人の流れに従って階段を昇り降りしてホームに進むと既に列車は入場していました。
座席は指定ですから慌てる必要はありませんが、皆んな我先にと乗り込みます。
中国らしい光景は、荷物を天秤棒で振り分けにしている赤いセーター姿のお姉さんでした。
車内はほぼ満席で、当日の朝にかかわらず切符を買えたことはラッキーだったかも知れません。
『南寧』を発車すると直ぐに田舎の風景が現れ
ます。走る車内からの撮影で見難いですが、
バナナが結構多く見えます。

南へ来たんだな、という感慨に浸りました。
また、南方に多い『竹』も多く見られました。
独特な生え方で、こんもりと大きい竹の株
のようなものが群落として生えています。

何度かベトナムに行ったことがあるのです
が、ホーチミンからハノイへ入ると、『北へ
来たなあ』という思いが強くしたもののです。
今回はハノイより北の国境地帯を目指しな
がら、『南へ来たなあ』という思いがします
から不思議なものです。
これはサトウキビ畑です。
『広西チワン族自治区』と言っても多くの人には馴染みがないでしょう。でも、有名な『桂林』の在る省
といえば、《そうだったのか・・・》と頷かれる方も多いと思います。『桂林』の山水画のような風情はその
地域が石灰岩が多いことにより、長年の雨水の浸食作用の結果の産物なのです。
この一帯も石灰岩質が多く、『桂林』のような風景も現れました。
途中、こんなたたずまいの小さな駅にすれ違いの
為に停車しました。何とも趣のある駅です。
(『大陵』という駅名が読み取れます)
中国の列車は色々と物を売りにきます。今回の乗車では『歯ブラシ』売りと、この液体物を吸収
する『樹脂製の布』売りが現れました。(概してロクでもないものを口上で売る、《寅さん》の稼業
のようなものです)

実は今回この30元の布を衝動買いしましたが、1度使っただけで効能がなくなりゴミ箱入りとな
ってしまいました。くれぐれもご用心・・・
途中の駅ではこのように駅員が見送ってくれます。
(崇左駅にて)
私が乗った列車は定刻の11時15分に『凭祥(Pingxiang)』駅に到着しました。
『東莞東駅』を出たのが前日の午前5時36分ですから、29時間39分かけてここ『凭祥駅』まで来たことに
なります。(もっとも、南寧で1泊していますが・・・)

感慨無量です。
きょうの泊まりを凭祥にするかどうかは決め
ていませんが、ここは行き止まりの駅ですか
ら南寧に戻るのは確実です。直ぐに戻りの
列車の時刻をチェックしました。

矢張り南寧駅で調べた通りで1日に2往復
しかありません。
ここでは3輪のバイタクが近辺の主力交通機関の模様です。
いま列車で到着した乗客は思い思いの方向へ3〜4人で乗り込んでいます。この連中はローカル
の人のようで大きな荷物を持ち、慣れた様子で次々と乗り込んでいます。

この駅は中越国境、特に友誼関観光のゲートウェイなのですが、見渡したところ観光客らしき姿
は目に付きません。ましてや、外人(白人が多いとの情報もあったのですが)も居そうにありません。
(観光客が居たら友誼関まで相乗りを誘ってみることを考えていたのでした・・・)

仕方なく柔和そうな運転手に近づく、『友誼関まで30元』というので値切りもせずに早速乗り込み
ました。(友誼関まで約10kmとのこと)
3輪バイタクは快調に走りますが舗装がアスファ
ルトではなくコンクリートであることから、振動が
安っぽいタイヤの上の幌付き座席に座っている
私に直接伝わってきます。

振動に振り落とされないように片手で枠を掴み、
残った方の手で背から降ろしたバックパックを懸
命に押えていました。
(それでも1度バックパックが下へ落ちました)
20分程度走ると道路の案内板が見えてきました。このインターチェンジは国境にありますから
国境まであと1kmということになります。
そしていよいよ『友誼関景区』の入り口へ到着です。
ここで3輪バイタクもおしまいです。バイタクの30元は高くもなくまあまあという
印象でした。

さすがここでは、
♪はるばる来たぜ〜♪
とつい口ずさみたくなりました。
さて、いよいよ『友誼関』です。
予想していましたが、入場料が50元も要る
とのこと。中国では最近はこの種の料金が
馬鹿高く、ときには憤慨するほどのこともあり
ます。今回はこの為に1000km以上も来た
ことだし、それ程高くもないので50元を支払
って入場しました。

下がチケットです。プラスチックのカードになっ
ていて、回収されずに記念品として持ち帰り
が可能です。(良心的?)
こんなパンフレットも用意されていました。
中へ入ると、国境地帯なので物々しい雰囲気です。
でも、観光地。丁寧な案内板がありました。
左から順に拡大しましたからお読み下さい。
入ると直ぐに目に飛び込んでくるのが洋館風の建物、『法式楼』です。
ベトナムは元々フランス領でしたからその歴史的経緯によりこの建物ができたのです。
(詳しくは拡大した案内看板をお読み下さい)
さて、『法式楼』の向かいに目的とした『友誼関』の建物が目に入りました。
これを求めてはるばる来たのです。
写真で何度となく見ている『友誼関』に違いはない筈です。ところが建物の右手に据付てある
石碑には別名が書かれています。ではこれは『友誼関』とは違うのか?
すぐ左に解説看板があります。それを仔細に読んでみると、1953年に『睦南関』と名が変わり、
そして1965年に『友誼関』に改められたとの記述があります。

よく石碑を見ると、1963年という文字がありますのでこれは今日の『友誼関』なのです。
やっと安心(?)納得(?)して改めて『友誼関』を眺めることができました。
ややこしい表記の石碑は止めて欲しい・・・(?)
『友誼関』は中国側の施設・建物なのです。これをベトナム側に抜けた所に現在の中国側のイミグレ
がありました。
ベトナム方向には中国からベトナムへ輸出されるであろう中国製の重機類を満載したトラックが数珠
つなぎとなっていました。
右の写真の奥が中立緩衝地帯を越えてもうベトナムです。
わざわざ『友誼関』を目指したもう一つの大きな動機は中国とベトナムの鉄道の乗り入れに関わる珍しい事象
を見ることでした。正直なところ、『友誼関』には余り興味を持っていなかったのです。
それは何でしょうか?
中国とベトナムを結ぶ道路に沿って鉄道が敷設されています。(逆に鉄道に沿って道路かも知れません)
それをよく見ると、軌条が3本(3線)あるのです。
中国の軌間(レールの幅)は1435mm、対してベトナムのそれは1000mmなのです。従い、直通
運転をするには異なる軌間の走行を可能にさせる為に3本レールが必然となるのです。ちなみに、
日本のJR(旧国鉄)の軌間は1067mm。新幹線は1435mmですから新幹線の車両が在来線を
走行することはできません。(秋田・山形新幹線でも同じです。その為に新幹線に連結されている車両
が走行する区間を1435mmに改軌という大工事を行ったのです)

レールが3本あります

同じく3本レールです

この3本レールは、中国側の『凭祥(Pingxiang)』駅からベトナム側はハノイの手前まで続いているそうです。
これにより、相互の貨物の輸出入が効率よくなされるとのことです。

尚、直通の旅客車(全て夜行列車ですが)は列車番号は同じでも乗り換えになるそうです。ちなみに、車両の
大きさが違う(1車両の定員が異なる)ので、乗り換えの車両の番号が異なる場合があるので要注意との記事
を読んだ記憶があります。
一応の目的は達しました。

『友誼関』では日本人には全く出会いませんでした。また、外国人も居なかったようです。台湾人か香港人
と思える2人連れが2組ほどいたのに気が付いただけで、他は中国人の団体が数組のみでした。

さて、これからどうしよう・・・当初は『凭祥(Pingxiang)』で泊まって国境の街の雰囲気を味わう計画でした。
でも『友誼関』までの3輪バイタクから街の様子を伺ってみても余り興味がわきそうもありません。多分、
『凭祥(Pingxiang)』は中越交易が活発になってから発展した新興の街なのでしょう。泊まる意欲が失せて
しまいました。

よし、『南寧』に戻ろう、戻ってから明日以降の旅程を考えよう!

でも戻るにもきょうはもう列車がありません。よし、バスがある筈だ、と『友誼関景区』のゲートに戻りバス
の有無を尋ねると直ぐそばの広場を示されました。早速行ってみるとバスがありました。
プレートが2種類フロントグラスの内側に掲げられています。
左は、《南寧=友誼関》、右が《南寧⇔友誼関⇔河内(越南)》(河内はハノイ、越南はベトナム)です。
運転手に『南寧へ行くのか?』と尋ねると頷くので乗り込むことにしました。バスは数人の乗客を乗せて
直ぐに発車しました。
『友誼関』での滞在は2時間足らずでした。でも十分でした。
若い女性の車掌から買った切符がこれです。70元でした。

中国へ出稼ぎに行くのか?ベトナム人の若者です。

『友誼関』は国境の町です。従って国境警備も行われていました。バスが発車してしばらくしたら、
或るゲートで停車です。そして国境警備隊が乗り込んできて身分証のチェックが始まりました。
乗客は全員で5〜6人でした。
私はパスポートで何等問題なし。上の若者はベトナムのパスポートを示してOKでした。
(だから彼がベトナム人だと知ったのでした)
『友誼関』からのバスは3時間余りで南寧の最大の長距離バスターミナルに到着しました。『南寧』には
4〜5ものバスターミナルがあり、着いたのは『●東バスターミナル』(●=土偏に良)でした。乗った時
車掌に『南寧火車駅(鉄道駅)へ行くのか』と尋ねていたのを覚えているのか『ここで降りずに乗っておれ』
との指示です。
他の乗客の全員が降りてバスは市内中心部へと入って行きました。『南寧』の町は巨大でした。そして
全てのものが新しく高層のビルが林立していました。約1時間位かかってこのバス会社の車庫に到着、
ここで降ろされました。(1日の仕事を終えてバスターミナルから車庫への回送車に便乗させて貰ったと
いうことが判りました)
そして、『火車駅はこの先』と示されました。道を1本進むと見慣れた『南寧』駅でした。
これにてきょうの旅は終わりました。

期せずして『南寧』の市内見物もできました。事前の調査でも南寧の市内及び近辺にはこれといった観光
スポットはなかったのですが、それを再確認したことになりました。

『●東バスターミナル』から各地へ多くのバスが出ています。夜行の長距離バスの多いのが
目立ちます。

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夕闇迫る『南寧駅』へ戻ってきました。期せずして回送バスから市内も見たし、もう南寧には用事は
ありません。でも活動は明日の朝に再開です。今夜は少し贅沢しようと思い、駅前の新しいホテル
に泊まりました。168元=2300円余りでした。私にすれば『大判振る舞い』になりました。

そして、寝ながら明日の旅程を考えよう・・・と。

《3月18日の出費》
  1.鉄道 南寧→凭祥    30元
  2.3輪バイタク        30元
  3.友誼関入場料      50元
  4.バス 友誼関→南寧  70元
  5.列車車内販売      30元
  6.夕食+ビール      10元
  7.ビール+つまみ     11元
  8.ホテル          168元