さて、再開した《ぶらぶらある記》ですが、単発的な大旅行より小さな旅を積み重ねていきたいと思っております。
4、5日余裕ができたので何処へ行こうか・・・
ネットで調べていると、広東省の極北部に結構面白い場所を見つけました。
韶関という町を基点にすると広東省の北東の果てから北西の奥地へ行けるとということが判りました。韶関へは2005年の
10月に一度行ってます。その時は《丹霞山》という奇岩で名高い所へ車で行ったのでしたが、こんな所があるという事を知りませんでした。その模様はここをご覧下さい。
http://www1.parkcity.ne.jp/easyeasy/sub002.htm

さて、今回は鉄道で行くことにしました。(中国の鉄道にも慣れましたので・・・)調べてみると、
車次T8332 深圳-韶関東 (空調特快)というのが好都合なようです。
早速、切符を手に入れました。

古巷(Zhuji GuXiang)》(2010年5月7日)

外へ出ました。一角にここの博物館がありましたが、まだ閉まっていました。仮に、もし開いていても積極的に中へ入ろう
という気にはならなかったと思います。

《叶氏》

反射して見えませんが
この地から中国内、及び
アジア各地への一族の
拡がりを示しています。

クリックすると大きくなります

《左はクリックすると拡大します》

件数はそれ程多くはありませんが、ネットでも紹介されている、《古巷》が今日の目的地です。もし、時間的に効率よく廻れれば
午後には《梅関古道》へも行ってみよう、と考えました。
とも角、先ずは、《古巷》です。ネットで調べても正直なところよく判りませんでした。何となく古い民家があるようだ、といういい
加減な私です。

古い町並みが好きな私も、ここには魅力を感じませんでした。ファミリーにとっては大事な場所でしょうが、私のようなよそ者にとっては
面白くもおかしくもありません。
多分、二度と来ることはないでしょう。また、友人にもお勧めはいたしません。

外へ出たのは(結局入場券は買ってませんが)09:55でした。かれこれ1時間半も居たのですね


早速、次の目的地へ移動するために、《南雄》へ3輪の乗り合いバイタクで戻りました。5元でした

この流れは今も続いています。まだ記念館を建てていないファミリーはここに連絡所を設けているのです。

これを建てるに際して高額の寄付をした方々

《鄧氏》です

《林氏》です

《張氏》です

或る一角には比較的新しい立派な建物がありました。ここ10年程度以内に新築された各ファミリーの記念館です。

右端が切れていますが、
正に中国華僑の精神が
読み取れます。

中のゲートをくぐって更に奥へと入っていきます。

中を進むとネットで見慣れたゲートが現れました。こういうものは《碑坊》といわれます。そして碑坊の中央から奥の門の先に実際の家並み
が見えます。

今回の地域の地図です。(この前のページにも同じものがあります)

ホテルの玄関を出て左手の奥にバスターミ
ナルがあります。徒歩2~3分です。
その手前の交叉点の案内板です。
(奥はバスターミナルです)

右へ行くと、韶関
左は、《古巷》と《梅関古道》、そして、
江西省へ続くという意味です。

まさに、日干し煉瓦の造りです。

更に中の門をくぐっても同じようなものが続きます。ところが、1本裏道へ入ると・・・

古巷南遷姓氏名録(157姓)》

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《梅関古道》へ進む

碑坊の左手に、ここの過去からの住民の名簿のようなものが
ありました。

ここへ着いたのは、07:30頃、ゲートは開いたままですが、門票売り場には誰も居ません。
仕方なく(?)黙って中へ・・・

別の同じような看板がありましたので、写真に収めました。
また、地図の部分を切り抜き拡大しましたのでご覧下さい。

ちょっと《魏氏》は貧し
いのかも知れません。

《郭氏》 (二枚とも)

《丘氏》 (二枚とも)

《温氏》

これは《呉氏》です、中へ入りました

まだ建築中も・・・

《鐘氏》です

真ん中あたりに池があり、その端には《千年榕樹》と名付けられたガジュマルの大木が・・・
また、大きな瓦に切り刻んだ観光客用の案内も。

《欧陽氏》も

《張氏》ですね

これは《王氏》の旧居

これは《田氏》の旧居

これは《翁氏》の旧居

15分足らず走って、車掌から、ここで降りろ、といわれました。丁度T字路になっていて、突き当たりの手前でした。そして左手
の方へ行くようにとのこと。(自分で自信があっても、車掌に行き先を告げておくのが、この後も役に立ちました。)
突き当りにはこんな大きな看板があり、右手へ進むと直ぐにこの地区への門が見えました。

07:10発のバスです。
》まで3元でした。

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