《連南・南崗千年瑤寨》 2010年5月8日

5月7日の夜、《韶関》から《連州》へ入りました。今日、5月8日は近郊の《連南》にある《南崗千年瑤寨》へ行く予定を組みました。多分、日帰り
が可能だろうという読みで、荷物をホテルに預けたまま出発しました。
その前に、例により地図を確認しましょう。


翌、5月9日は、《連州にある
二つの古鎮》を訪ねました。


 その1:《卿Gang》
 その2:《西蘭》

中国観光局の少数民族
に関するパンフレットから
《ヤオ族》の部分》

5月8日の経費の総括です。

広東省全図
クリックすると大き
くなります。

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先ずは《連州》から《連南》へ向かいます。小型バスで、09:35発、4元。
30分足らずで、《連南》の中心地《三江》へ着きました。
このバスは、タバコはお構いなしのようで、中で吸っている乗客を行きも、
帰りもよく見ました。

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《三江》は鄙にしては結構な町でした。ホテルもありますので、宿泊を組んでも大丈夫です。
町では《ヤオ(瑶)族》をよく見掛けました。

目的地は、《三排》とい
う瑤寨の更に奥の山の
上にある《南崗》にあり
ます。
普通はこのバスで《三排》
へ行き、後はバイタクしか
ないようです。

《連南・三江》着は10:00過ぎ。着いた辺りで目的地へのバスを探して、乗ったのは10:30頃でした。

たまたま、10数人の学生と一緒になりました。彼らも《千年瑤寨》へ行くようです。女の車掌と何やら長い間話をしていましたが、
話がまとまったようです。
リーダー格の女学生が、私に、あなたも一緒にどう?と言ってきました。一人よりははるかに心強いので、同行をお願いしました。
目的地へ着いて、そのリーダー格がお金の徴収を始めました。《千年瑤寨》まで15元、入場料が35元、計50元です。
多分、車掌の提案は、
『15元で《千年瑤寨》まで登ってあげる。入場料も私が徴収する』というもので、それを学生側が受け入れ
たようです。多分、全額が運転手と車掌のポケットに入るのでしょう。(《千年瑤寨》の門票は貰えず、代わりに一般の領収書を貰
いましたが、私は記念になる門票の半券が欲しかった。

到着は、11:30過ぎ、1時間掛かりました。下の左は門票窓口です。学生達はゲートの前で記念撮影です。一人の女学生は、山道
で揺られてノックアウト状態でした。

学生は広州から来たとのこと。数人が英語を少し、また、2名が日本語コースを取ったとのことで片言の挨拶程度が可能でした。
彼らが中へ入って行き、静かになったところで私はゆっくりと行動開始です。

よく、《千年瑤寨》と呼ばれますが、《南崗千年瑤寨》が正しい呼び方なんですね。

愛国主義教育基地に
は違和感を感じます。

ゲートから中へ入ると急に視界が開けました。しかし、丁度雨季で、幸いにも雨模様ではありませんでしたが、結構ガスが掛かっていました。

牛追いの
ヤオ族の
若い女性。

更に進んでいくと、石を敷き詰めた急な階段越しに奥に家並みが見え始めました。どうやら、ここが写真撮影のポイントのひとつなようです。熱心に
ファインダーを覗いている学生に追いつきました。

《南崗排碑記》 由来でしょう。

この地は、海抜803m、建物が700余棟あって1000家族7000人以上が居住・・・と刻まれています。

左右の住居を見ながら急な石段を登っていきました。

↑ この上の二枚は同じ写真です。トリミングによって変わるものですね。 ↑

こんな狭い隔離された集
落ですから、ファミリーの
数も多くないのでしょう。

部落は『龍』という組織名で
構成員の姓は、
 唐(TANG)
 劉(LIU)
 房(FAN)
 盤(PAN)
で全てだったのでしょうか。

この可愛い女の子はピーナッツを売ってました。  逆に、男の子は遊びに興じています。   あと少しで最高所へ着きます。

ここは海抜803m(石段を登ったので+αがありますが・・・)といいますから、結構いい眺めでもあります。

『石棺墓』との案内板がありました。それに従って進むと・・・

刻まれた文章は理解できませんが、方棺と円棺です。違いは?
でも、あの悪しき『文化大革命』で破壊されたとの記載は判りました。

水の供給システムです。生活に最重要アイテムである『水』。こんな立地条件
の悪い山の上でも知恵は生かされていて驚きました。

庶民の日常生活の中心は、何と言っても『炉端』『竈』『台所』です。その一端を覗かせて貰いました。
また、土間の片隅で弟の勉強を助けているお姉ちゃん、何ともいい生活が匂ってきます。

囲炉裏端の奥はベッドでしょう。

何と、ここのヤオ族は絵心にも優れていたようです。

なに気ないところ
に誰に見せるとも
なく壁画が描かれ
ていて驚きました。


現代のアーティスト
も顔負けでしょう。

この部落の《長=王》の住まいのようです。

《写真》=ここの長が、1950年10月に北京で毛主席に接見したとのこと。

この老婆に蒸かしたサツマイモをご馳走になりました。

ここも観光地化が進んでいます。写真撮影のモデル業も大変です。

11:30頃に入場し、見終わって出てきたのが13:10頃。門票売り場でバスを訊
ねてもないとの返事。仕方なくバイタクでバスの有る所まで送ってもらいました。
(20分位、20元)。
《南崗》の部落でした。かなりの曲りくねったくねった山道をバイクの後部に座って
いるというのも大変でした。


                                      →彼がバイタク屋さん

バイタクに乗ったのは13:30過ぎ、《南崗》に着いたのは14:00前。
住民にバスは?と訊ねると、ある、そこで待っていれば、といういい加減な答え。
バスに乗り遅れる訳にはいかないので、バス停付近をぶらぶら。

油揚げ屋。私がその物を《豆腐》だという事を知っていて驚いていた。

何だか集会所のような店、
中には数人が何をするでも
なく・・・

14:40やっと来たバス。
『農村客運』とはピッタリの名前。

バス停です。付近は子守老人の溜り場?

千年瑤寨のパンフレット(クリックすれば大きくなります)

一寸怪しげな《千年瑤寨》
への入場券の領収証。
35元分。

(私は正規のものではない
と思っています。

『農村客運』に乗って40分程度で《三江》(4元)、バスを乗り継いで《連州》へ(4元)。
戻ってきたのは17:00頃でした。

同じホテルで連泊も面白くない、と探したのがこのホテル。バスターミナルへ至近で
新築でした。80元。
さすがにごく最近の新築だけあって設備は申し分なかったです。

この広い空間の意味は不明 

夕食は、所謂《ぶっかけ飯》で5元+ビール4元。別の商店へ行くのが面倒なので、持ち帰り用にもう1本ビールを頼むと、こちらは5元。
1元はビール瓶の保証金で、瓶を返しに来たら返金するとのこと。(翌朝、瓶を持ってホテルを出ましたが、未だ開いてなかったので降り
シャッターの前に置いておきました。)

【結論・総括】
  『南崗千年瑤寨』は《観光地》としての意識が強く、保全状況は申し分なし。また、住民もフレンドリーで気分よく《寨》内を歩くことが
  できた。場合によっては再訪も厭わないものの個人ベースの場合は《足》に難がある。

  また、《連南》の《三江》には整備されたバスターミナルがなく、何処でバスを拾ったらよいのか、目的地に行くのに何処行きに乗れ
  ばよいのか、発車時刻は、という一元化された情報が得られない。

  とはいうものの、満足した『南崗千年瑤寨』探訪でした。

バス 連州=連南 4.0
バス 千年瑤寨へ 15.0
門票 35.0
バイタク 千年=南崗 20.0
バス 南崗=連南 4.0
バス 連南=連州 4.0
夕食 5.0
ビール 4.0
別途ビール 5.0
宿泊 80.0
計: 176.0

学生達は
写真部に
所属して
いるので
しょう。