《龍勝棚田》 鐘山〜桂林〜棚田〜龍勝 2010年5月18日

きょうは一度訪ねてみたかった『龍勝の棚田』へ行くことにしました。
ここ『鐘山』からのルートは、鐘山〜桂林〜《棚田》〜龍勝として泊まりは龍勝と計画しました。

先ずは桂林を目指します。

昨日調べておいたバスの発車時刻は、
<普通便>06:00 06:30 07:00 (以降多数)
<直快便>09:20 15:00

<普通便>の利点は、途中の町や集落を車窓からでは
あるものの楽しめることにあり、対して<直快便>は多く
は高速道路を利用するので面白さがありません。
但し、当然ながら時間が節約できます。

昨夜は早く寝たこともあり、朝の4時過ぎには目覚めま
した。
<普通便>の06:00発にするか<直快便>の09:20発に
するか、しばらく迷いましたが、<普通便>の06:00発に
決め、荷物をまとめてバスターミナルに急ぎました。

バスターミナルには05:40頃に着きましたが、シャッターが閉まっています。
一瞬たじろぎましたが、ターミナル前の道路上に大型バスが2、3台停まって
います。

その中に『桂林』という行先のプレートを掲げているバスを見つけて安心した
もののドライバー車掌も乗客もいません。
しばらくするとドライバーらしき男が近寄ってきたので、これは6時のバスか?
と訊ねると、そうだとの返事。彼がドアのロックを外したので早速乗り込みま
した。

運賃はまだターミナルが開いていないのでドライバーに40元支払いました。

三々五々乗ってきた乗客計7、8人を乗せて丁度06:00にバスはスタート。

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2、3分走ったかと思うと、バスは道端で停車。ドライバーも他の乗客も一斉に降りていきます。
何事か、と思っていると、そこは『桂林米粉』と提供する屋台風店舗の前でした。

殆どの乗客は好みの『米粉』を注文してテーブルに持っていって食べています。
ドライバーも同じです。要は、ドライバーの朝食だったのですね。
昨夜食べたばかりですが、『桂林米粉』は『桂林』の食を代表する食べ物で、
米粉を原料にして作られた生の麺です。板状のものもあります。
『鐘山』は桂林ではありませんが、『桂林』に近いので多くの店があります。
ラーメンのようにスープで食べる以外に、焼きそば風に炒めることもあります。

すぐ近くにこの『(生)米粉』を売る屋台が来ていました。買って帰って家でスープ麺として食べるのでしょうか・・・

ドライバーです。

運転手が戻ってくると、新たに女の車掌も乗ってきて06:30に再出発です。

車窓には桂林風の奇妙な景色が展開します。

『公安』停車06:55、『燕塘』停車07:10、
『源頭』は07:30でした。『桂林』まで141kmです。

『玄武』07:40、『同安』07:50、『溶津』08:00、
『二塘』08:10(『桂林』まで105km)

『沙子』を08:35に出て、一寸走ってGSでトイレ休憩。
GSを08:50に再出発して、09:00に『福利』、もう少しで『陽朔』です。

09:10に『陽朔大橋』を渡って『陽朔』市内に入りました。
さすがに大きな町です。『漓江下り』の終点であると共に、付近に名勝が多く、滞在型のリゾートとして、特に欧米人に人気の町で、
多くの立派なホテルがあります。

09:30に『白沙』を通過しましたが、『陽朔』からは前方からずっと乗客の乗っていない観光バスに多く出会いました。
『漓江下り』は桂林を基点として朝の早い時間に出発し、山水画の世界を現実のものとして楽しんで昼前後に『陽朔』
に到着して下船。しばらく『陽朔』を散策したのち、朝、『桂林』のホテルでピックアップして船着場まで送って貰ったのと
同じバスで『桂林』のホテルへ夕刻戻るというのが一般的ですから、観光バスが乗客を船着場で下ろして空で『陽朔』
に先回りして待っているのです。

10:00の時点で『桂林』まで25kmの標識があり、
10:20に市内へ入りました。

そしてバスターミナルへ10:40着でした。
時間的には4時間40分かかったことになりますが、30分程度のドライバー
の朝食タイムがありましたから、実質4時間と一寸、ということです。
09:20の<直快便>よりも早く『桂林』へ着けました。

『桂林』のバスターミナルは
かなり大規模なものでした。

早速、《龍勝の棚田》へ向かうことにしました。切符売り場の窓口で、『龍勝の棚田』と書いた紙を示して切符を買いました。
(最近は、オンライン化でどの窓口でも全ての目的地の切符が買えるようになり、便利です)

11:00発のものが手に入りました。『時間がないので急いで』といわれ改札を通っていわれるままに小型のバスに乗り込みました。
切符は約90kmで19元。

ここで疑問が二つ出てきました。

<その1>は、『龍勝の棚田』で買った切符の行先が『和平』となっていること
<その2>は、 というのはどこなんだろうかということ

特に<その2>ですが、が龍の簡体字であることは知っていましたが、
はなんという文字なのかということです。
バスの行先の表示板もとなっています。

が『勝』の簡体字であることを知ったのは夕方になってからでした。
月に生=勝とは関連性が全くありません。

車内の様子です。

ジーパン姿の女車掌にしつこく、『龍勝の
棚田』へ行くんだ、といいました。

発車は11:00でしたが、市内を抜け出たのは11:45でした。

途中から雨が降り出し、かなり強くなってきました。

『中庸』というところ過ぎ、12:50に茶店で停車しました。
まだ雨が続いています。

トイレ休憩かな、と思っていると、女
車掌がバスのボディーの横を開けて
給水を始めました。

日本では経験したことはありません。
中国製の小型バスで、特性的に必要
なんでしょうか?
(二日後にも同じ場面に遭遇しました
から多分そうなんでしょう・・・)

《きょうのルートマップです》

12:55再出発して13:10頃に、車掌に『ここで降りろ』といわれ下車しました。
一緒に下車したのは、学生風の男の二人連れと、女学生風の一人旅らしい女の子でした。

辺りを眺めると、『和平』という地名表示板がありました。
この時点で、○△が『龍勝』のことかもしれないと思うようになりました。

ここは『桂林』から75km、更に『梯田』へは17kmです。(下の2枚は振り向いて桂林方向を見て撮ったものです)

この時点で、が『龍勝』のことかもしれないと思うようになりました。
また、『棚田』ではなく『梯田』と中国ではいうようだということも知りました。

ともかく『龍脊(Long Ji)梯田』へ行かなければ・・・

この《脊》の字がまた難しい。

ネットで検索すると、
 出典:小学館の辞書
  『せぼね。せ。』
  脊髄・脊柱・脊椎(せきつい)・脊梁
  (せきりょう)が関連語
としているが、これは正しくありません。

脊とは背の正中線を指して言い、骨のことではありませんが、脊中に大きな骨がありますので、脊骨をまた脊とも呼んでいます。

要は、《脊》は《背》ではありません。
最もよい理解は、恐竜(ゴジラ等)の背中の真ん中の出っ張りでしょう。

男子学生2人連れと女学生一人旅と私の許へ、宿屋の客引き風の中年
女性が3人寄ってきました。
手に手に小さな宿舎のカードを持って示します。他に、得体の知れない中
年のオッサンも一人。

皆んなこれから先の『梯田』への交通手段を検討しているようです。

私ももそうです。4人で車でもチャーターしようか、という方向に傾いていま
す。
ところが、彼らは今夜は『梯田』で泊まりということが判り、私は、(宿の設
備に不安があるので)『梯田』を見た後、『龍勝』へ行って泊まることにして
いましたので仲間に入れてもらえず、客引き風のオバサンも『中年のオッ
サン』が車を持ってるからそれに乗せて貰え、と勝手に決め付けられてし
まいました。

さて、不安を抱えながらではありますが、かねがね是非行ってみたいと思っていた場所へ行けます。『龍脊(Long Ji)梯田』というのですね。

私は、『それならその車で皆で行こうよ』、というと、オバサン連中は、『一人しか乗れないんだ』と訳のわからないことを言います。
ともかく、強引に私は『オッサン』に預けられました。

てっきり、客待ちしていた『白タク』と思っていたら、何と、この『オッサン』の車は小型トラックでした。だから一人しか乗れないんだという
理由が判りました。

不安はあったものの、心は決めました。私一人が先に『オッサン』のトラックに乗って『梯田』へと出発しました。13:25

《このオッサンです》

『オッサン』は軽快にトラックを進めながら、色々と話し掛けてきますが、半分も判りません。ただ、『梯田』まで行ってから、
ここへ戻って来てあげるということは判りました。
また、俺と一緒だと現地の住民だから50元する門票は要らないとも・・・

どんどん奥へ進んで行きます。

途中で新築らしい家屋もあります。
伝統様式のようで木造です。

標識によると、《梯田》まで17km。
景区の門が近づいた時、
・リュックを隠せ
・帽子を取れ
・カメラを隠せ
というオッサンの指示。
仕事仲間と思わせて景区のゲートの
係員の目を誤魔化して『門票』を逃れ
る為だとのこと。

(成功しました)

従い、写真はありませんが、一般車は観光バスともにゲート以降は入れません。
ところが、この『オッサン』はどんどんトラックで入っていきます。しかも、通りがかりに挨拶の声をかけながら・・・

『オッサン』のトラックは左右に出店のある石畳の細い通路を我が物顔で進んで行きます。
西欧人風の観光客も迷惑顔です。
でも、私は愉快です、有頂天です。そこのけ、そこのけお馬が通る・・・ですから。

石畳の道が一旦途切れました。
どうもいま通ってきたのは下の集落のようで、この『オッサン』は更に上を目指すようです。
つづら折の細い道を15分位、どんどん高度が上がっていきます。

突然に行き止まり。ここでトラックはおしまいです。14:00頃でした。
『オッサン』はどうするのかと思っていると私と一緒に降りて歩き出しました。道案内?

重量物の運搬手段は『馬』でした。
ビールを背に載せられている『馬』

家畜の餌でしょうか、『草』は
重くないでしょう。

登りの『プロパン』は重い筈です。(下りは
空ですから登り程でもないでしょうが・・・)

上の集落が見えてきました。
結構ホテルもあります。

こんな道です。

やっと到着です。
『馬』もほっとしているでしょう。

立派な小学校もありました。

もう一段高い場所、ここのテッペンに至る急坂がありました。ここには中国の観光地で
よく見られる人力車駕がありました。(私は利用していませんので料金は知りません)

婆さんが急な石段を上っています。     そして、知り合いの家で小休止。

これはホテルに
なっています。

この地区の最も高い所からの画像です。

『桂林』からのバスでかなりの雨だったので心配したのですが、
その後は、晴れ間こそないものの、雨には会いませんでした。

ここから更に先に集落が見えます。『オッサン』と一緒に村の中を散策です。

取り敢えず、きょうのベストショットです。梯田は四季折々
で違う表情を見せてくれることでしょう。
次回は、盛夏か秋に訪ねたいものです。

石板に刻まれたこの地区の説明です。

展望台から少し降りるとみやげもの屋があり、そこに黒髪の女性が居ました。

もう一度案内板をご覧下さい。ここは、ヤオ族の地区です。その特徴のひとつが女性の長い黒髪です。

この女性の髪は本物だということです。
因みに、『オッサン』は壮(チワン)族とのこと。

若い娘がモデルとなって写真撮影に応じています。
(勿論有料です)

この地区の風味です。
こんな食材が並んでいました。

上は、ゲテモノですが、生竹にもち米と具を詰めて火で炙る
料理は名高いとのこと。

ホテルは数多く見掛けました。外国人も多いようで英語の
表記もありました。

小学校で出会った、写真を撮っていた女性はスペインか
らの観光客。
また、高台へ登っている時に出合ったのはオーストラリア
からの母と娘でした。西欧人に人気があるようです。

日本人には全然出会いませんでした。

そろそろと思い、『オッサン』に下りようかというと、『元の場所まで送る』というので15:30頃に現地を後にしたのでした。
そして元の『和平』へ戻ってきたのが16:00頃。『龍脊梯田』には14:00頃〜15:30頃までいたことになります。
道中も含めてずっと『オッサン』と一緒でした。

戻りのトラックの助手席では、幾らこの『オッサン』に払えばよいのか思案していました。
率直に訊ねたところ、100元でいいとの答え。正直なところ、200〜300かな・・・ 場合によっては500と言われても、という思いが
あっただけに拍子抜けしてしまいました。(50元らしい門票も只になったのです)

桂林からのバスは、直快と普通があり、『和平』には普通しか停まってくれないそうです。ちょっとまごまごしていたので一台乗り過ご
し、乗ったのは16:40頃でした。

その間、来るときに『和平』でバスを降りて出合った客引きのオバサンと話をして時間をつぶしていました。
ところが、『オッサン』もずっと一緒でした。これは『オッサン』のアルバイト?それにしては安すぎます。なんとも不思議な『オッサン』でした。

バスは3元、30分で『龍勝』に到着しました。

バスターミナルで翌日の分も含めてバスの時刻をチェックしました。
時刻表を見て判ったのは、ここ『龍勝』から『龍脊梯田』行きのバスが数本あることでした。ということは、直快で『桂林』から『龍勝』に入り、
少し戻るけれども『龍脊梯田』行きのバスに乗り継ぐのがベストだというかとです。そうすると、梯田のゲートまで行けます。

最近は『歩き方』の本を持ち歩きません。必ずしも情報が新しくないし、ハプニングが期待できず記載の記事に縛られるからです。

道路通行料金所(一般道です)を通って『龍勝』へ入りました。そして、暫く走ってバスターミナルに到着です。

龍脊行き→

龍脊行き→

三江行き→

三江行き→

バスターミナルを出ると、この地方の観光案内の看板があったので記録に残しておきます。

予定が順調過ぎる程こなせて
いるので、明日は念願であった
『程陽』の『風雨橋』を見に行く
ことを最大のイベントとして、先
ずは『三江』への移動です。

『三江』行きのバスは07:30
発、08:00発、その後も多くあ
るので楽勝です。

町へ出ました。
結構ある程度の規模の町です。『桂林』へ88kmと表示されています。

目抜き通り(といってもこれ一本ですが・・・)の少し先に立派なホテルが見えました。『銀杉賓館』、立派です。
中へ入って価格を訊ねると120元との答え。100以下でないと・・・と言っても反応なしで諦めて次は・・・

次は夕食です。

『目抜き通り』のこの店(決めたホテルから徒歩で2〜3分)でビールと米粉の炒め物です。
味は、まあまあでした。
値段は8元+ビール4元でした。

食後に一寸だけ町を散歩しました。
橋の上には屋台が出ていて美味しそうな物がありましたが食べませんでした。

また、川に沿って新しい道路ができてい
て、『三江』方向という標識がありました
ので、明日はこの方向へ行くんだな、と
思いながら帰路にもう一本ビールを買っ
て(3.5元)ホテルに戻りました。

結局、ネットが利用可能ということで当初の80元を70元にしてくれた『金貿賓館』にしました。
ネットの接続の問題を除くとまあまあでした。(結局、ネットはつながりませんでした)

さて、今夜のホテル探しです。
バス 鐘山=桂林 40.0 鐘山 06:00 → 桂林 10:40
バス 桂林=和平 19.0 桂林 11:00 → 和平 13:10
門票 (なし) 0.0
バス 和平=龍勝 3.0 和平 16:40 → 龍勝 17:10
夕食 米粉 8.0
夕食 ビール 4.0
別途ビール 3.5
宿泊 70.0
合計: 147.5

5月8日の支出:

  《蛇足》
    いまだに、『勝』が簡体字で、になるのかが理解できません。の別の意味は、《生臭い》
    で、今も使われています。

    もうひとつは、謎の『オッサン』です。彼の本性を知りたいものです。

それはさておき、いい所でした。また機会があれば、是非再訪したい。
その時は、《龍勝》に前日に入っておき、《龍勝》をベースに日帰りか、1泊かで・・・

程陽の《風雨橋》はこちらです