《湖南省・通道のトン寨》 2010年7月22日〜7月25日

『鳳凰古城』を終えたあと、何処へいこうかと思案しました。
現在、湖南省の『鳳凰』に居ます。そして帰りの航空券は香港〜成田です。必然的に南を目指そう、ということになりました。
地図を仔細に検討していると、湖南省の最南端に『通道トン族自治県』というのがあるのに気が付きました。そして、風雨橋
や鼓楼の文字も目に入ってきました。

中国国家観光局発行の分
省観光地図(日本語版)は
無料で貰えるので結構重
宝しているのですが、一つ
の難点は省単位になって
いて地図も他省は無視され
ています。実際は、人の動
き・物の動きは省境なんて
関係ないのですがここでは
不条理にも省境が有効に
機能しています。右の地図
もしかりです。

手持ちの隣の広西チワン
族自治区と貴州省の同様
な地図をつきあわせても要
領をえません。

まあ、そんなこと関係なく通
道(TongDao)を次の目的地
に決めました。

人と物の交流には後世の
人為的な省境なんて無関
係の筈ですが、トン族の風
雨橋や鼓楼は貴州省と広
西チワン族自治区の風物と
して有名です。しかし、湖南
省にもあるという話は初耳
です。

交通が少し気懸かりなので
すが、貴州省へ抜ければ
何とかなるだろうし、広西な
ら桂林か柳州へ出れば既
に実績があります。それに
滞在期限が7月29日なの
で余裕もあります。(実は私
はノービザでの入国で、最
大滞在期間の15日を過ぎ
るとかなりの問題があると
多くの情報があります)

ともかく次の目的地は
『通道』です。

このマップの記事にも、以下の文章がありました。

さて、湖南省の『鳳凰』は全く期待はずれに終わりました。翌日の7月22日にもう次の地点へ移動することにしました。目的地は湖南省の最南端
の『通道トン族自治県』です。

そこへのルートは、『鳳凰』→『懐化(Huai Hua)』→『通道(Tong Dao)』になります。前日に『懐化(Huai Hua)』までのバスがあるのはチェック済みで
す。ホテルの主人に訊ねると、08:30発でこのホテルの前の道路を通る、とのことなので、早朝は川辺へ行ったり、路上の市場を見たりしていま
した。既に荷物はまとめてあります。

8時前にホテルに戻ると、『行くぞ!』というのです。早速部屋へ戻って荷物を持ってチェックアウトを済ませると、主人は私の荷物を持ってホテル前
の道路へ。そしてバスを待つのかな、と思っているとタクシーを呼びとめて私を中へ押し込んで運転手と何やら。タクシーは私1人を乗せて動き始め
ました。08:30のバスはどうなったんだろう?このタクシーは『懐化』まで行くのだろうか?お金は十分持っているから心配ないけど・・・

心配しても始まらない、と腹をくくっていると、ものの5分程度走ってバスターミナルで降ろされました。場所は『虹橋』の近くのようです。『鳳凰』の
欠点の一つは複数のバスターミナルが有るらしいののですが、明確な位置の地図や、行く方面の案内が全くないことです。タクシーの料金も判ら
ず、5元札を運転手に渡して降りました。すると、『懐化!懐化!』との呼び込みのあるバスがあり、早速に乗り込みました。

ターミナルへは丁度8時到着。結構な乗客の数で、私は最後列に席を見つけました。まだ乗客が乗ってきます。空いていた最後と
思われる座席に20歳前後の若い女の子。その手提げの袋からは《豚の足先》がのぞいていたのはご愛敬。
運賃は車内払いで33元でした(切符はなし)。バスは08:15に発車しました。

《豚の足先》は綺麗に掃除されていました。自宅から持ってきたのか、道端の市場で買ったのかは判りません。

《懐化》は鉄道の要衝であり、結構大きな町でした。町中に入って想像よりもかなりしょぼいターミナルに到着。11時少し前でした。
100km余りを約2時間半かけて走ったことになります。着いたのは《汽車西站》、異常にさびれています。切符売り場は抜け殻です。
さっき、広告で○○行き・南站発○時○分というのを見ましたから、ここは多分旧站で近距離のみ残っていると想像しました。

《汽車西站》からの距離と運賃の表です。多分、料金は改定されているでしょう・・・

別の小さな建物に切符売り場と待合い室があったので、《通道》行きを訊ねると、《無い》という素っ気ない返事。実に不親切です。
きょうの泊まりをどこにするかは未だ決めていません。少し街を歩きましたが、事前情報通りで特段というものがありません。

よし!《南站》へ行ってみよう。場合によっては南站付近でホテルを探してもよい、との思いで数人に南站へ行く公共バスを訊ね
でみましたが要領をえません。最後の手段は《バイタク》です。交渉すると10元というのでそれに乗りました。

市内を抜けて郊外へ・・・
20分程度走って12時頃に《南站》へ到着しました。新しい大きな汽車站です。

本編の最後に《拡大版》
をまとめてあります。

本編の最後に《拡大版》
をまとめてあります。

本編の最後に《拡大版》
をまとめてあります。

《通道》へのバスは15:00発までありません。
ここ懐化で1泊して翌日の09:20で通道へ向かうか、3時間待って15:00で今日じゅうに移動するか、少し逡巡しました。こんな
時は私の性として、『えーい、面倒だ、ここまで来たら強行でも行ってみよう』が殆どで、今回も3時の切符を買い求めていました。
《通道》まで230km、切符売り場のオネエサンによれば5時間位とのこと。着くのは午後8時頃、ホテル探しも大丈夫だろう。

バスの待合室で見た珍しいタバコ。これは中国式水パイプで、きざみタバコをキセルの先にねじ込み、火を点けて強く吸うと、
煙が水の中を通ってボコボコという音がします。水を通ってマイルドになった煙を楽しむものでしょう。

水パイプのオッサンと遊んだりして何とか3時間を潰しました。
そして、《通道》へのバスはほぼ定刻の午後3時に発車。

                                →彼は車掌です。結構よく働きます

運賃は55元

最近の経験では、高速道路を
一直線に進むバスを別として
一般道のバスは

  10元=1時間
があてはまります。

午後5時半頃に休憩、未だ半分も進んでいません。
《懐化》を出て、しばらく走るときょうのルートの大幅な改修工事が進行中でした。所々で片側通行があったり、舗装のやり直しで砂利道
になったりでスピードも出ず、『通道到着が遅れるかも知れない』と思い始めていました。

茶店(?)の名は、『貴湘飯店』
丁度、貴州省の《黎平》から《懐化》へのバスも休息をとっていました。
ちなみに、貴州省のシンボル漢字は《貴》、湖南省のそれは《湘》ですから、素晴らしい、というか、単純明快な
ネーミングです。

ここを再出発してからも道路工事は延々と続いています。
工事がなければ80km/h位でぶっ飛ばすこともできるのですが、そういう訳にはいきません。

途中で日没となりました。工事は夜も続いています。夜のバスは昼間よりもかなり遅いスピードです。

結局、国道の改修は《通道》までも続いていました。
途中をはしょりますが、ようやく《通道》に到着したのは午後9時40分。何と、7時間近くかかったことになります。その間、休憩はありましたが、
運転手は1人でした。中国も労働衛生を本格的に考えて貰いたいものです。こういう状態だから、バスの事故が多いのでしょう。決して、夜行
バスには乗りません。命が惜しいですから・・・

翌(7月23日)の朝に、ホテルの窓から撮った《通道汽車站》写真です。
真新しい建物で、1年前以内前にオープンしたのでしょう。

これも翌朝に、撮った宿泊したホテルです。
到着前に車掌に、『通道への到着が午後10時頃になると思うが、賓館(ホテル)はあるだろうか?』と訊ねると、『大丈夫、バスターミナル
の付近にあるから心配要らない』との答えを貰っていたのでそんなに心配はしていませんでした。

確かに、《通道汽車站》の周辺には、賓館(ホテル)が数軒、全てが結構新しい建物です、あったので正直なところほっとしました。

時間が時間ですから選ばずに、バスターミナルの直ぐ対面の【旺東賓館】に飛び込み、値段の交渉です。あまり粘らずに80元で妥協しま
した。

手持ちの資料は、既に上に示した、
  
1.中国国家観光局の観光地図《湖南省》
  2.同じパンフレットの記事

だけです。

そして、キーワードは、
  
1.トン寨
  2.風雨橋
  3.鼓楼
  4.白衣観(?)=初めて接した単語です

だけです。

早々にホテルをチェックアウトして荷物を預けながら
上の4点を紙に書いて、『これらを見に行きたいんだ
が公共バスでどう行けばよいか』とフロントのオッサ
ンに訊ねました。

【湖南省・通道のトン寨】を訪ねる 2010年7月23日

ここまでは長い長いイントロでした。いよいよ本編に入ります。

オッサンは、ネットで調べたりしながら少々頼りなげに、紙にこのようにメモにして手渡してくれました。勿論、説明しては呉れたの
ですが、言葉が全く解りませんでした。
ともかく、メモさえもっておれば何とかなるさ、と気楽に思って直ぐ目の前のバスターミナルの切符売り場へ向かいました。荷物が
ないから身軽です。

窓口で、オッサンのメモを示して、風雨橋・鼓楼を見に行くんだ、と言っても反応は、『無い』の一言だけです。おかしいなあ、オッサ
ンにしつこく、『公共バスで行くんだ、行けるな?』と訊いて、『ある』という返事を貰っているのに・・・

バスターミナル内をうろうろして別の係員を探しました。バス乗り場で切符をチェックするオネエサンにメモを示して、乗り場の多くの
バスを指し示しながら、『どのバスに乗ればいいんだ』と実力行使です。ところが、このオネエサンも『無い』の答え。困ってしまい、
当惑気味にその場に佇んでいると、そのオネエサンが私を引っ張るようにターミナルの外へ連れ出して、タクシーをつかまえて運
転手に何やら指示しています。そして私をタクシーに押し込みました。

タクシーは走り出しました。しかし、10mも進んだかと思うと別の客を乗せました。さらにその先でもう1人。乗り合いタクシーですね。
途中で1人降り、更に1人降り、乗り込んでから10分足らずの場所で降ろされました。そこにはミニバスが数台停まっていました。
そして、バスの車掌のオバサンに何やら指示。私は訳が解らないまま、タクシーに5元支払って『黄土』行きのバスの客になって
いました。

   
解説:ホテルのオッサンのメモが解読出来たのは数日後でした。
         1.メモ最下段の1行は、『別のバス站』から乗車、乃至は出発
         2.『黄土郷』・『坪坦郷』へ行けば風雨橋と鼓楼が見られる

【黄 土 郷】

タクシーを降りたところには、このようなバスが3、4台停まっていました。
私は、ピンクのシャツのオバサン車掌に促されて《黄土》行きのバスに乗り込みました。

窓から外を眺めていると、トン族独特のブルー
の衣装を着た女性が何人か通りました。

バスは08:35に発車。運賃3元を車掌に支払う。
直ぐに山道を谷に沿って登り出したと思ったら、10分位走ったところで『鼓楼』が見えました。

その『鼓楼』を見送って更に10分。もう《黄土》に到着です。(黄土着は08:55)

大きな看板が目に入りました。

黄土(Huang Tu)の筈なのに皇都(Huang Du)?
発音がほぼ同じです。どちらかが古い町の名称なのかもしれません。

黄土(Huang Tu)の概略図もありました。バスは上から入ってきて《風雨橋》
の先の細い川の橋の手前が終点でした。

20〜30mほど戻ると、黄土(Huang Tu)のシンボルともいえる、《普修橋》でした。均整の取れた美しい《風雨橋》です。また、装飾性
にも優れていると思いました。

では、《普修橋》を渡ります。

トン族姿のオバサンが家畜の
餌運びで下りてきました

橋の内部には得体のしれない塑像が・・・ 何かの神様?

日本の《道祖神》に通じるものも無造作に置かれています

先祖を敬う物のようです

何か意味があるのでしょう・・・

渡りきった反対側の入り口(横から入ります)

両入り口の《狛犬》、内部の《塑像》、そして《石刻》の道祖神、これらが無造作に置かれています。かつ、無粋な防犯索も取られていない
ので全く無防備です。
『黄土』が未だ余り世に知られていないのでこの状況になっているのでしょう。

細い川沿いに少し進と広場が現れました。(上の概略参照)

正面に舞台もあるお堂。そして左右に鼓楼を配する立派な村の広場です。(残念ながら距離の関係で全景を収められません)

左(7層)

中央(落ち葉が煙っていました)

右(5層)

左・中央・右に対応させて配置しました。

正方形、7層、高12mとのこと

正方形、5層、高10m
が読み取れます

この村の名に関して《黄土》、《皇都》、
更に《尾寨》が出てきました。《尾寨》が
古代の村名だったのかもしれません。

観光客が多いと(例えば団体?)こういうのがあり
そうですが、1人では声が掛かりませんでした。

珍しく洗濯をする男性です

この広場の対面に小さな橋が架かっていました。小さいながらも立派な《風雨橋》です。孫の世話をする老人達の憩いの場になっていました。

薪を運んでいるトン族の女性の背後に奇妙な姿の橋が・・・

小さな《風雨橋》の50m位上の方です。当初から倉庫用に造られたのか、或いは、その後に新しい橋
が架けられて使われなくなった《風雨橋》を改造して倉庫に転用したのかと色々思い巡らせました。
(新しい橋は、左のトン族の女性の直ぐ左にあります。距離は10mもありません)

村人の実際に住んでいる家屋です。裕福ではなく、貧しい生活でしょう。

桃が実っていました

小さな《風雨橋》の横の階段状の小道を上ると小さな広場に出ました。そこに小さなお堂状の建物がありました。

ひと通りの散策と探索を終えて元のバス停に戻りかけると、さっきは気が付かなかった立派な新築後日の浅そうな大きめの建物に目が
留まりました。よく見ると、《黄土汽車站》でした。横には立派な《農村客運站》のプレートも・・・

《黄土汽車站》の待合室は客のいないレストランに転用されていました。切符売り場は窓口に板が打ち付けられて閉鎖。《農村客運站》は
広々とした駐車場に利用されていました。

お堂に見えていたのは2階でした。改めて下の道路に下りると、この建物が《重陽楼》
というものであるのが判りました。でも中は空っぽでした。

再度上の小さな広場に戻ると、お堂の対面に立派な《門楼》があるのに気が付きました。
《偏額》が2つ掛かっていますが、意味の解明は未だしておりません。

《通道》が裕福な地方都市とは思えませんので、
中央政府の内陸部・農村振興策の一環として
金が注ぎ込まれて不必要な整備がなされたか、
又は、日本であった《ふるさと創生基金》の中国
版が交付され使い途とされたか、と考え込まされ
ました。

いずれにせよ、現時点では全く利用されていませ
んでした。

(次の《坪坦》でも同じような整備が為されていまし
た)

《黄土》には08:55着、そして10:15頃までの短時間でほぼ《黄土》を極めました。この次は、《坪坦》です。
バス停へ戻ってきて住民に、《坪坦》へのバスはどこからあるのか?と訊いてみると、最初に行った《普修橋》
を渡ってこう行ってああ行ってと教えて貰えたのですが、言葉がよく判りません。こうなればせいぜい20分程
度でしたから、一旦《通道》へ戻って元の場所で《坪坦》行きのバスを探せばいいと決めて丁度都合よく発車
間際のバスに乗り込みました。

バスがものの1〜2分走ったと思うと正面から《坪坦》行きのバスが来ます。乗っていたバスの運転手はバスを
停めて窓越しに別のバスの運転手と何やら・・・
車掌の、乗り換えろ、との指示でお金を払って(1元でいいと言われました)バスを乗り換えました。
乗って解ったのはこのバスは《通道》→《黄土》→《坪坦》といるルートを走るようです。直ぐに元の《黄土》のバ
ス停に到着し、そのまま道路を先へ進みました。では、住民の皆さんの橋を渡って右に左にというのは何だっ
たのかということになります。

ともかく、《坪坦》へも行けることになりました。運賃は4元とのこと。黄土よりもちょっと距離があるようです。

【坪 坦 郷】

これで《黄土郷》はおしまいです。この後は、《坪坦郷》へと続きます・・・

10;55頃に《坪坦》に到着。といってもバスターミナルがあるわけではなく、単に道端です。

実は、《坪坦汽車站》は立派に存在していたのです。
でも、《坪坦汽車站》も《黄土汽車站》と同じく真新しい站でしたが、こちらも利用はされておらずに単車置き場と化していました。

バスを乗り換えたのが
10:20、《坪坦》着は
10:55でした。
運賃は4元。

バスは《坪坦汽車站》には入らずに大通り(?)の入り口が終点でした。その大通りは、マーケットになっていました。

最初に目に付いたのがこれです。何かの種のような物を磨り潰して薄い板状の物を作っています。油を絞っているのではなさそうです。
お客はこのフレーク状の薄片を持参した袋に詰め込んでいます。食べ物(?)、一寸貰ってつまんでみました。無味で美味しくはないもの
でした。

これは誰にでも判る肉屋です。

頭はどの様にして食べるの
でしょうか?

勿論、野菜や果物もあります。印象として、野菜が少なかった(庭や畑で採れる?)。

蜂蜜です。左はハニコムそのまま。

川魚、ナマズ主体でした。

ニワトリを中心とした家禽類は生きたまま陳列されています。陳列の入れ物は竹籠や手製の檻です。

最も多くの村人を集めていたのが、乾燥したゲテモノ売りでした。精力剤として名高い物を薄く切って、客の持ってきたガラス瓶やペット
ボトル入れて、焼酎(多分?)の類を注いで終了。ひっきりなしに客が寄り付き、大繁盛でした。
そんなにも精力剤の需要が多いのかなぁ・・・

ローカルマーケットは楽しいのですが、はるばるここへ来た目的は違います。
オネエサンをみつけて、《風雨橋》の場所を訊ねると、マーケットの出ている通りを先に進んだ所と教えられました。

青空マーケットの外れから5分程度歩くと目に入ってきました。若干地味な《風雨橋》です。

地味ではありまりますが、美しいフォルムをしています。

《普済橋》というのが正式な名前のようです。

内部も至ってシンプルです。シンプルにはシンプルのよさがあります。

川と反対側の田んぼの中には幾分小さめの《鼓楼》がありました。
見たところ、最近新築されたようです。(トン族文化の観光ブームではないと思いますが、他のトン寨でも結構再建や新築が
進められているのを目にしました)

20分程度走ると、川縁に《風雨橋》や《鼓楼》が次から次へと現れ出し始めました。

どれもが動いているバスからの撮影ですから余りうまくは撮れていません。

これらはもし再訪の機会が
あればその時に訪れること
にして残しておきましょう。

この橋を渡り、高台へ向かうと、予期した通りに《鼓楼》がありました。若干低層です。

向かいには《舞台》もある本格的なものです。

《鼓楼》を横からと下から見るとよく判るのですが、
最近改修されたようです。

この寄付名簿をご覧下さい。
大きく拡大してありますので、何とか判読できると思います。

左の方と右上三分の一程度までが現金による寄付。
右のその下が、木材等の現物の寄付と、何日働いたかという労働による寄付の氏名と詳細が刻まれています。

金銭の寄付の大半は上が100元から下は30元。
木材は1本から。
労働は1日から。

これなら私でも可能だから、名前が残るだけに声を掛けてくれれば喜んで・・・
なのですが・・・

さて、そろそろ戻ろうかな、と橋を渡ってショッピングストリートに続く道に近付くと、買い物を終えたであろうトン族の
オバサンが三々五々帰ってきました。トン族の青い衣装はよく似合っています。

男の子は元気です。町なかへの途中でこういう光景に出会いました。

これにて、《坪坦》はおしまいです。タイミングよく町外れまで行ってUターンしてきた《通道》行きのバスが
近付いてきました。(どうして新《坪坦汽車站》を使わないのかが判りません)

《坪坦》を出たのは、丁度12:00頃、《通道》へ戻ってきたのは12:45でした。バス賃は通しだから6元で済みました。
滞在はほぼ1時間でしたが、結構見所がありました。また、充実した《坪坦》の訪問でした。

新しい《通道汽車站》は判っていたし、古くからのバスの発着所がそれ程離れていない所にあるのも判りました。
荷物もホテルに預けてあるので、一旦《通道汽車站》に戻ることにしました。大体方向感覚も判ったのでタクシーに乗らずに行こう
として大通りを歩いていると、大型の公交汽車と書いたバスが来たので、《通道汽車站》と書いた紙切れを示すとOKなようなので
乗車しました。1元でした。

5分程度で見慣れた《通道汽車站》へ戻ることができました。

ここで情報収集です。(といっても、デジカメで撮るのが殆どですが・・・)

《近辺の地図=これは役に立ちそう》

《近辺の交通図=これも役に立ちそう》

《主要バス路線案内=
  私が必要とする路線のみ》

《更に上の再選択》

《バス発車時刻表=これも役に立ちそう》

今回は準備一切無く、ぶっつけ本番の旅でしたが、現地の皆様方に支えられ、《黄土》と《坪坦》を訪ねることができました。
思いもしなかった成果で、満足です。結局、今回は4.白衣観は諦めました。

この地が《桂林》から遠くないことが判り、且つ、時間的にも都合がよい(14:10発、4〜5時間)というので、きょう中に一気
に《桂林》へ入ることにしました。

本来であればもう1泊して、残した箇所を廻るのですが、それには準備不足です。再訪するぞ!と決意し、《桂林》へ。

《通道》から《桂林》へのバスチケット

14:10発 60元

《通道》から《桂林》は約200km、湖南省から広西に入り、暫く走ると突き当たりのT字路。右『三江』・左『龍勝』、
各々約20km程度。馴染んだ地名が出てきて気が楽になりました。
バスは《龍勝》《桂林》間の峠でひと休み。(17:00頃)
桂林のバスターミナル着は19:00でした。

翌日と今後の【旅】を考慮してバスターミナル前に今夜のホテルを取りました。

矢張り都会だけに、交渉しても90元が
精一杯でした。

フロントのオネエサン

このホテルは、バスターミナルの正面です。ホテルの部屋からの写真ですが、左は当日、右は翌朝に撮影したものです。

遅くなりましたが今夜の夕食です。2、3軒隣の食堂です。肉2品・野菜2品に土鍋ご飯が
付いて7元。ビールが4元。(土鍋ご飯が美味しかった)

今後の為にホテル情報を再掲しておきます。

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【懐化(南バスターミナル)からのバス時刻表】

【懐化(南バスターミナル)からのバス里程表】

【懐化(西バスターミナル)からのバス里程表】

【通道からのバス時刻表】(本編にもあり)

07/22 タクシー 懐化行きバス乗り場へ 5.0
バス 鳳凰→懐化 33.0
バイタク 懐化南バス駅へ 10.0
バス 懐化→通道 55.0
バス保険 上に関わる保険 1.0
水・牛乳 5.0 2 + 3
ビール 6.0 3 x 2本
宿泊 (通道) 80.0
07/23 タクシー 黄土行きバス乗り場へ 5.0
バス 通道→黄土 3.0
バス 黄土→坪坦 4.0
果物 すいか 1.0
バス 坪坦→通道 6.0
市内バス 通道バス駅へ 1.0
2.0
トイレ 0.5
バス 通道→桂林 60.0
バス保険 上に関わる保険 2.0
夕食 11.0 7 + 4(Beer)
別途ビール 4.0
宿泊 (桂林) 90.0
合計: 384.5

これでこの項はおしまいです。元に戻って頂いて結構です。
(蛇足で、データをこのあとに加えておきます)

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最後に、7/22〜7/23の経費明細です

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