《貴州省の肇興(ZhaoXing)を訪ねる》 2010年8月17日

侗族(DongZu=トン族)の村として名高い肇興(ZhaoXing)を
訪ねました。これは前頁からの続きです。

4.肇興の五つの鼓楼と風雨橋(花橋)

このイラスト地図をご覧下さい。
見難いかも知れませんが(地図をクリックすると拡大します)イラストで五つの鼓楼が描かれています。
  1)仁団鼓楼
  2)礼団鼓楼
  3)義団鼓楼
  4)智団鼓楼
  5)信団鼓楼

また、各々に対応して風雨橋と一部は戯台(=舞台)があります。

<仁> <礼> <義> <智> <信>とは部落名でもありますが、素晴らしい、且つ意味深長な、現代では失われた《精神》《心》ですね。

まだ続きがありますが、ここで一旦区切ります。続きは<NEXT>をクリックして下さい。

1)仁団の鼓楼と風雨橋

7層、と少し小さめですが、かなり装飾が施されています。

馬も気持ちよさそう

風雨橋(花橋)内部の壁面は壁画が描かれています。(全てご覧にいれます)

拡大前と切り取って拡大を対比させました。

13層あり、肇興の鼓楼では最も層数が多い鼓楼です。(高さはNo.1ではありません)

2)礼団の鼓楼と風雨橋
立派な龍です。塑像でしょうか?
内部を見上げました。

その奥には碑が
ありました。

ここには戯台がありました。(余り利用されていないのかな?)

次いで《礼団》の風雨橋(花橋)です。

橋の内部の絵画です。仁団橋と同じように拡大前と切り取って拡大を対比させました。

橋は老人達の憩いの場だけでなく、赤ん坊もスヤスヤと気持ちよさそうです。

礼団橋の修復の記念碑です。

11層あり、状態のいい鼓楼です。

3)義団の鼓楼と風雨橋

《義団》には保存状態く整備が行き届いた《戯台》がありました。その上で宴会?

《鼓楼》と《戯台》を使っての宴会が行われていました。

側で見ていると強く勧められ仲間入りさせて貰いました。肉類は豚肉と鶏肉でした。味は結構さっぱりしいていました。
勿論、ビールと地元の酒(白酒ではなく、焼酎に近かったです)
(作戦通り?)

興味深かったのは片隅で行われていた穀物(糯米の稲穂)を待ってきて肉に交換するという原始的な物々交換でした。
オレンジのシャツのオッサンが計量して記帳し、重量に応じて肉類(赤いポリ袋)と交換していました。
1日の糧を得て、稲穂を持ってきたトン族のオバサンもひと休みです。

次は《義団》の花橋です。

9層かな(?)

4)智団の鼓楼と風雨橋

『民族振興』と記されているだけで、
特に特徴はありません。

この『智団』の正面上の浮き彫り(?)です。

下は、2)礼団のものです。
最初、間違ったかな?思ったほど酷似しています。

次は、『智団』の橋です。

立っているお母さん
の手は染料で紺色
に染まっています。

橋の内部の絵画です。

橋の内部の絵画です。他と同じように拡大前と切り取って拡大を対比させました。

多分、肇興では最も高さの高い鼓楼でしょう。11層とのこと。

5)信団の鼓楼と風雨橋

正面の額を切り抜きました。

『信団』の花橋ですが、謎だらけです。《信団橋》というものはなく、地図上に描かれている《夢猫橋》が『信団』の花橋に当たる
ようなのですが、《夢猫橋》の表示はありません。《孟猫橋》ならあります。『孟』『夢』のピンインは共に<Meng>.。
当初、《孟猫橋》だった表記がいつか《夢猫橋》に変わったとしか判断するしかありません。
それはそれとして、そもそもどうして《信団橋》はないのでしょうか?
ともかく、ここでは、《孟猫橋》=《夢猫橋》=幻の《信団橋》と扱います。

橋は老人達のい憩いの場でした。
また、橋には装飾性はありませんでした。

多分、肇興では最も高さの高い鼓楼でしょう。11層とのこと。

終わりに):<仁団> <礼団> <義団> <智団> <信団>比較と【勝手に採点】
<仁団>
<礼団>
<義団>
<信団>
<智団>
形式 層数 高さ(m) 面積(m2) 鼓楼総合 風雨橋 戯台
仁団 八角 7 18.47 104 未確認
礼団 八角 13 21.37 133
義団 八角 11 23.36 144
智団 八角 9 ? ? 未確認
信団 八角 11 24.37 135 未確認

肇興の五つの鼓楼・風雨橋を勝手に採点しました。

夜間、義団の鼓楼周辺がライトアップされていました。

これは仁団の風雨橋の情景です。

左がオリジナル、右が画像処理ソフトで処理後。双方ともいい趣があるので敢えて両方を載せます。