《貴陽市石板鎮(ブイ族の村)  2010年8月21日

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貴陽市郊外にある少数民族ブイ族の村を再訪することにしました。
今から6年前に訪問しています。

  その模様は、
     《布依族(Buyi-Zu)の集落》貴陽市花渓区石板鎮・鎮山村 2004年11月19日
  をご覧下さい。

今回の再訪も主目的は、その後の変化を見ることにありました。

ブイ族の村《鎮山村》はおしまいです。
次は夜行列車に乗ります。

今回の旅の原則は、非常時は臨機応変ですが、《公共交通を利用する》としてあります。
前日に調べておきましたが、貴陽火車站前のバスターミナルから203路のバスが《花渓(Hua Xi)》へ行ってます。
駅前のホテルに泊まった理由のひとつは、『《駅前》はバス等公共交通の起点になっている』ことに因ります。
朝8時頃にバスターミナルへ行き、203路のバスを見つけて乗車しました。ところが満員で立っている乗客もいます。
そうすると最後部の座席に座っていた女子大生の二人連れが席を詰めて私を呼んでくれました。ありがたいことで
す。話していると彼女たちも花渓へ行くとのことで、降りる駅を心配する必要がなくなり、二重の嬉しさです。

料金は2元でしたが、08:10頃にスタートしたバスが花渓に到着したのは09:00頃でした。かなり時間が掛かりました。

花渓公園は、かなり名高い公園のよう
です。先へ行く計画だったので、公園
へは入りませんでした。
(入場券を買う必要があったこともその
 理由のひとつです)

《花渓》は貴陽市内ですが、市中心部からすると郊外です。
花渓公園の通りを挟んだ筋向かいに《花渓車站》というバスターミナルがありました。多分、《石板》行きのバスはそこから
出ているのだろうと思い、花渓車站へ行き、行き先を調べましたがありません。おかしいなぁ、と思いながら訊ねてみると、
『あっちから』と指さしされました。指し示されたのは花渓車站の斜め対面の方向です。

ただ、待合室に地域の詳細地図があったので記録に残しました。『石板哨鎮』から南に2km、『鎮山』が目的地です。

教えられた所へ行ってもバスは
ありません。
キョロキョロと見回してもミニバン
というかミニワゴンが数台停まっ
ているだけです。
もしや、と思い、そこにいた人に
訊ねると、それなら『△△△』方
面へ行くミニバンだよ、とのこと。

△△△が聞き取れません。
乗っていた運転手に紙に書いた
行き先を示すこと数台。
やっと見つかりました。

どうやらヤミではなく、公認のミニ
バン乗り合いタクシーで、料金も
2.5元でタリフ通りでした。

見つけたミニバンタクシーに乗ったのは09:20過ぎ、
超満員ですぐに発車しました。
そして、30分足らずで《石板》到着。
少し先の《鎮山》への分岐点で、私ひとりが下車。

間違いなく《石板鎮》です。

ミニバンの行き先は《天河潭》でした。

鎮山への距離を最初は12.5km
と読んで困惑。直ぐに1.25だと気
が付きひと安心。

小数点以下2桁まで書くな!

分岐点からは歩くしか手段はない
ようです。
(スイカ売りのオート三輪が邪魔
です。尤も帰りにはスイカを一切
れ買って食べました。)

意を決して歩き出しました。辺りはトウモロコシの畑でした。

歩き始めて10分足らずで、鉄道を跨ぐ橋がありました。レールの先には高速道路も見えます。

今でも貨物輸送の主力です。

石炭ですね。長大編成です。

タンク車も・・・

貨物列車のすれ違いさえも。

高速道路は少ない通行量でした。

いくら『テッチャン』でもいついつまでも眺めてはおられません、先へ行かなければ・・・

6年前の記憶が蘇ってきました。行く手の左右に点在する家屋の屋根は石の薄板です。変わりありません。

奇妙なものが出現しました。初めて目にするものです。こんなものは6年前にはなかったなぁ・・・

ゲートでした。真新しそうで、ここ1・2年の建造でしょう。

文字は、右から《鎮山村》。

ゲートをくぐって少し進むと、左手に《鎮山老年公寓》(多分、老人ホームでしょう)がありました。
これも新しいものだと想像します。

集会所のようなものでしょう。TVを視ているのではありません。カラオケです。

『絵』になりますねぇ

季節を過ぎましたが、まだ
花が残っていました。

老人ホームから10分、見覚えのある特徴ある烏帽子岩が突き出た湖を望む地点に来ました。
そこには、『鎮山芸術家村』という標識が立っていました。更に別の看板も。

『鎮山芸術家村』の標識

直進:鎮山村 左:生態博物館

烏帽子岩が特徴的です。

歩き始めて40分、10:20に《停車場》に到着。ここから先は一般車は入れませんでした。

案内板がありました。下に拡大しました。

難しい事は抜きにして、鎮山は、東経106度37分、北緯26度27分に位置するとのこと。沖縄の那覇が北緯26度12分
ですから、沖縄より南になります。経度でみると、日本標準時間が135度基準だから29度差=約2時間差が自然。

ここから先は石畳の細い道になります。一般の旅行者はバスで着いて、ここからの観光ルートのスタート地点です。
道際にブイ族の人達の売店が所々に出ています。

ひまわりと赤いトウモロコシ

長いマメ類と左右はトマト

このオート三輪を見た時、最初は驚きました。
シルバーに塗装(手作業でしょう)されていて、まるで鉄仮面かと・・・

観光の一団がやってきます。
その際を薪にするであろう刈り取った草を運ぶ地元民。

10:40 そしてやっと集落の入り口の本物のゲートに辿り着きました。歩き始めから50分でした。

2004年当時の『村役場』の建物は作業員宿舎(?)に転用されていました。村役場は何処へ行ったのでしょうか・・・

とはいえ、今でも鎮の中心であることには変わりありません。観光客にとっても離合のポイントになっているようです。

集落の住居を見て歩きました。薄い石板の屋根、石板を積み上げた壁、殆ど変わっていません。

下の住居ですが、屋根は変わっていません。
しかし、建物の壁面が美しくなっています。
また、窓は木製ですがサッシ状のものになっ
ています。

左右で新旧の対比を見てみましょう。
建物の壁面の違いが一目瞭然です。
単に石を積み上げた<左>と、化粧を施した<右>。大違いです。

観光客用に道筋の案内や説明書きの看板が整備されていました。

でも、一歩足を路地に踏み入れると、何も変わっていません。

所々で、どの様に壁面が変わったかを窺い知れる痕跡を見つけました。
壁面が以前の石の積み上げから作業が容易な焼き煉瓦になり、それを隠す為に薄い石板で化粧を施していたのでした。

参考までに、これは旧来の壁面です。

宿泊施設は昔からあった記憶があります。

この地のもう一つの観光資源は湖です。といってもダム湖で地図には《花渓水庫》と記載されています。

湖畔ではこういう焼き物が売られていました。

上の右の写真に両手足だけが写っているのが当地の娘さんでした。美人でした。快くポーズを決めてくれました。
1枚じゃ寂しいので3枚。

湖畔の売店、タバコに興味がありました。

私の知る限りでは、《黄果樹》と《遵義》が貴州ローカルの煙草です。
価格が識別出来ますか?右ほど安く、右端の《黄果樹》は2元です。これはさすがに吸う意欲が出ませんでした。

ブイ族の装束です。ブルーの衣装がブイ族の特徴です。

オバサンを2枚、野良作業の時でもこの衣装です。また、長袖で、夏でも変わりません。

オジサンも2枚。男衣装の特徴は《エプロン》です。左は同色なので判別しづらいですが、よく見ると判ります。
尚、右は花渓での撮影です。

《鎮山村》の再訪が終わりました。

同じ道を引き返しました。
来る時に通過した大きな新しいゲートの
所で休んでいると一台のバスが観光を
終えて市内へと戻って行きました。

前回訪問から6年、その間の変化は、
  団体の観光客がバスで来る観光地になっていた
  ことで、石造りの家がかなり改修されていたもの
  表面は繕ってあった

ということと総括しました。

しかし、人情は依然と変わらず、居心地のいい村には
変わりはありませんでした。

来る時にいたスイカのオート三輪は
まだいたままでした。

きょうの《石板鎮鎮山村》訪問の時間経過です。

貴陽火車站→花渓 市内バス 08:10-09:00 2元
花渓→石板(鎮山分岐) ミニバン 09:20-09:50 2.5元
鎮山分岐→鎮山村内ゲート 徒歩 09:50-10:40
鎮山村滞在 西瓜1元、茹落花生1元
鎮山村内ゲート→鎮山分岐 徒歩 11:40-12:10
鎮山分岐→花渓 ミニバン 12:20-12:50 2.5元
花渓→貴陽火車站 市内バス 13:00-13:50 2元

帰りの貴陽へのバスの中です。立派な鶏冠(とさか)のニワトリです。当然食料です。

貴陽の火車站へ帰ってきたのは13:50でした。美人にも出逢えた充実した《鎮山村》の訪問でした。

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