今回の旅程と所要経費を別のページに纏めて掲載しました。(左の文字をクリックして下さい)

また、そのページには中国の全体地図を数枚掲載してあります。

《小黄侗寨 その後、従江を経て三江へ 》 2010年9月23日

黎平で買った黎平地区の地図に導かれて一昨日の9月21日
『地捫侗寨』へ、昨日の9月22日は『黄崗侗寨』行ってきま
した。
双方共に苦労はしましたがなかなか素晴らしい所でした。

『黄崗侗寨』は、当初は『黎平』から日帰りということも考え
たのですが、『黄崗』に宿泊しました。いまの道路状況では
日帰りなんて到底不可能と思い知りました。
黄崗は未だ日本では殆ど紹介されていない素朴で原始的
なトン寨で、満足しました。
また、《招待所》というカテゴリーの宿泊施設も初体験しまし
た。

きょう、2010年9月23日は黄崗から従江へ抜ける途中に
ある『小黄』という、これも日本ではまだ余り紹介されていな
い侗寨を先ず訪問することにしました。

黄崗です

小黄です

『黄崗』の役場前でバスを待っていると08:30過ぎに
バスが来ました。てっきり、黄崗始発だと思っていたの
ですが、満席で立つ乗客もいる程で少々驚きました。
また、このバスはナンバープレートから昨日の16:00
頃に見送ったバスでした。

ここで確信したのは、昨日のバスはあれから『双江』ま
で行き、そこで1泊して多分、今朝の7時前後に双江を
出発したのでしょう。
9月23日もまだ小雨が降り続いていました。

黄崗に関する黎平の地図の記載によると、黄崗の位置として、『従江の小黄から2.5km』とのことですがもっと距離は
あったと思います。4~5km位でしょうか。ところが、黄崗からの道路が相変わらず酷い。数日間、雨が降り続いている
こともあろうが無舗装の凸凹道を車体を左右に、前後に揺すりながらバスがゆっくりと進む。途中で舗装に変わり、ひ
と息ついたらもう『小黄』だった。小黄まで5元。着いたのは09:10でしたから30分以上掛かっています。

昨日16:00頃黄崗で
見送ったバス

朝、黄崗へ来たバス
(左上のバス)

乗ってきて小黄へ着い
たバス

このバスはナンバープレートから昨日の16:00頃に見送った
バスでした。

ここで確信したのは、昨日のバスはあれから『双江』まで行き、
そこで1泊して、多分、今朝の7時前後に双江を出発したので
しょう。

バスの従江→小黄→黄崗→双江//双江→黄崗→小黄→従江
ルートですが、日に1本は間違いなくこのルートで走ります。
もう1本は、従江→小黄→黄崗(?)//黄崗(?)→小黄→従江ルート
か、従江→小黄//小黄→従江ルートでしょう。


(小黄に着いて従江へのバスを訊くと、次は15:00とのことでし
たから、従江・小黄間は間違いなく1日に2本あります。)

《従江バス站
  の時刻表》

《左の拡大》

《乗って来て黄崗から小黄へ到着したばかりのバス》

バスを降りると鼓楼が顔を覗かせていました。また、観光客の姿もちらほらと目にはいりました。
この『小黄』はどうやら知られるようになったようです。

しかし、先ず確認というか情報を得たのは、従江への次のバスの時刻です。15:00ということでした。
6時間もあれば十分だとの思い、余裕で早速寨内へ入っていきました。
直ぐあった花橋(風雨橋)《便宜上1号橋としましょう》を渡りました。この橋の上から右を見るとせいぜい20~30m位先に
花橋(風雨橋)《2号橋》が見えます。また、反対の左を見ると50m位先にも花橋(風雨橋)《5号橋》が。
これと全く同じものを『黄崗』で見た記憶があります。
《1号橋》を渡って右手の鼓楼を過ぎると直ぐの所に小さな人集りが・・・
当然覗いてみました。

判りました、判りました。豚の解体です。約20分余り、観察させて貰いました。
花橋(風雨橋)《2号橋》
花橋(風雨橋)《5号橋》

前進、右手壁面の絵画

前進、左手壁面の絵画

直ぐ前方右手奥に鼓楼が頭を覗かせています。

私が名付けた1号橋は装飾性に富んだ美しい橋です。

龍の乗ぅかっている屋根の最下部の奥(破風?)にも絵画が描かれています。文字は、左が《鳥語花香》、
右が《魚水情〇》(〇=吹 or 歓、でしょうがよく判りません)

説明の必要ない双龍です。

そして渡りきると直ぐに鼓楼です。
扉の右には《龍飛》、左には《鳳舞》と大書きされています。
この鼓楼の名を《輝生閣楼》と読みました。
楼閣の上には槍と薙刀(?)を交叉させた人形が見えます。

兎に角、黄崗の鼓楼と同じくかなり装飾性に富んでいます。

この鼓楼のサイドビューです。

各層の破風(?)にも絵があります。

《豚の解体》に進む

クリック  

kaitai
豚の解体もほぼ終わり、道なりに右に緩い坂道を少し上ると鼓楼がありました。
最初の鼓楼に似ています。上部の槍と薙刀(?)
を交叉させた人形も同じです。

この鼓楼の前にある民家

この鼓楼を見終えて少し進むと、人の数が多くなってきました。きょうは何かの催しがあるようです。

道を100m程進むとこういう立派なゲートがありました。

鼓楼の内部です。外の装飾と好対照に質素です。

鼓楼前の広場

鼓楼に向かって右手には大きな舞台がありました。
きょうはここで何か催し物があるのかな?

最初の鼓楼、二つ目の鼓楼に似ています。(ここ小黄には最終的に鼓楼が3基というのが後ほど判りました)

同じような作り物です。

広場の一角にはこういう建物も・・・

また、こういう看板を掲げた建物も
広場に面してありました。

この広場を突っ切ると降りる階段があり、川に架かった橋に自然に出ました。

この橋は、《便宜上の
3号橋》
なのです。

渡ってからよく見ると、
最初の橋との間にも
うひとつ別の橋があ
りましたから・・・

《3号橋》と最初の《1号橋》との間に橋があるのに驚きました。
《1号橋》と《3号橋》との距離は200mもないでしょう。多分、150m位だろうと思います。
そんな短い距離の間に3つも橋があるなんて・・・

右には《2号橋》とその先に《1号橋》が望めます。

更に、驚くことにはそこから左を見ると、直ぐに別の花橋(風雨橋)さえもありました。それを《4号橋》としました。
(ですから、最初に《1号橋》から川の左右に見える橋を《2号橋》と《5号橋》と書いたのはそういうことに因ります)

早速に実地に《2号橋》を探索に行きました。探索といっても、川岸を数十m歩くだけです。
《2号橋》から川岸を一旦元の《3号橋》を過ぎて50m足らずで《4号橋》です。
ついでに、時間的に連続していませんが、《5号橋》を見てみましょう。

《5号橋》が最も原形を留めていると思われます。
保存状態は決してよくありませんが、趣があります。

この《5号橋》で小黄の集落は終わりです。
このずっとずっと先が、《従江》です。

《1号橋》を忘れるところでした。

(これは脚色でなく、実際に小黄を発つ間際に気が付いて、戻って川岸を《5号橋》の方へ降りて撮りました)

時間を戻して、元の《4号橋》へ戻りましょう。

同じ写真で恐縮ですが、犬を連れた男の先に見
える小さな坂道を100m程度上がると元の道に
出ます。
また、左の小径も川から離れて上の集落へ続い
ています。

通りに戻ると、そこには宿泊施設が2、3ありました。

決して橋ばかりを撮っていた訳ではないのですが、自然とそうなってしまったようです。
取り敢えず2枚だけでもご覧に入れます。

白い布。これが染められトン布になるのです。

ここの住民の一般的生活の情景です。

髪を梳く女性は実に魅力的です。こういうシーンを見ると男心がくすぐられます。

別の女性です。日常的な行為なんでしょう。

きょう、2010年9月23日は特別な行事があるようで、皆さん、少女達も着飾っています。
うっすらと化粧をしているのかなぁ。

テーマは替わります。

小黄の集落を歩いていて、新築中の家屋の建設現場の前を通りました。
何気なく観察していて、重要なことを知りました。
小黄の建物は殆どが木造なのですが、どうやら新しいものは《似非(えせ)木造》が多いようです。
構造部分は鉄筋コンクリートやセメント、煉瓦で造って、見るからに木造の如く化粧を施しているのです。
下の写真を見ていただけばお判りになると思います。

そうする方が、建物の強度と建築コストを考えるとはるかに有利なのでしょう。
さて、小さな寨ですから9時過ぎに着いて2時間程度で探索は終わってしまいました。

確認してある《従江》への3時のバスの時間までどうしようかと思っていた時に、最初の橋《便宜上の1号橋》の上に中国人
の旅行者風アベックを発見。向こうも私の方を見ています。何となく引き合うものがあり、私が歩み寄ると向こうも近付いて
きました。そして、従江へ行くの?と訊いてきました。どうやら、彼らは、小黄を済ませて次は従江へ行くんだけれども3時迄
も待つのは野暮ったい。でも、車をチャーターするのは金銭的にも・・・ということで仲間を探していたようです。

思いは同じ、直ぐに3人で従江へ車をチャーターすることになりました。訊いてみると貴州省の貴陽から来た旅行者とのこと。
現地人でないにしても中国人だから私にとっては強い味方です。

早速、彼が1台のミニワゴンを掴まえて交渉しています。運転手が首を横に振っています。次に彼は携帯電話をかけて何やら
話し出しました。交渉が成立したようです。こっちだ、というので付いていきました。彼はキャリーバックを引っ張って従江方面を
寨の外れまで行きます。そして或る旅館の前で止まりました。
彼らが泊まっていた旅館で、そこの車と話しを着けたようです。暫くしても運転手が出てきません。彼は中へ入って行きました。
出てきたので、大丈夫?と訊くと、いま食事中だから一寸待って欲しいと言われたとのこと。
その場所は寨の外れでした。直ぐ近くに新しそうな大きな花橋(風雨橋)と看板が見えます。
そこは『小黄』の表玄関だと気が付きました。私は『黄崗』の方から来たので、そこを通過しなかったのです。

大きな花橋(風雨橋)は実際に新しく、どうやら小黄を観光地として整備する際にシンボル的に造られたと想像しました。

彼しか写っていませんが従江迄の仲間。

従江から来ると、こんな具合でしょう。

彼らが泊まった旅館(右の赤い提灯の所)から小黄方向を眺めると、さっきまで居た
小黄の集落が見えました。こぢんまりしたトン寨です。

たまたま偶然に思ってもいなかった場所に導かれながら来たことになりました。
結局、ミニワゴンは旅館を11:30頃に3人を載せて従江へ出発。
彼ら2人は或るホテルで下車。私はアベックに礼を言うと共に同時に運転手にバスターミナルと指示をしました。
従江の汽車站に着きました。12:30過ぎでした。料金を訊ねると、15元とのこと。安かった。
従江へは泊まりはしませんでしたがほぼ1ヶ月前の8月18日に来ています。
その時にバスの時刻表を撮ってHPに載せてあるのですがネットに繋がって
いないのでチェックできません。改めてバスの発車時刻をチェックしました。

ここからこのあと何処へ行こうかと行き先とタイムテーブルを眺めながら思案
しました。
道路は榕江=従江=三江=龍勝を結んでおり、北の『小黄』から来ましたか
ら、考えられる方面は、西の『榕江』か東の『三江』『龍勝』です。買ってある
今回の旅の出発点である広州への飛行機の切符は桂林から28日発です。
時間は十分にあります。

7月22日~23日に湖南省の『通道』を訪問して強く印象に残っています。
全てを極めることができたわけではなく、再訪したいと思ったのでした。
それを実行することにしました。7月の時は通道から龍勝を経て桂林へ出たの
でしたから龍勝へ行けば通道へ行ける、三江=龍勝のバス便は数多くあった
筈だからともかく三江へ行こうと決めました。
『三江』行きの12:50発のバスの切符を買い
ました。30元。
三江へは3時間程度の筈。そして三江から龍
勝は2時間弱。従い、三江での待ち時間を勘
案しても龍勝に午後7時前後には着けるとい
う計算をしました。
7月の記憶では、通道から南下して従江=三江=龍勝を結ぶ国道
のT字路に出て龍勝へ向かった筈です。

隣の若者と話をしていて彼が三江の者であることが判りました。
そこで、オレは明日通道行くんだけど三江から通道行きのバスが
あるかどうか訊ねると、あるとのこと。
私の当初案だと明日は一旦龍勝から分岐まで戻って通道へ向かう
ことになります。それならきょうは三江泊まりにしたほうがいいなと
思いました。

バスは定刻の12:50にバス站を発車しました。
ところが、14:25に停車、前方に何台も車が列をなして停まってい
ます。9月21日から降り出した雨はまだ続いています。黎平から
黄崗の道路とは雲泥の差があり、一応舗装もされていますが、所々
修復されず痛んだ箇所もあり、そこがぬかるみになっていて小さな
渋滞になっていましたが、完全な停車は初めてです。場所は『地坪』
『肇興』への分岐の手前辺りです。
8月13日に地坪から従江にミニワゴンをチャーターして通った時の
記憶では、この地点辺りで橋の架け替え工事が行われており、1
車線の細い仮橋でかなり渋滞していました。

どうやらその地点辺りです。雨の影響が加わって最悪の事態にな
っているようです。

対向車が全く来ません。ということは事態は深刻だということになり
ます。運転手も車掌もバスから降りました。状況の把握に行ったの
でしょう。

彼らも戻ってきて丁度1時間後の15:25に再スタート。小刻みに前
進していますが見ていると上り下りの車が団子状態になっています。
ようやく仮橋に近づきました。
ここは整理人がいて、相互の一方通行のコントロールをしていました。

やっと仮橋を渡りましたが、その先が団子状態。

そこを抜けて本格的に走りだしたのが16:05でした。
この地点を抜けるのに1時間40分掛かったことになります。
そして三江のバス站着が17:40でした。4時間50分
掛かったのです。
仮橋周辺で1時間40分ロスしましたからそれを差し引
くと3時間10分。これは当初に見込み通りでした。
三江への大通りで、新しく大きな花橋(風雨橋)を建設中との
看板を見掛けました。
広場の新しい鼓楼に加えて新しく風雨橋を造って《観光地》
の体裁を整えようというのでしょう。
結果論ですが、きょうの泊まりを三江にしたのは正解でした。
明日のバスの時刻をチェックしてからは、きょうの宿探しです。三江ではいつもホテルに苦労しています。
今回は今までと逆の方向へ歩いて探すことにしました。
ネットが使えるという条件ですから2、3軒をパスしてやっと落ち着いたのが『悦江賓館』。

こんなホテルで部屋自体は可もなし不可もなしでしたが、エレベータなしの6階には閉口しました。

バスターミナルのごく近くでした。ホテルの部屋の窓の下にはバスターミナルが見下ろせました。

《小黄トン寨概念図》
   拙い作表ですが、ご参考にして下さい。

Scale:⑤から④が300~400m

次は『湖南省・通道へ再び』です。

←枯葉をクリックすると次に進みます

トップページへはこちらを・・・

戻る

トップ アイコン

この項目で苦労したことがあります。
それは、写真を整理していて、橋の見分けがつかなくなり混乱してしまったのです。デジカメ撮影ですから撮影の時間まで記録され
ているのですが、狭い範囲を行ったり来たり撮影したことから画像が錯綜していたのです。整理上、1橋~5橋と番号を付けたので
すが、特に2橋と4橋が分類できなくなってしまいました。その正しい整理にかなりの時間を空費してしまいました。
勿論、最後には何とかできましたが・・・

《編集後記》

〔第1橋〕

〔第2橋〕

〔第3橋〕

〔第4橋〕

〔第5橋〕

〔第1橋〕

〔第4橋〕

〔第5橋〕

〔第3橋〕

〔第2橋〕

基本デザインも長さも同じような橋がせいぜい200~300m程度の間に5つもあるのですから混乱するのは当たり前
かも知れません。ともかく、これが『小黄』の特徴なのです。

《見分け方=特徴(私のメモから)》

規模が5つの中で最大
屋根が3層
唯一車が通行可能

両端に木製の櫓
尖塔の珠(宝珠?)が5つ

尖塔の珠(宝珠?)が3つ
塔屋の屋根の先端が跳ね上がっている

尖塔の珠(宝珠?)が4つ
それ以外は第2橋に酷似

古そう
塔屋が若干長い(スマート)
第2橋、第4橋に似ている

(多少撮影に多少他の橋と時間
 差があったので撮影時間で区
 別が容易であった)