2010年7月の訪問時の記事はこのHPに掲載してあります。是非ご覧下さい。

《湖南省・通道のトン寨》 2010年7月22日〜7月25日

http://www.meitian.sakura.ne.jp/sub197.htm

今回の旅程と所要経費を別のページに纏めて掲載しました。(左の文字をクリックして下さい)

また、そのページには中国の全体地図を数枚掲載してあります。

《幻の白衣観を求めて》 2010年9月25日

2010年9月25日 きょうも小雨模様で寒い

中国国家観光局の<湖南省>版には、雨風橋・鼓楼と並んで
《白衣観》
いうものが記載されています。
2ヶ月前の7月の時は風雨橋と鼓楼を2箇所廻れたのでひと
まず満足し、よく判らない《白衣観》は切り捨てて桂林へ向か
ったのでした。
しかし、ほったらかしにしていたのではありません。
日本へ戻ってからネットを中心に《白衣観》を調べましたが全
く判りません。キーワードでヒットしないのです。ですから余計
に興味が湧いてきました。
今回の通道再訪の目的と理由はそこにあったのです。

ところが、前夜にホテルのスタッフに訊ねても誰も知りません。
諦めて通道は泊まっただけでどこかに移動しようと思いなが
今朝のチェックアウト時にもう一度ホテルのスタッフに訊ねる
『播陽』という所に在るというではないですか。そういえば昨
夜の3人位のスタッフと違う顔です。
バスもあるというのでホテルにバッグを預けていざ《白衣観》
を求めてスタートしました。
バスターミナルに着いて播陽行きの切符(14元)を買う
と、直ぐに発車だから急いでといわれバスを探すと何と
そのバスは『黎平』行きのバスでした。元々はこのバス
で『黎平』から『通道』へ入ることを考えていただけに複
雑な思いで乗り込みました。播陽は途中なので間違い
なく降りる為に近くの乗客に、『俺は播陽で降りるんだ』
とアピールすると、我々も、私も、俺も、との声が上がり
ほっと一安心。これで間違いなく降りられます。

この地図の《双江》が通道の中心です。
双江=通道と理解して下さい。

『播陽』へのバスは、播陽行きのほか、貴陽の
黎平行きや他の方面へのバスも通過するよう
です。多分、1時間に1本程度あるだろうと思い
ます。

隣の男も播陽だというので所要時間を尋ねると1時間半とのこと。結構かかるな、でも14元だからそんなものかと思いました。

乗ったバスは定刻の07:20にスタートしたものの直ぐにガソリンの給油等があり実質の出発は07:30
途中、菁蕪州(08:15)、県渓(08:45)と順調に通過して行きました。
この時点でも未だ《白衣観》が何かは全く知りませんでした。
場所なのか、モニュメントなのかさえも。

でも、このようにかなりの山の中へと入っていったのです。

途中、最大の集落である、『県渓』。ビルも
見えます。(一寸だけ帰りに立ち寄りました)

そして、播陽の手前の『張黄』を09:00に通過した後に、前方に集落が遠望できたのでそれが播陽だと思って隣の男に『白衣観は
どこか?』
と訊ねると、『あれだ!』と前方左手に見えてきた鼓楼を指して言いました。
この時点で《白衣観》とはこの地の鼓楼の名前、或いは鼓楼の中に大きな観音像があるのではないかと思うようになってきました。

本通りから播陽の集落への分岐点で皆バスを降ります。私も隣の男に促されて降りました。09:10頃でした。ここからほぼ正面の川
の対岸に白衣観
が望めました。
(通道から1時間40分かかっていますが途中で工事の為に行き違い待ちで10分程停車したので実質は1時間30分)
この男は、『白衣観へはあっちだ』と村の集落の方向を指差して本通りを進んで行きました。
あてにしていた道案内を失って困惑しましたが、集落の中へ入って行きながら、『白衣観は?』と訊ねました。
一様に川向こうにある鼓楼を指します。でも橋がありません。次に訊いたのは『白衣観へ行くんだけど橋は?』です。
そうすると集落を進んで行くと橋があるから、それを渡って左の方向へ、という的確な指示が貰えました。

バスを降りた辺りから望んだ『白衣観』です。

少し集落内の道を進んだ辺りから望んだ『白衣観』です。

更に進み、集落の殆ど外れからの『白衣観』です。

播陽は小さな集落で道は1本だけです。それを進んで行くと右にカーブした先にコンクリート製の侘しい橋が見えました。

川が曲がって流れていて集落の道もそれに沿ってカーブしていたのでバスを降りた地点で橋が見えなかったのです。
ですから、すぐ対面にある白衣観に行くのに集落の外れにある橋を渡るという大Uターンを辿ることになったのです。

橋の上から左を見ると、『白衣観』がまだ遠くにあります。

左手に白衣観を遠望しながら橋を渡っていて、ふと右手を見ると後方の集落の外れの川沿いに『鼓楼』らしきものが
見えました。帰りに立ち寄ってみよう。

橋を渡りきって左折して川に沿っている道を進みました。私ひとりです。誰もいません。でも、白衣観を前方に見ながらですから
道を間違えるという心配はありません。
白衣観が近づいてきました。通りから外れて白衣観への取り付け道があったので進んで
行ってやっと到着です。09:50でした。バスを降りた所に橋が架かっていたらものの
5分程度で辿り着けたのに40分歩いたことになります。
いよいよ白衣観の正面入り口に立ちました。しかし入り口にはしっかりと鍵が掛かっています。
門の左手の壁面には湖南省人民政府による石のプレートも2枚埋め込まれています。ともかく白衣観
には間違いありません。
時刻も10時前だから開門に早すぎるということはなさそうですが辺りに人の気配が全くありません。
折角はるばる日本から来たのにこれでは悲し過ぎます。鼓楼風の建物が2m
を超える塀に取り囲まれていて内部を伺うこともできません。




どうするか・・・意を決して塀を乗り越えることにしました。
正面に向かって左の廃屋の2階テラスの端が白衣観を取り囲む塀の上と1m
位離れてはいるものの何とかなりそうです。結果は成功しました。
とにかく鼓楼風の建物の中へ足を踏み入れました。

あったのは仏像でした。

《正面》

《左》

《右》

白衣をまとっているわけでもないし、仏像が白磁で作られているわけでもないし、ともかくよく判りません。
結局のところ現地へ行ってみてもいまだに『白衣観』が鼓楼風の建物を指すのか、仏像を指すのかさえ判りませんでした。

もうすることが何もなくなり、《白衣観》を探しに行って辿り着いたということだけで満足することにしました。
そろそろ退散です。

さて、どう出るかですが、【行きはよいよい帰りはこわい】でした。入る時は隣の建物から塀の上に立って飛び降りたのですが、
出るときはどのようにして塀の上に立つかです。
幸いにも塀の一寸崩れかけた箇所を見つけてそこを攀じ登り塀の上に立つことができ、隣の建物のテラスに何とか辿り着くことが
できました。

(今にして思い返すと実に大胆な行動だったなと思っています)
来た道を引き返しました。橋を戻って道を
真っ直ぐには進まず左に見た鼓楼を目指
しました。

容易に着きましたが、見たところ比較的新
しいもので何も特徴はありませんでした。
居た男に訊きましたが、播陽には鼓楼は
これひとつとの事。

帰りには田んぼの中に入って違うアングルで《白衣観》をカメラに収めました。

あとは集落の中をぶらぶらしました。

子供が《鎌》を持
って遊んでいま
した。
今の日本では考
えられないことで
す。

集落の中をぶらぶらしましたが、貧しそうな住人の生活ぶりを見ただけでした。
09:10頃に集落の入り口に着き、その後は徒歩が多かったので11時前になっていました。住民に通道へのバスを訊ねると集落からは
このバスが午後1時に発車とのこと。
ここでは一寸時間があり余るので来る時にバスを降りた分岐点まで出れば別のバスも通過するだろうと思い降りた場所へ行きました。
3〜4分で分岐点に着きました。10:55でした。

何か来ないかなときょろきょろしていると、先から来たミニワゴンが止まりました。
来る時に通過した『県渓』というプレートを掲げています。通道というとOKというので半信半疑ながら乗り込みました。

他に乗客は3人居ました。11:30に《県渓》に到着すると、いままさに出発しようとしている通道行きのバスに大声で『ひとり居るぞ!』と
叫んだのでした。こういう作戦だったのですね。
料金を訊ねるとここまで8元でしたので支払いを済ませてドアを開けて待っていたバスに乗り移りました。
バスは来た時と同じく菁蕪州を経由して13:00に通道に着きました。このバスの運賃は10元でしたから行きが直行で14元、戻りが合計
で18元でしたからミニワゴンも妥当な料金だったのですね。
播陽では幸いに降られなかったのですが、きょうも小雨が降ったり止んだりです。昨晩のホテルは悪くはなかったのですが、ネットが
繋がったり切れたりで接続不良だったのでホテルを代わることにしました。
数軒先にあった『新七天賓館』にチェックインしました。直ぐに前夜の『紅樹林賓館』へ行って荷物を引き取りPCをスタートさせるとネット
は快調です。100元と高目でしたが部屋も広く快適で矢張りホテルを代わってよかった。

《11:30に『県渓』到着》

《11:45 ヤギ飼いに遭遇》

《12:00頃の車内 帰りも満席でした》

《13:00頃に戻ってきました》

ホテルの部屋の窓から通り越えで
バス站が見えます。

ホテルのカードです。

いまだに《白衣観》とは何を指すのか判らないままですが、白衣観を求めて
播陽へ来たことは色んな意味で面白かったといえます。

もうひとつは、7月訪問時に、ホテルのオッサンの私に呉れたメモを改めて
見ると、『白衣観 播陽郷』とはっきり書かれています。
余りに達筆だったことと簡体字の関係で無視したようです。
ゴメンナサイ

次は『桂林を経て広州へ』です。

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