《4.磧口》 

2010年10月20日(水) 

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翌朝は朝の7時頃から磧口探検です。

若干寒かったので非常用に持っていた毛布に包まって寝ました。
ぐっすりと休むことができましたが、小さくて大きな問題はトイレでした。
黄土をくり抜いて家や部屋を造った構造上の問題からでしょうが客室にはトイレがありません。

昨夜、ビールを飲んでいる時にオバサン服務員に訊くと1階の片隅を示されました。

その問題は仕方がないとすると、まずまずの体験でした。
探検は先ずはホテルから。
『磧口客桟』は以前は《四和堂》という名の由緒のある四合院風の建物で、そのもの
自体が価値を持っているようです。
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四合院(しごういん、ピンイン:sìhéyuàn)は、中国の伝統的家屋建築

敷地の南東角(八卦でいう"巽"の方角)に配置された"大門"を入ると目隠し壁となる"影壁"(照壁とも)がある。 "影壁"は、目隠し用の他、奥行深く見せたり魔除けの為に作られた壁である。 そして"影壁"に向かって左手に第一の中庭がある。その南側に使用人の部屋となる"倒座"があり、北側には第二の中庭へとつながる"垂花門"がある。 "垂花門"を入った第二の中庭は"院子"と呼び、ここが四合院の中心となる。 "院子"東西に家長を除いた家族の寝室、書斎、食堂となる"廂房"がある。 そして敷地の北側に居間兼応接間となる"正房"、その左右に家長の寝室となる"耳房"がある。
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門をくぐると正面に"影壁"があります。上から中庭を見てみると、駐車してある車の前の壁がそれに相当します。
建物は<囲>の文字状になっていて、背後が黄土の崖で正面の部屋が要するにヤオトン住居となっています。

《四和堂》と呼ばれた由緒ある建物を『磧口客桟』という宿泊施設にしたようです。中文の説明は正直判りません。

このように、上から俯瞰
するとよく判ります。

私の泊まった部屋は正面の2階の端ヤオトンでした。
背後から前方に傾斜しているので左右の部屋はヤオトンではありませんでした。
その意味において、少々不便でしたが、ヤオトンの部屋に泊まれてよかったと思っています。

写生会が開催されているようです。

これは向かって左側です。奥の方に中庭があります。
右上に私が泊まった部屋が見えています。

次は門の上のテラスと向かって正面に向
かって右側の住居です。
昨夜ビールを飲んだのは木製のテーブル
とベンチでした。

多彩な催しをしています。歌詠み大会でしょうか、
第一回目のようです。

正面の壁の右手です。右奥にトイレがあります。
男の背後にビニールの仕切りがかすかに見えます。

左手奥の中庭へ行ってみました。
ひとりが写生をしています。
グループの他のメンバーは無関心のように見えました。
向かって右側の手前は石炭置き場になっていました。
そしてボイラー室。

そういえば、山西省は中国における石炭産業の中心です。
テラス越しの黄河です。
磧口客桟の入り口の直ぐ右には細い路地がありました。

先ずはここから中へ入っていきましょう。
鎮全体が黄河に向かっての傾斜地になっていますから、
道はかなりの登りになっています。
要所要所には建物の説明のプレートが付けられており、英文併記です。
遠慮せずに中へと進みました。
内部には10戸ぐらいのヤオトンがあり、その殆どが現役でした。
次の所も住人が居ました。見られるのに慣れているのか、私が入っていっても皆さんは無関心でした
登った奥から下を望んだらこういう光景です。

磧口は石畳の集落です。

『農家住宿』と書かれているのは民宿でしょう。

これが内部で、規模は小さいながらホテルのようになっていました。

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