《6.黄河壷口瀑布 臨汾~吉県~壷口瀑布 

2010年10月21日(木) 

7.壷口から吉県
   を経て黄土高原を
   運城へ
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朝は5時頃に起床。備え付けられていたポットでお湯を沸かし、これも備え付けのティーバッグでお茶を飲みました。そしてゆっくりと身支度を整えて6時過ぎに『海源賓館』をチェックアウト。

預け金を含めて200元支払ってあるので100元戻ってくるかなと思っていたら2元出せと云われる。怪訝な顔をすると、水代とのこと。3、4リットルは入りそうな大きめのポリタンクがあり、無料だと思ってそれを使ってお湯を沸かしたのですが、それが2元と有料だったのです。それならば持っていた空のミネラルウォーターのペットボトルにも詰めたのに・・・と思いましたが、それがもし清潔な水でなかったら大変なので素直に2元支払って100元札をゲットしてバス站へ急ぎました。
06:15頃に着いて、案内所にオネエサンが2人居たので『壷口瀑布』と書いた紙を示すと、もう06:00に出発した、次は15:00だ、と言うではないですか。仕方がないので何とか時間を潰すとして、15:00のバスの切符というと、未だ売ってないと、つれない返事。

途方にくれていると横からオッサンがこっちへ来いと。
ヤバイと思いつつもバス站の中だらかいいかなと思ってオッサンの後を追うと、改札のオネエサンに一言、二言声を掛けてバスの所へ。
私が躊躇しているとバスの行き先を指し示して、行くだろう、といいます。
確かに、『壷口』と書いてあります。
行き先は、臨汾から《吉県》《壷口》《宜川》《延安》と書いてあります。
確か延安は陜西省の筈。
このバスが瀑布まで行かないとしても壷口に着けば滝まではバイタクなりで何とでもなるだろうと安心して乗り込みましたがもう満席です。席がない、というとそのオッサンは最後部に指示して1席を空けさせました。最後部のシートは5人掛けですが、1人が荷物を置いていたのでした。ともかく座席を確保しました。
バスは6:35にスタート。何と怪しげなオッサンはこのバスの運転手でした。
若い男の車掌も乗っていて、彼に55元を支払いました。

まだ、外は真っ暗です。バス站を出てもバスはゆっくり走り、道路際で客を拾っていきます。
満席でしたから後の客は簡易補助椅子です。

7時過ぎに、やっと明るくなってきました。
見えてくると外は収穫の秋でした。

7:20頃に『吉県壷口154km』という標識を通過。

8:00頃に『寛水』、8:10に『光華』を通過して、
8:20に『台頭』。ここから『吉県壷口109km』の標識。

9:00頃に、『屯里』という所を通過したがこの辺から土壌の色が我々が慣れ親しんでいる薄茶色、乃至はグレーから黄土に変わった。するとヤオトンが現れ出した。

9:20過ぎ、『移民新村』という真新しい集落を通過。道がよい、人はいないがバス停も立派。整備されている。三峡ダムで移住を強いられた農民用に政府が整備したのではないかと思った。

9:26に『吉県』に到着。ここで初めての休憩です。
『吉県』のバス站には切符売り場も待合室もありません。小さなよろず屋と食堂、そして運転手等の控え室がある平屋建ての建物があるだけです。
瀑布の後に行くかも知れない《西安》と《運城》行きの空のバスが停まっていました。
《西安》行きは09:35に発車して行きました。

臨汾から乗ってきたバスをここでカメラに収めることができました。

果物を並べて売っていました。

梨と林檎ですが、箱をよく見ると共に《壷口~》と書かれています。
壷口はこういう類の果物の産地なのでしょう。共に絵柄として滝が用いられています。林檎には<中国・吉県・壷口>との表示、梨には<壷口酥梨 陜西・延安>と。双方共に瀑布が絵柄としてあしらわれています。
(酥梨とは中国で栽培されている結構美味しい梨の種類だそうです。但し、私には<酥>の意味が判りません。)
30分以上休憩してバスは10:00頃に発車。完全満席のままです。
『吉県』の町の中を通過。バス站は町の外れにあったようです。

ここから瀑布まで30分とのこと。(実は違って1時間かかりました)

10:10《壷口37km》の標識。

満員の車内。通路には簡易補助椅子も出動しています。

素晴らしい景色の連続です。行ったことはありませんが、アメリカのグランドキャニオンのような光景です。




残念なことには私の座席は最後部5人掛けの真ん中でしたからいい写真は撮れていません。






10:40頃、道の左右に岩肌が迫っている。







10:55頃に『壷口大橋』という小さな橋を渡る。もう《壷口》は近いだろう。
そうこうしているうちに《壷口》に11時に到着しました。
直ぐ目の前に大きな広場があり、《壷口瀑布》と刻まれた石碑が建っていました。

余計な心配をしてしまいましたがオッサンの導きで乗ったバスは正に《壷口瀑布》に連れてきてくれました。

延安は陜西省ですから、乗ったバスはこの先、省境を越えて行くのです。多分、このルートにバスは日に1本か2本だから大混雑したのでしょう。
広場の奥には入場券売場がありました。
《壷口瀑布》の入り口には11時過ぎに到着しました。

そうすると、ミニワゴンが私の側に寄ってきて、『ここから滝までは4kmもある、どうするのか』と。
入場ゲートから実際の対象物までかなりの距離があり、ゲートから入場料を支払って入っても乗り物に乗る必要があって更にお金が掛かるということは中国では往々にしてあることです。でも4kmという長い距離は初めてのの経験です。その上、リュックを背負ったままでしたから、幾らか、と訊くと、45元xxxとのこと。まあいいか、と交渉せずにミニワゴンに乗りました。

入場券売場で一旦停まり、入場券を買うように云われましたので窓口へ行ってびっくり。91元!です。
1元の端数の意味は判りませんが、ここまで来て入場料の高さで帰る訳にはいきません。高いなぁ、と思いながらミニワゴンに戻りました。

入場券《表》右端の地図です。

暫く走ると左手、黄河の先の丘の中腹に赤い文字が見えます。
目を凝らしてよく見ると、『黄河壷口瀑布 江澤民』と読めました。
かなり先の河原の中にゴマ粒の様な物が見え始めました。
よく見ると人のようです。
いよいよ近付いてきました。
コンクリートの建造物も見えます。
そしていよいよ土産物屋を左右に見ながら『黄河壷口瀑布』へのアプローチです。

ミニワゴンはここで終わりです。
帰りは、というので、ゆっくりと途中の景色も楽しみたいと思い、歩いて戻るから要らない、というと20元でいいとのこと。最初の45元は、滝見物を待って元の場所に戻ってきて、ということだったのでしょう。
コンクリートの橋を進むと瀑布はあっけなく突然現れました。
一般的に滝というのはそういう現れ方をします。前触れ・前奏がなく突然に・・・です。
もう説明、解説することは何もありません。とにかく、圧巻です。
高さこそありませんが、『大黄河』が目の前で猛り狂っているのです。
《朱鎔基》さんが2002年3月31日の訪問時に、
『龍洞観瀑布景色就是好』
とのべたという『龍洞』という施設がありました。
そこへ入ると滝の流れ落ちる所へ行けるようです。
別に入場料が必要でしたが気になりませんでした。21元(また半端です)
お金を支払って螺旋階段を下りました。

本当に目の前に黄河の水が迫ってきます。水しぶきを浴びるのも厭わずじっと見惚れていました。

ぐしゃぐしゃ、びしょびしょになりながらカメラを向けいている赤いアノラックの女性。

j上流側へ50m程行くだけでかなり様相を呈します。

日本人を連れている中年の男性ガイドが落ちる水を背景にメンバーの写真を撮っていました。

そのメンバーの熟年の夫婦連れですが、旦那が奥さんを撮ろうとしているのですがシャッターが降りないようです。見ると高級な一眼デジカメです。どうやら黄河の霧になった水しぶきでカメラが不機嫌になったようです。私はバカチョンのコンデジですから気遣いを特にしていなくても順調に記録されていました。

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男性ガイドと少し話しをする機会がありました。彼は日本人5人を案内中といいました。

彼によると、ここ暫くは本格的な雨が降っていないので水量が少ないけれども、多い時は水飛沫が舞い上がり、白いものが真っ黄色になるとのこと。私は白のコットンパンツでしたが、それでもかなり黄色くなっているのが判り、翌日には洗濯した程でした。

乗馬のお遊びですが、私がいる間は
誰も乗ってはいませんでした。

ひと通り堪能して12時頃に戻ることにしました。
来る時は滝に出会いたいという思いで素通りした土産物屋を帰りはゆっくりと見始めましたが、どの店も同じような、私にとっては興味のないものばかりでした。
ここの黄河は山西省と陜西省の省境になっていて、陜西省側からも多くの観光客が滝を覗き込んでいました。

黄河はここで一旦狭まり、下流へと流れていくのです。
戻りは決心した通りにぶらぶら歩き始めました。

右手に黄河の流れを見ながら・・・
途中で後ろからトラックの迫ってくる気配がしました。
吉県で見た林檎を満載したしたトラックでした。
途中、2、3度、ミニワゴンが停まって乗っていけ、という仕草をしましたが断って歩き続けました。

あと500m位で門票を買ったゲートかな、と思った時に停まったミニワゴンが、オバサン運転手で、『どこまで行くの?』と。私は『この先からバスで吉県へ』というと、『いまこの人、1人を乗せて吉県へ送って行くんだけど10元でいいよ』というのでお金と時間の両方を計算すると悪いオファーではないので乗ることにしました。

12:45でした。