2010年10月22日(金)

《8.広州への戻り 運城〜広州 

当初は『運城』の他の名所を廻ってその後何処かへ抜けよう、そして既に買ってある航空券で26日に『西安』からの南方航空便で広州へ戻ることを考えていました。

でも持参のネットブックが壊れてしまって、手持ちのUSBメモリーに保存してある今回の旅行用のデータが読めません。

朝、昨夜の小さな出来事はきれいに忘れて早く起き出して色々考えました。

ホテルの部屋のPCで調べると、日に2本ですが運城から広州へのフライトがあります。
空席が多いらしく、安いチケットも未だの残っています。

そして、出した結論は、もう運城から飛行機で広州へ帰ろう、というものでした。

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7時頃にホテルをチェックアウトしました。残念ながらフロントには昨夜の女性の姿はなくオッサンがひとりでした。

ホテルの前からタクシーをつかまえて空港へ。
20元というので了解しました。
意外に近く、15分程で着きました。
広州行きの飛行機は11:00発です。
まだ空港のカウンターはオープンしていませんでした。

なぜそんなに早く空港へ向かったかというと、安い航空券を空港でゲットしようという思いからで、もし空港の窓口では正規の運賃のチケットしかないのであれば、空港の周辺には航空券を扱う代理店がある筈で、そこへ行こうと考えていたからです。
『運城』の空港には日本がかなり関与しています。
終戦の末期、日本軍は現在の山西省も陥落させ、運城の小さな飛行場を更に内部の爆撃基地としました。
そして、重慶の空爆の拠点としたのでした。
その昔の面影は残っていませんが、運城の空港をカメラに収めました。
そうこうしている内に、07:50頃に空港で働く多くの人々が集合を始めました。
ひとりがその集まっている者に対して何かする様子です。
朝礼かな、と思っていると音楽が鳴り出しました。
何と、全員で《ラジオ体操》が始まりました。
こんな田舎の小さな空港でもかなりの人間が働いているのですね。
休日の人や、昼からのシフトの人もいるでしょうから、多分実際の総人員はこの2〜3倍になるのでしょう。
体操が終わり08:00に窓口業務が開始されました。

割引のチケットはここで買えました。1000+90(諸チャージ)=1090元でした。
多分、手持ちの西安からのチケットは全額でないにせよ払い戻しが可能でしょう。
後はすることはなくなり、搭乗迄手持ち無沙汰な時間を過ごして広州へ戻りました。飛行機は定刻でした。
2時間を超えるフライトでしたから、まともな機内食がエコノミーでも出されました。
空港バスで今回の旅の起点であった民航售票処(広州火車站横)までバスで行き、先ず搭乗しなかった26日の〈西安→広州〉のチケットの払い戻しを受けてから広州火車站に行きました。
チケットの払い戻し等々していたので、広州站に着いたのは15:00を少し過ぎていました。
広州空港へ到着したのは、13:25で定刻でした。
色々あって後半の旅を実質殆どキャンセルしましたが、磧口と黄河の壷口瀑布中心の旅を無事に終えました。

何より素晴らしかったのは、『黄土高原』の素晴らしさでした。

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