《元陽》のホテルで入手したパンフレット雲南省紅河哈尼族彝族自治州旅游局
発行の《游紅河》はなかなかいいものです。特に各地区毎に纏めてあり、その
地区の概略紹介と《景区景点推荐》があり、見易くなっています。
更に英語併記というのが有難い

13地区(2市+11県)  (紹介済み)このサイト内で記事として添付済み
箇旧市            開遠市
蒙自県            建水県
金平県            屏辺県
緑春県            弥勒県
瀘西県
石屏県 (紹介済み)
河口県 (紹介済み)
元陽県 (紹介済み)
紅河県 (紹介済み)

20日(月)に既に前売りの安値で購入してある昆明空港からの飛行機に乗ること
を考慮に入れてこれを読みながら(眺めながら)次の行先を考えました。

候補は《箇旧》《蒙自》《瀘西》でした。

蒙自は実質旅の初日に宿泊だけしています。【過橋米線】の発祥の地らしいので
すが泊まった限りではそれをPRしている形跡が見当たりませんでした。それを探
求するというのもありますが空振りに終わることも考えられます。また、町自体に
面白味を感じなかったのでパス。

次は箇旧瀘西です。両方とも面白そうでしたがネット情報では昨年のどなたか
のブログで箇旧で外国人の宿泊が容易でなく4・5軒で断られて苦労したとの書
き込みがありました。結局、瀘西へ行くことに傾いていました。

2010年12月17日(金)

《5.河口から弥勒経由瀘西へ 河口〜弥勒〜瀘西 

目覚めたのは4時半頃と思っていました。河口のホテル《吉慶大酒店》はバス站の前でしたから、これならゆっくり支度をして6時のバスで
《瀘西》と思って行動に移ったのですが暫くして改めて時計を見ると5時半をかなり過ぎていました。1時間間違えていたのでした。
とても6時の瀘西行きのバスには間に合いません。

それでも時刻表にないバスがあるかも知れないと6時半過ぎに早々にホテルをチェックアウトしてバス站へ行き瀘西行きを訊ねると出てし
まってもうないとのこと。一応地図を頭に入れていたので《弥勒》行きの切符を買い求めました。07:35発です。これで弥勒まで行き、多分
あるであろうと思われる瀘西へ行くバスに乗り継げば行けるでしょう。

運賃は80元ですが保険料が別途4元(何故か高い)で総額84元。

バスの発車時刻も昨日中にチェックをしておきました。箇旧行きのバスは
結構あるのに対して瀘西行きは早朝の6時発のみです。

バス站内の照明が最悪で自然
光も入らず10枚程設定を変え
て撮りましたが右がやっとです。
とても拡大できません。

と、言いつつ、瀘西と弥勒は必
要ですから掲げておきます。

まだバスの発車時刻まで余裕があります。
12月22日が今年、2010年の冬至です。
中国でも西の方に来ていますから7時を過
ぎないと明るくなってきませんので、まだ外
は真っ暗です。
ベトナムとの国境は開いているのかなと思っ
て思い歩いていくと閉まっていました。

これは06:50頃の国境です。
かすかに『中国河口』という文字
があるのですが見えますか?

7時を過ぎると空が白くなってきました。
《弥勒行き 07:35》という行き先札を掲げたバスがありました。

07:05撮影

07:16撮影

07:26撮影

バスは定刻の07:35に発車しました。
河口に来るときに気が付いたのですが、河口・蒙自間は高速道路が完成していて蒙自からずっとかなりの下りの道でした。
この高速道路は2009年8月に河口・蒙自間が全線開通したということですからまだ新しい。

こういう記事に出会ったことがあります。

  2009年10月に雲南省紅河ハニ族イ族
  自治州の蒙自県で長さ2567.8mにもな
  る米線(ビーフン)が完成し中国一長い米線
  ビーフンとして正式にギネス認定された。
  因みに長さ長さは蒙自県の海抜と同じとの
  こと。

雲南省の最も低いところは河口で海抜76.4m
とのことですから河口へ来る時はずっと下りで、
逆に蒙自へはずっと登りになるのは当然ですね。

《石屏》《箇旧》《開遠》へは直進

箇旧24km、開遠28km、石屏96km

《開遠》の市内を通過中です。

左:《開遠》の市街地
直進:《弥勒》《昆明》
右:《文山》

蒙自から先は一般道で《弥勒汽車客運東站》着は13:10でした。

車掌のオネエサンに降りる時に《瀘西》へ行く旨を告げ
ると站内の切符売り場まで先導してくれました。


(後で判ったのですが、河口で小さな荷物の託送を引
受けていて、その小さな荷物が乗換えた瀘西行きの
バスにも積み込まれていました。
そういえばオネエサンは私を先導した時に手にその荷
物を持っていました。
必ずしも私に親切だったのだけではなくて荷物の引継
ぎ業務が主だったのです)


バスの切符は13元

バスに乗り込み発車を待っていると車内にどんどん大きな荷物が積み込まれます。最後には修理用部品と思われる小型車のフロントガラスさえも。
ともかく乗り継ぎバスは13:25頃に弥勒東站を発車しました。

途中でオネエサンが降りました。すると大きな袋を引きずり出しています。それだけではありません。別の荷物も・・・
迎えも来ていませんからどうやら1人で目的の場所まで全部を徒歩で運んで行くのでしょう。カートがあってもたいしたものです。

この左のオネエサンです。

このバスは14:40頃に《瀘西》に着きました。

早速、発車時刻表、運賃表、路線図のチェックです。この『瀘西站』は全てが完璧に揃っていました。
(これらは必要に応じて拡大してご覧頂きます。)

着いたバス站は新しい新站のようなので付近によさそうなホテルがありません。
市街地と思われる方向へ歩いて行きました。商店も増えてきて中心部に来ましたが見渡しても小さな旧式の宿泊施設しか見えません。

そこで道行く若者を捉まえて『新しい大きなホテルはないか』と訊いてみました。
3・4人がお互いに何やら話しています。そして何とかがいいということになったみたいですが私が紙に書いて欲しいというと困っています。
『福何とか』らしいのですが、『何とか』の字を書けないのです。『何処か?』というと『あっちの方向』と指で示します。私は『何でどう行けば
よいのか』というと『タクシー』とのことで勝手にタクシーを停めて運転手に指示しました。皆さん親切なのですね。

タクシーは比較的に新しく開発されたと思える地区へ進んで行きました。10分足らずである程度立派なホテルへ着きました。《福鼎大酒店》
でした。彼らは《鼎》という文字を書けなかったのですね。確かにこの文字は書き辛い。

早速にホテル探しです。

立派過ぎて困りましたがロビーからレセプションに進み価格を訊いてみると160元との
こと。私のスタンダードからすると高めですがたまにはいいだろうとチェックインすること
にしました。

時間は午後3時半前ですが部屋で寛いで明日
の計画を練ることにしました。

宿泊手続きを取ってキーを受け取ると朝食券も付いていました。
部屋へ入ってみるとたいしたものです。バスタブこそ有りませんがシャワーブースも独立しています。
四ツ星クラスと比較しても遜色ありません。たまには贅沢もいいだろうと大満足です。

朝食も昼食も摂っていなかったので4時半頃に食事の場所を探しに外へ出ました。
新開発区で古い雑然とした面白さはありませんがすぐ近くにレストランが2・3軒あ
りました。
その内のひとつに入りましたが時間的にお客は居ません。
食事はできるかと訊くと大丈夫というので席に着きました。

勘定を頼むと、ビールと併せて10元でした。

メニューを貰って見ても判りません。取り敢えずビールを頼んで飲みながら検討してもひとりで食べきれるものは見つかりません。
結局、最も安全な《チャーハン》にしました。
すると、鶏か牛か豚かというので豚肉チャーハンにしました。

豚肉といっても豚ミンチでした。

味はシンプルで問題はありませんでした。

車のフロントグラスとその上の託送品の小箱

パンフレット【紅河哈尼(ハニ)族彝(イ)族自治州】の《瀘西》です。

右の名所紹介の部分の拡大版です。

更に、『城子古村』の再拡大版です。

大きな(小さな?間違いを発見しました。

『城子古村』のパンフレット中の村の所在地です。
私は中国語に堪能ではありませんが、多少の簡体字ピンインはわかります。

=《瀘》の簡体字

=《寧》の簡体字

《永寧》で、ピンインは<Yong Ning>

ところが、パンフレットの英訳の部分に、

とあるのを見つけました。

最初は文字が小さいので《永》と思ったのは《水(Shui)》であったのかと思いました。
しかし明るいところで拡大鏡を使って見てみると間違いなく《永=Yong》です。
ですから、英語のアドレスは<The YongNing county of Luxi>となるべきです。

想像を膨らませました。中国人であれば、《永》《水》を間違えることはまずあり得ません。
ということは、パンフレットのこの部分を英訳したのは中国人ではなく、英語を使う《非漢字圏》の人物であろうと。

まさにシャーロックホームズの世界ですね。

私は実際にこの《城子古村》へ行くつもりをしていましたから、英語のパートだけに頼っていると大きな間違いを
しでかす所でした。

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