2010年12月18日(土) 

《6.瀘西・城子古村 その後弥勒へ 瀘西~永寧~瀘西~弥勒 

《瀘西》のパンフレットの見所
紹介の内、強い関心を抱い
たのが『城子古村』でした。

他にもリゾート村や鍾乳洞が
記載されていましたが、雲南
まで来てリゾート村でのない
し、中国の鍾乳洞は照明がど
ぎつく全てが人工的で落ち着
きがありません。その上、既
に多くの鍾乳洞へは行った
経験があり、これもパス。

従い、必然的に『城子古村』
になるのですが、《活化石》
《土掌房》いう文言に大い
に興味が湧きました。

《城子古村紹介文》=再掲

泊まった《福鼎台酒店》はそこそこのホテルでした。
1泊160元は朝食付きでした。朝食のサービスは07:30からという
ので07:40頃に指定されたレストランへ行くと従業員が2人、手持ち
無沙汰にしていました。客は1人も居ません。

通常ある朝食バイキングの用意がなされていません。お好みの『米線』
を勝手注文して下さいとのことです。

これには最も困ります。

結局、肉と野菜の辛くない米線を苦労して注文しました。大体が思い通
りだったのでおいしくいただきました。

しかし、ホテルの朝食はバイキングにして貰いたいものです。宿泊客が
少ないので不可能だったのかも知れません。

それに加えて梯田(棚田)を既に《元陽》と《紅河》の2ヶ所廻って成果としても十分に満足しているので、仮に『城子古村』の《土掌房》
空振りに終わっても後悔はしないという思いもありました。

更には、日本語で《瀘西》や《城子》や《土掌房》で検索をかけても出てきません。旅行社の記事が中心でした。ということは、日本人が余り
入っていないということになります。では、パイオニアになるのも面白いと考えました。

昨日、食事後にホテルの部屋に戻って何気なくライティングデスクをチェックすると部屋備品として厚くはないですが城子の写真集がありま
した。パラパラと頁をめくったところ、とてもよいものなのでフロントへ行き購入したいというともう無いとの返事。では何処へ行けば買えるの
かと訊くともう廃版になっていて何処へ行っても入手できないというつれない答えでした。では部屋備品で『非贈品』というラベルの貼ってあ
るその現物を売ってくれと掛け合いましたがそれも駄目で結局入手できませんでした。

ともかく、明日は《城子》へ行こうと決めたのでした。

公共バスでどのように行けばよいか、と訊いてみましたが、それは無い、タクシーでという。値段は?と重ねて訊くと、約60元程度とのこと。

部屋に戻ってデジカメで撮ったバス站内の情報を検討して、行けなくもないな、という結論に達しました。お金の額の問題ではないのです。

泊まった《福鼎台酒店》は瀘西随一の観光地
である『阿廬古洞』の入り口に近い所に位置し
ていました。『阿廬古洞』観光の旅客をあてこ
んで建てられたのでしょう。

取り敢えずバスターミナルを目指そうと思い、
ホテルを8時過ぎにチェックアウトしました。ホ
テルの前の道を大型の公共バスが頻繁に通
っているのを昨日から何度も目にしています。

少し待っていると市内中心部方面行きのバス
が来ました。迷わずに乗車。1元でした。

下の地図を参考にすると、バスは福鼎大酒店から下の方へ進み《武装部》から
《検察院》を経て《農行転盤(意味不明?ロータリーか)》を左方向へ進みました。
私の目的地は《客運站》ですから右方向へ行って貰わねばなりません。直ぐに
バスを降りて反対方向のバスに《客運站》へ行くかどうかを慎重に見極めて乗り
込みました。

一寸手間取りましたが08:50にバス站に到着。

目指す《城子》は《永寧》
にあります。
そして路線図に載ってい
ます。

でも、バスの発車時刻表
にはありません。

しかし、里程と運賃の表
の右端に各郷鎮という
欄があり、そこの下から
4番目に《永寧》
が書か
れています。

窓口で切符を買おうとす
ると、一寸事情は判りま
せんが、直接バスで支
払うように言われ、バス
溜まりに行くように指示
されました。

言われるままに改札を抜けてバス乗り場に入ると奥の方にミニワゴンが多くありました。(通常、バスの切符を持っていないと中へは入れません
が《永寧》というと通してくれました)
多くのミニワゴンの中から『瀘西-永寧』というプレートを掲げた車を見つけて乗り込みました。(09:00頃)

ミニワゴンバスはミニです。最前列が運転席と隣に1人、中央が補助席を入れて3人、後部が3人、計乗客7人+運転手です。

ミニワゴンバスは満席発車です。乗客が揃ったところで運転手が集金。言われるままに《7元》払いました。

一応舗装はされているのですがかなり強く上下にバウンドしました。とても写真は撮れる状況ではありませんでした。

09:40《永寧》に到着。比較的新しいバス站です。多くのミニバスがありました。来る時も『瀘西-永寧』
というプレートを掲げた車に何台も出合いましたから15分に1本程度は出ているでしょう。

『城子』へ行くんだけどバスは?と訊ねると鎮の中心部の方向を一様に指しました。

《鎮》の道は1本道です。永寧客運站は取っ掛かりにありました。中心部方向へ200m足らず進むと屋台の果物売り場の先に看板がありました。
『城子古村』は直進3kmとのこと。また右手には来た時とは違うミニワゴンが数台停まっていました。

永寧迄乗って来たミニワゴンバスは青色に統一されていて『城郷客運』と書かれていましたが、ここにたむろしている
ミニワゴンには何も書かれていません。どうやらで『城郷客運』は公認のバスで、ここのは非公認の永寧から先へ行く
乗り合い
なのでしょう。だから正規の《永寧客運站》の前の駐車場へ入れないのだと想像しました。

運転手に『城子へ行くんだけど』と言いましたが首をふるばかり。ようやく1台が『30元』と言うのを値切って20元で行く
ことに。
看板に3kmと書かれていましたがその程度走ると城子への看板が現れ、右折して300m程で村の入り口に到着。
10:05でした。ミニワゴンバスが24kmで7元、城子へ3kmで20元、納得しかねます。

降ろされたのは大きな看板のある駐車場でした。

ここまでが長いイントロでした。いよいよ『城子古村』の探検です。

事務所がありました。
何か資料でも、と思って中へ入ったのですが、
誰も居ませんでした。また、資料らしき物もあり
ませんでした。だったら立派な看板を掛けるな!

中国語ですが『簡介』は役に立ちそうです。

《城子》の集落への実質的入り口です。

先ずは左手に見えている畑(田んぼ)へ下りて集落の全貌をカメラに収めました。

こんな細い畦道です。何度も足を踏み外しました。水の入っている田んぼであれば靴も靴下もズボンも
泥まみれになっていた筈です。でも今は畑になっていたので大丈夫でした。

何とも奇妙な家々です。平らな屋根、そしてその上に大きな俵状の物体が載っています。何でしょうか?

集落の内部へと進入していきました。集落は小高い丘に在るので石を敷き詰めた細い道です。

多分、何百年も踏み続けられたのでしょう。
磨り減って丸みを帯びています。

日干し煉瓦の壁とトウモロコシ。左の干し方が面白い。

更に登って行くと平らな屋根(ベランダ?)が目
の高さと同じになりました。

俵状に見えた物は細割の竹の細工で、中身は
トウモロコシでした。

後ろを振り返ると反対側の集落が目に入りました。(携帯電話か何かの銀色の鉄塔が目障りですが・・・)

馬も小さな峠でひと休み、私もひと休みです。

小さな峠を越えずに右手に進むとトウモロコシが鈴なり状に干してある民家(農家)がありました。家の前ではバアサンが食事中。

バアサンが母屋に向かって右手にある離れになっている自分たち2人の住居(小屋)に招き入れてくれました。

想像するに、母屋を息子夫婦に譲り渡し、老夫婦は離れで暮らしているのでしょう。炊事も食事もここで済ますようです。

次に母屋に案内されました。正面に神棚(?)と、その右手にテレビが。そして、右の壁の上には
老夫婦の若い時と思しき写真が掛かっていました。訊くと恥ずかしそうに自分達だとの答えでした。

爺さんが二階へ行こうというのでついていきました。非常階段のような急な階段です。
階上は農具置き場と収穫した穀物の保管に利用されていました。米とトウモロコシがありました。

私が余りにも熱心に観察しているので気を利かせたのか、次はこの地の住居の最大の特色であるテラスを案内してくれました。
(私のことが民家研究の学者に見えたのかも知れません。それならそれで本望です。)

《煙突》です

竹製のすのこの間から顔を覗かすトウモロコシ

そして、いよいよお邪魔したお宅にサヨナラしました。ご迷惑をお掛けしました。

手前の離れと奥の母屋がよく判ります。

続いては先程のお宅の筋向かいの家です。世話になったオジサンが段取りをつけてくれました。ベランダが道路面と同じ高さで、板を渡す
ことで簡単に飛び移ることが出来ます。(あるじのオジサンの手にある《板》です。尤も、跳んで乗り移りも可能ですが、失敗が恥ずかしいの
で《板》を渡して貰いました。

収穫した後、乾燥させたものを木切れでたたいてサヤから分離してマメを取り出します。
この種類のマメは日本でも見掛けた記憶があります。

ベランダから母屋との間の中庭(土間)を上から見下ろして
います。中庭が家庭内の水仕事の場所になっているのが
よく判ります。

中国語でも大体検討がつきますが、要点は、
  土掌房とは、彝族の伝統的建築技法で、日干し煉瓦で壁を積み上げ、梁上に板或いは竹を敷いて土
  を載せ、それを固め、これを繰り返して雨を漏らさないバルコニー(ベランダ)にした家の建築法です。
程度でしょう。

『百聞は一見にしかず』で、断面の写真をご覧下さい。

さて、この地の住居が《土掌房》と呼ばれているのは城子古村の駐車場の看板で知りました。
また、案内パンフレットのも《土掌房》が出ています。では、《土掌房》の意味は?

マメのベランダの道路脇がビューポイント
になっていました。ここからの景観をお楽
しみ下さい。

さて、ここ迄は上ってきた道の右側を見てきました。次に左側も少し見てみましょう。

この馬が休憩していた小さな峠を先程は右に入っていきました。
今度は左に少し下がってから反対方向の奥に入っていきます。

来る時は気が付かなかったのですが、下りの取っ掛かりに『游客須知』という告知板がありました。

小さな男の子がベランダ(テラス)の上で勉強をしていました。小学校の1年生か2年生ぐらいでしょうか。

かなり広いテラスに出ました。

竹製の俵を取り崩して再度の乾燥のようです。

下の住居からの煙突が所々から突き出ています。煤は現役の証しです。

ここで出合った老夫婦。少し話しをしました。爺さんは84歳とのこと。

土掌房
土掌部屋彝族土掌房(又称土库房)为彝族先民的传统民居,距今已有500多年的
历史,层层叠落,相互连通,远远看去甚是壮观,后期彝汉混居,融合了部分汉族民居
的特点,逐步形成具有鲜明地方特色的民居建筑,堪称民居建筑文化与建造技
术发展史上的”活化石”。以石为墙基,用土坯砌墙或用土筑墙,墙上架梁,梁
上铺木板、木条或竹子,上面再铺一层土,经洒水抿捶,形成平台房顶,不漏雨
水。房顶又是晒场。有的大梁架在木柱上,担上垫木,铺茅草或稻草,草上覆
盖稀泥,再放细土捶实而成。多为平房,部分为二屋或三层

遠望の写真にあるこのテラスです。
数戸の階上のベランダが繋がって大きなテラスを形成しています。2人の人物は直ぐ上の老夫婦です。
煙突も、拡げて乾燥しているトウモロコシも写っています。

テラスから下りてくると途中に多分共同であろうと思われるトイレを見つけました。

女用

男用

この地の年寄りは昔ながらの《水パイプ》を使って《きざみ煙草》を嗜んでいます。

最初に訪問したお宅のジイサンが見せてくれました。マッチの火を《火縄》に着けてから詰めた煙草に着火します。

道端で作業していたオジサンも同じですが、矢張り竹製がいいですね。

集落から下りてきました。
集落の入り口が10:05で元の駐車場に戻ってきたのが11:50ですから、約2時間弱の《城子古村》の訪問でした。

元の通りへ戻ろうと歩き始めると直ぐに小学校があるのに気が付きました。

城子小学校です。

少しだけ中を覗いてみました。

校訓でしょう。 《自尊》 《自愛》 《自強》 《自律》 《自信》

小学校の先の川が洗濯場になっていました。
そういえば集落の中にはこういう場所がありませんでした。

《城子》への行きはチャーターのミニワゴンで20元でした。帰りですが、時間が未だ早いので最悪3kmの道を歩いて《永寧》に戻ろうと歩き始めて
数分もすると後方から非公認であろうミニワゴンが近付いてきました。空席があるようなので停めて乗り込みました。
永寧まで5分位で3元でした。(矢張り非公認のミニワゴンの乗り合いはあるのでした。)

《永寧》へ着くとそこには人だかりが・・・

掛け合い漫才のようなものでしょう。

更に別の人だかりもありました。ダンス等のパーフォマンスでしょう。

何の祭りだろうとかと考えながら《永寧客運站》の方へ歩いて行くとこのようなもの
がありました。
習慣の違いは判りませんが諸パーフォマンスは、《葬式》だった可能性が大です。

《永宁(寧)客运(運)站》から公認の《城客运》(城郷客運)で《西》(瀘西)へ戻りました。
12:30頃の発車で到着が13:00頃でした。7元。

可愛い元気そうな男の子も一緒でした。

これにて《城子古村》の探訪が無事に終わりました。
村民の皆さんはとても温かく、すっかり気に入りました。大成功!

《瀘西》から《弥勒》へ、そして宿泊

多分、日本では殆ど紹介されていないであろう瀘西の《城子古村》を探検して探ってバスターミナルに戻ってきました。後はいよいよ帰る行程
に入ります。もう瀘西で行きたい所もないし、後は19日に昆明に出て翌20日に広州に戻るだけになりました。

《城子》から《瀘西》のバス站に戻ってきたのは丁度午後1時でした。瀘西でもう一泊して昆明へ行くか、それとも素通りした《弥勒》で泊まるか、
或いはひと思いに昆明へ行って昆明で2泊するか三者択一に直面しました。

でも、直ぐに出した結論は初めての《弥勒》へ行こうというものでした。
『弥勒菩薩』という有名な仏像と関係があるかも知れないという思いがありました。(結局判らずじまいでした)

辺りを暫くぶらついた後に《弥勒》へのバスの切符を買おうとして窓口
へ行くと、横からオバサンが何処へ行くの?と訊きます。
係わり合いになって変なことに巻き込まれても困るので無視している
としつこく問いかけてきます。
仕方なく、『弥勒!』というと『こっちだ、こっちだ』というので付いて行く
と《開遠》行きのバスでした。
これも弥勒へ行くからと言われて行き先を見ると【弥勒・開遠】と書い
てあります。
納得しているとバスに押し込まれました。(ですから写真はありません)
オバサンと思ったのはバスの車掌でした。

バスの車内には、
  早上8:10発往瀘西
  下午1:25返回開遠
と書いてありました。このオバサンはこのバスの車掌で1人でも多くの乗客を確保しようと必死だったのでしょう。

バスは少し遅れて13:30に瀘西バス站を発車。でもおかしいことに発車間際に乗客であった1人の女の子を連れて
オバサン車掌は下車してしまいました。バスは問題がなかったのかのようにバス站のゲートを潜りました。そこでは
諸チェックが行われます。

通りへ出るとそこにはオバサン車掌とさっきの女の子が居ました。この二人を乗せてバスは再出発です。
暫く走るとまたまたオバサン車掌は女の子に座席と座席の間に小さくなって隠れるよう指示すると共に自分自身も
二人掛けの座席の間に割り込み小さくなって隠れてしまいました。少し進むと公安(=警察)のチェックポイントです。
ようやく私にも判ってきました。積載人員のチェックでしょう。定員を超えて乗せているから1つ目はバス站のチェック、
2つ目は公安のチェック、それを誤魔化す為に最初は二人でバスを降り、次は二人とも身を隠したのでしょう。
当然ながら公安のチェックポイントを無事に通過すると二人とも姿を現しました。

1時間程度でバスは《弥勒》の町に入ったようです。でも少し様子が
違います。
瀘西に来るときも河口→蒙自→開遠→弥勒と来たのですが《弥勒》
の行き先札の端に小さく《東站》と書いてあった記憶があります。
そして弥勒へ着いて車掌に導かれてターミナル内の切符発売窓口で
《瀘西》への切符を買って発車間際だったので慌しく瀘西行きのバス
に乗り込んだ昨日の記憶が蘇ってきたのですが町の雰囲気が全く
違います。思ったのは、昨日はバイパス経由で《東站》へ着いたのだ、
そしてこのバスは東站へは寄らずに市街へ直接に入ったのだ、という
ことです。

色んな箇所で乗客が気ままに降ります。
私は思いつきで車掌に、『町の中心部で降ろして欲しい』と言いました。
ものの5分も経たないうちに、『降りて!』といわれました。
大きな交叉点です。きょろきょろするとホテルらしきものが幾つか見え
ます。

早速バスを降りた交叉点のコーナーにあった『金龍賓館』へ飛び込むと
ネットが接続して120元とか130元というので、こんな田舎町で100元
を超えるお金を支払う必要はないと思って別を当たることにしました。

金龍賓館の筋向いにホテルが数軒固まっているのを発見。
3軒ほどはネットがないというのでパスして次に『麗都賓館』に入るとネットが大丈夫という
のでそこに決めました。50元です。
でも決定の段階で『エアコンは?無しが50元、付きは70元』といわれ、当然エアコン付きの
70元にしました。ここ数日は気温が低下しているので暖房があったほうがあり難いし、何よ
りも我々日本人にすれば約650円か約900円程度の差です。

保証金として200元を支払い部屋へ向かうとレセプションのオネエサンが部屋
まで案内してくれます。それはいいとしても部屋へ着くと出て行きません。
結構魅力的なオネエサンだけに付帯サービスでもあるのかと訝っていると、
PCをセットしてネットに接続しろと言います。
早速その作業に入りましたがネットに接続できません。彼女がネットへの接続
を初めからやるようにというのでスタートから【ネットへの接続】を選択して作業
を進めるとユーザー名はXX、パスワードはXXと適宜指示をしてくれます。
そして取り敢えずYahooに接続すると出てきました。彼女も一緒に喜んでくれ
ました。
なかなか大したものです。私のPCの表示言語が日本語にも拘わらず指示でき
るわけですから。
すっかり『麗都賓館』が気に入りました。

暫くしてレセプションへ降りて行くと丁度若い男が若い女の娘を連れてチェックインしている最中でした。
彼は手ぶら、彼女の方はロビーの隅で他所の方を見ています。二人に会話はありません。彼は50元位を
支払って鍵を受け取りロビーに居た娘を促して部屋へと上がって行きました。
いかにも初対面風だったのでピンときたのは、男が女の子を引っ掛けて、或いは女の子の誘いに彼が応じ
てしけ込んだのに違いないと。

中国人のこういう場面に遭遇したのは初めてでした。

私が周辺の店の様子を見て
10分後位に戻ってくると丁度彼が下りてきました。そしてもうチェックアウトです。
女の子は既に居ませんでした。彼は幾らかのお釣りを受け取って去って行きました。午後4時頃のことでした。

さて夕食です。瀘西の《城子古村》へいったので昼を食べて
いませんでした。
若い彼が【仕事】をしている間の探検で面白そうな店を見つ
けていました。通りを渡った所に『羊肉館』という看板がある
のをチェックしておきました。思い以上に安いホテルに泊まれ
たのできょうは贅沢しようと決めていました。
かなり時間は早かったのですが、午後5時頃に店に顔を出し
ました。

ところが従業員がまかないの食事中です。
私がキョロキョロしていると1人の従業員が気が付いて
何か用事?といいます。
私は、もう入ってもいいのかと訊くとOKというので中へ
入りました。
皆さんは慌しく食事を済ませて片付けをして、さあ何を?
です。
そういわれても困ります。私は単に『羊肉を食べたい』、
言える言葉はそれだけでです。
店の者数人が私の周りに寄ってきました。



途中のもどかしいやり取りを割愛して、結果は羊肉半斤
(約250g)に青い野菜を無事に注文して食べることがで
きました。

今夜の食材です。

どんなものが出てくるか全く検討が付きません。
ビールを注文して飲みながら待っていると白く濁ったスープに薄くスライスしたであろう羊肉が入った鍋が持ってこられました。

後はご覧の通りです。

この野菜(名は知りませんが)の芯の部分もおいしいそうです。

結構なお味でした! 皆さん、お世話になりました。有り難うございました。

料金は羊肉40元、野菜5元、5元のビール2本で10元、それに意味不明の1元
(薬味と言ったのかな?)を加えて56元(約700円)でした。

本日の自薦ベストショットです。《城子》のテラスで勉強をする小学生。

《参考1:弥勒の市街地図》

《参考2:パンフレットの弥勒概要》

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