《5.石塀~通海(泊)~昆明 

2011年1月13日(木)/1月14日(金)

6.昆明市内と雲南
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朝、建水を発って石屏へ、そこから《鄭営古村》へ行き、石屏
汽車客運站へ戻ってきたのが13:20でした。
さて、これからどうするかです。
時間はまだ十分にある、しかし、12月に泊まったホテルも判
っているけど同じホテルには泊まりたくない。

1月10日に昆明から金平へ行った時のバスは、
昆明=玉渓=通海=建水=蒙自=蛮耗=金平
とのルートを辿った。

結局は昆明に戻らなければならないのだから、よしっ
『通海』だ!


石屏汽車客運站の時刻表を眺めると『通海』行きは結構あり
ます。丁度いま13:20が出たばかりだけど次は14:00が
ある。ひと思いに切符を買いました。

この建物は石屏汽車客運站です。

鄭営からの戻りに見つけた近郊へのバスの発着所。


石屏の街を抜けると山の中へと入って行きました。
結構険しい山です。曲がりくねった道で山をひとつ越えふたつ越えしてバスは
進んで行きました。

16:00頃に途中の『龍朋』という何の変哲もない山間の集落で休憩を取りま
した。
14:00発の通海行きのバスの乗りました。運賃22+保険1=計23元。

バスは、途中まで鄭営へ行った道を進んで、途中からは右の方向へと進路を変えました。
17:00頃に『高大』というところを通過して暫くするとようやく平らになりかなりの規模の町に着きました。そこがつい数日前に昆明から金平へ
行くときに通過した『通海』でした。
町を貫いているであろう大きな一直線の道路を進み17:30に『通海汽車客運站』に到着しました。3時間半かかっています。
《通海》に入ってから面白そうな物はないかな、と目を凝らしていたのですが特段ありませんでした。また、泊まるにしても立派なホテルが
集中しているような所もありませんでした。

バスの中の隣のオッサンが通海出身で戻るところだというのでホテルはあるか?と訊いて「ある」との返事を貰っていたのですが、集中し
ている所はないようです。

バスを降りた乗客の半数程は昆明行きのバスに乗り継いでいきました。

ともかくいきょうは通海に泊まることにして、一緒に降りたオッサンに賓館はどの辺りかと訊ねると、あっちだ、と道を戻る方向を指差します
ので、ひとりで歩き出しました。経
験上、大通りよりも一筋入った通りの方がホテルのある確率が高いので1本脇道に入ると数軒見つかりました。

実は、《通海》にはこのような村があります。

  【河西回族村】

     回族とモンゴル族の村がある通海県の西部・河西地区には回族が
     暮らしている。
     回族村は県内に4ヵ所あり、河西地区に大回村、小回村、下回村の
     3村、四街地区に納古村の1村がある。河西(西城ともいう)の街は
     県城の西15キロのところにあり、そのすぐ北側にあるのが下回村。
     河西から玉渓に向かう幹線道路を2キロほど行くと小回村があり、そ
     の先に大回村がある。回族の男性は白い帽子を被り髭をのばして
     いるので、すぐそれとわかる。回族は敬けんなイスラム教徒。したが
     って、どの村にもモスクがあり、1日5回の礼拝をかかさmない。この
     あたりには羊が少ないので、おもに牛肉を食べている。もちろん、ブ
     タは食べないし、酒もたばこも飲まない。
     また、下回村から北へ行ったところに興蒙というモンゴル族の村が
     ある。彼らは元の世祖・フビライが雲南に大遠征した際にこの地に
     残ったモンゴル兵の末。通海に来てから600年以上たち、周囲の民
     族の影響を強く受けているため、ここに暮らすモンゴル人はモンゴ
     ル高原のモンゴル人とはかなり違った生活習慣をもっていて、一見
     しただけだとイ族に見えてしまうほどだ。遊牧生活を捨てた彼らは、
     農耕と漁労で生活を立てておりモンゴル語も話せない。興蒙は土塀
     が続くのんびりとしたふんいきの村。廟に祭られているチンギス・ハ
     ーン、オゴタイ・ハーン、フビライ・ハーンの塑像が、ここがモンゴル
     族の村であることをようやく気付かせてくれるだろう。


『雲南旅行社』のHPからの取り敢えずは無断引用。(正式に依頼します)
HPは、
http://www.unnantour.com/
で色々な情報があり、役にたちます。

尚、《回族》はイスラム教を信奉し、その教義に従って生活している人々を指します。

2軒目に見付けたこのホテルにしました。理由は『電脳房』と書いてあったからです。これならネットは大丈夫です。
因みに、『宏運』はピンインでは『Hong Yun』になります。(遠⇔远 運⇔运

この《宏運賓館》はちょっと変わっていました。通りに面している看板を入ると何とカーメインテナンス工場でした。そして右奥にホテルの
玄関がありました。宿泊料は格安で、私は部屋を見てから60元=約700円強の《電脳房》にしました。

広い部屋でベッドは2本、PCも備え付けでした。

バス・トイレが広いのに
驚きました。

一般的に、ホテルの掲示してある
タリフは全く意味が無く、フロント
の係員に訊ねて初めて料金が判
ります。実際は掲示タリフの半額
から3分の1です。

この《宏運賓館》は掲示のタリフ
と大きな違いが無く珍しい例
です。

通過した《龍朋》《高大》があり、《通海》
の西に《河西》があります。

本来なら折角通海に来ているのですからこの《河西村》へ行くべき
なのですが、ここ数日はかなり寒くて意気消沈して行く気が萎えて
結局素通りとなってしまいました。暖かくなってから訪問しようと思っ
ています。

食事に外に出ましたが、多くはイスラム料理のレストランでした。そういえば通海の郊外
にはイスラムの村が幾つかあって名所になっているという記事を目にしたことがあります。
(上の『雲南旅行社』のHPの記事は帰国後に見つけました。)

私はイスラムは得手ではありません。また中国でのイスラム料理も避けたい方です。
(単に、食事中にビールを飲みたいから?)

従ってパン屋を見つけてパンを仕入れてビールを買って終わりにしました。

ビール2本8元、パン2元
2011年1月13日(木)
1月14日(金)

そういうことで、《通海》では何処へも行かずに夕食時に少しだけ街をぶらついてパンを買ってホテルの部屋でゆっくりしました。
翌、1月14日は昆明へ戻ることにしている日です。
ホテルの泊まり心地?悪くはなかったものの一度で十分です。
急ぐ必要もないのですが、ホテルの部屋に居ても何もすることがないのでチェックアウトして徒歩で10分足らずの《通海汽車客運站》へ
行きました。

参考までにバスの時刻表を掲げておきます。
かなり大きいので判読はできると思います。

主要な行き先では、
  昆明 145km 38本/日 50元
  玉渓  59km 70本/日 14元 10分毎 
  建水  69km 43本/日 19元 20分毎
  石屏 104km 12本/日 22元 1時間毎
です。 

昆明へのバスは頻発。窓口で切符を買うと、09:11発で40元。上の表よりも安い。

バスは先ず《玉渓》方向に向かう。左右は野菜畑だ。

暫くして左手にかなりの規模の《モスク》が見えてきました。
矢張り、この地は回族が多いからなのでしょう。
(走るバスの車窓越しで不鮮明な写真になっています)

この辺りが《河西》なのでしょう。

さらに暫く走って09:50に見覚えのある食堂・売店の前で休憩。
金平へ行く時にこの茶店で茹でトウモロコシを買ったのを鮮明に覚えています。

その時には気が付かなかったのですが、『雲之南甜白酒庄』という大きな看板が出ています。
バスの乗客の数人が店の中へ入って何やら買い込んで戻ってきました。手に手に小さな酒瓶のような物が入った紙箱を持っています。
多分それが『甜白酒』といわれる物なのでしょう。私も興味を持って、ひとつ買おうかなと考えている内にバスが発車してしまいました。

まあいいや、昆明で買えるだろうとその場はヨシとしたのですが、昆明では見つかりませんでした。

これは隣の店の看板です。
『甜白酒』は《通海》と《玉渓》の《名特産》なのですね。

【甜白酒】を調べました。

   ある方は、
   どちらかというと「もろみ」そのものだ。見た目は、米だ。白酒を作る過程の途中のものを取り出して
   製品にしているのだろう。食べてみるとねっとりと甘い。食べていると、やはりアルコールの関係で
   酔ってくる。どうも聞いていると、これはこのまま食べるようなものではないらしい。
   粥に入れたり、卵や牛乳の中に入れて煮ると栄養があってよいらしい。

   と書いておられます。

   私は今回試食・購入の機会を逸しましたが、上の方の記述からすると、『酒粕』を酒に浸したものを頭
   に思い浮かべました。
   暫く前から日本で《濁り酒》と称して売られている白く濁った日本酒があります。これは濾過する前、或
   いは完全に濾過していない
物でドブロクの類ですね。かなり以前の酒税法の改正で日本酒の《級》分
   けがなくなり、単にアルコールの度数だけを問題にするようになったことから誕生した《濁り酒》だと勝
   手に解釈しています。
   
   最近で『酒粕』も値段が高くなっていますが、昔は安い物で、冬に火鉢の五徳上に金網を乗せて酒粕
   を焼いて砂糖をまぶしておやつに
していた記憶が蘇ってきました。

    五徳=火鉢の中に置き、鉄瓶等を載せる道具。現在では茶道以外では《死語》になっているでしょう。   

通海から昆明は殆どが高速道路です。通海汽車客運站の掲示だと距離が145kmだから3時間は掛からないだろうと思っていたら
その通りで、11:30には初めての《昆明市南部汽車客運站》へ到着しました。

このバスターミナルも《東部》同様に昨年オープンしたばかり
のようで、殆ど完成していますが一部は仮営業です。

この《昆明市南部汽車客運站》からの発車時刻表です。
ご参考にして下さい。

もう既に《東部》な何回か利用しているので『昆明火車站』への《公交》バスでの行き方を会得していますが、《南部》は初めてです。
東部より規模が大きく解りづらいので直通のミニバスを利用することにしました。

これが『昆明火車站』の真ん前にある郊外の新バス站とを直通で結んでいるミニバスの発着点になっています。
ここは以前は長距離バスの発着站でしたが、それが郊外の新站に移転したのです。

C71路は南部とを結んでいます。

C73路は東部です。

そして、たまたまバスが出た後ですがC72は西部です。

一般の公交路線バスは2元ですが、このミニバスは5元です。ところが、ほぼ
ノンストップの直行ですから時間の節約にもなり座っていけることから便利です。

明日は昆明の市内で行きたい所があるので、きょうはゆっくりと休んでデータの整理等をすることにして事前にマークしていたホテルに
チェックインしました。
場所は一等地で火車站前です。站を背にして右手前方直ぐです。『瑞豊賓館』というホテルですが、昔は一流ホテルだったのでしょうが
改装をしていないので古い感じがします。建物の上の階が全てホテルで部屋数の多い大きなホテルです。
今はネット付きで100元で泊まれます。

最上段が站前のホテルです。

ネットは問題なく繋がりました。

夕方になると面倒になり、ホテルの下の商店でパンと
ビール
を買って、それで済ませました。