《2.羅平~楚雄へ、彝人古鎮(羅平~昆明~楚雄) 

2011年2月12日(土)

《羅平》の菜の花は空振りに終わりました。
残念ながら羅平の菜の花は期待倒れに終わってしまいましたから次はどうしても『和順古鎮』行かなければなりません。

次の最終目的地は『和順古鎮』です。《羅平》は昆明の東の果て、《和順古鎮》の最寄りの町、『騰衝』は西の果てです。距離は1000kmを
はるかに超えるでしょう。東の果てから西の果てへ、どう行くかが次の課題です。出した結論は、一旦昆明に戻り、そして西方面へ行くバス
に乗って途中でどこかで1泊して翌日に《騰衝》へ行くというルートを採ることにしました。
そして、途中の『楚雄(Chu Xiong)』で泊まることにしました。従い、きょうの行程は、《羅平》→《昆明》→《楚雄》としました。

きょうはかなりの距離の移動です。従い、ホテルを朝6時過ぎにチェックアウトしました。真っ暗な道を昨日の記憶を頼りに羅平バスターミナル
へと歩きました。

昨日のバスで貰ったバスのカードによれば07:10発です。もっとも昆明からは07:00発と書いてあってその通りの車番で07:40発でした
から余り当てにはしていません。バス站で切符を買おうと窓口へ行くと、07:10発のバスだけれども何故か直接車内で買うようにと言われま
した。
暗い中で07:10の昆明行きのバスを探すとありましたが昨日のバスとは違いました。でも、とも角、早目に昆明へ移動できます。

バスに乗り込む時に運賃の徴収者が居たので100元札を差し出すとお釣りとして54元貰いました。ということは運賃は46元?
来る時は63元だったのに大きく違います。
この運賃の徴収者はバスに乗りませんでした。昆明までの直行バスだったからでしょうか途中の乗客の乗降りがないので必要がないので
しょう。
1時間位走るとバスは何もない所の道路脇に停車しました。何だろうと訝っていると、運転手が私の所へ来て15元出せと言います。
理解できないままに15元を支払うとバスは再発車しました。羅平の運賃の徴収者が私への運賃を間違ったと携帯電話で運転手に連絡を
入れたのでしょう。これで運賃は61元になりました。

バスは来た道を走り、途中同じ所で休憩して10:40に東部バスターミナルに到着しました。
行きは3時間50分だったのに対して、戻りは3時間30分でした。

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3.和順古鎮へ進む
   (クリック)

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きょうの出費は、
  バス 羅平→昆明    61元
  昆明東→西北への移動  10元
  バス 昆明→楚雄    47元(含む、保険3元)
  焼き芋          2元
  タクシー 彝人古鎮へ  10元
  公交での戻り       1元
  ビール          9元(3本)
  ホテル         50元
  ----------------------
  〆て計        190元

《楚雄》を含む西部方面へのバスは『西北部汽車客運站』
の発着との調べをしていたので《西北部バス站》へ移動す
る必要があります。

東部バス站で少しうろうろしていると《西北部》との表示を
掲げた小型のバスが呼び込みをしていましたので確認す
ると間違いがないようなので乗り込みました。
運賃は10元といわれ支払いました。

私は何とか座席にありつけましたが、オバサン車掌は座席
がいっぱいになってもまだ乗客を呼び込んでいます。
そして立つ乗客も含めて超満員になるとやっと発車しまし
た。

この連絡バスは途中に《西部汽車客運站》を経由してから
最終的に《西北部汽車客運站》へ着きました。
昆明市の外側の環状道路をずっと走行して、殆ど停車する
ことなく40分程度かかり、11時40分頃でした。

この《西北部汽車客運站》は完成して間が
ないようで、バスから降ろされた地点から
ターミナルに辿り着くまでにまだ未整備の
瓦礫の広場を5分以上も歩く必要がありま
した。

そしてほぼ12:00の11時59分54秒に12:20発の《楚雄(Chu Xiong)》
行きの切符を入手しました。
何故こんな正確な時間が判るのかというと保険の証券にその記載がある
からです。
余計なことですがご参考までに。

運賃は、44元+保険3元=計47元
西北部バス站は大きなバスターミナルですが何処を探してもタイムテーブルが表示されていませんでした。
ですから楚雄行きがあるのかどうか不安でしたが、発音が判らないので紙に書いて差し出すと直ぐに切符と釣銭が
出て来たので安心はしましたが、行先毎の発車時刻と運賃の一覧が欲しいものです。
バスは小型で一風変わった形をした車体でした。
運転手に所要時間を訊くと3時間とのことでしたが、
実発車は多少遅れて12:35で到着が3時少し前
でしたから2時間25分程度の乗車でした。
昆明から楚雄まではずっと高速道の走行ですから面白ことはありません。
ただ、地図で見ていて『禄豊』という所の付近を走行している時に、『恐竜谷』の傍を通過しました。
キャッチフレーズとして、『北有兵馬俑・南有恐竜谷』との大きな看板が何枚の高速の沿道にあったのが
強く印象に残っています。

正面遠く前方に『恐龍谷』との看板
が見えますか?
(念の為、拡大しました)

正面の横断幕状の看板です。
『北有兵馬俑・南有恐竜谷』はいささか
兵馬俑に失礼かも。

情報によると《禄豊》で恐竜の化石が発見され一躍有名になったとのことで、《恐竜谷》とはそれを利用しての
テーマパークなのでしょう。想像するに園内には小さな化石の実物があって、作り物の実物大の恐竜像があ
るだけでしょうから余り興味は湧きません。
それよりも、高速道を楚雄の出口を出て直ぐに現れた看板の『黒井古鎮74km』には大きく興味をそそられました。

実は《黒井古鎮》を今回の旅先の候補地としてマークしてあったのです。
楚雄(Chu Xiong)のバスターミナルに到着してターミナル内部でここからの
行先や発車時刻表をカメラに収めている時点でおかしいと思いました。
案外行先の数が多くないのです。特に翌日に行こうとしている方面の便が
ないのです。
そして気が付いたのはそこが《楚雄客運北站》だということでした。そうする
とここ以外にバス站がある筈です。
まだ時間は早いので十分にある、後ほど探索することにして、ホテル探しを
始めました。
目に付いた3、4軒を当りましたがどこも一様に138元と言います。仕方なく
脇道へ入って2軒目でやっとネットが使えて安そうなホテルが見つかりまし
た。入ってみると50元というので即決しました。
『亜昌(Ya Chan)賓館』です。
ホテルの部屋へ入り、改めて撮ってきた写真をPCに取り込んでから市内地図を拡大して見るとそれ程遠くない
所に『バス西站』があるのが判りました。それに加えて『彝(Yi)人古鎮』の場所も明記されていました。実は、バスが
市内に入ると《彝(Yi)人古鎮》の方向を示す案内板を数枚見ていて興味を持ったのでした。

ここ楚雄できょうすることは①西站のチェック、②彝(Yi)人古鎮訪問の二つが決まりました。
先ず地図を頭に入れて《バス西站》へ行きました。
歩いて10分足らずで簡単に見つかりました。ホテルは《北站》からそんなに離れていませんから北站と西站は近い距離にあることになります。
着いてみてバスの行先と発車時刻をカメラに収めましたが、昆明から到着した北站よりも重複している行先もあるもののはるかに多いことが
判りました。どちらかというと、西站がメインバスターミナルで北站はサブのような気がしました。

そしてそこで《和順古鎮》に最も近い町『騰衝』へ行くべくバスの行先をチェックしましたがありません。
その手前の『保山』へは11時と12時の2本ありました。367kmで121元です。距離からすると5~6時間掛りそうです。《保山》から《騰衝》へ
も地図で見る限りかなり距離がありますから保山で一泊してから騰衝へ入る方が無難でしょう。
  *実は《騰衝》への便があったのです。これに関しては後述します。

《楚雄客運西站》

《発車時刻・里程・票価表》
 3枚に亘って記載・明示され
 ています。
   何処のバス站もこうであ
   ってもらいたいものです。

下に拡大版がありますので
ご参考にして下さい。

《営業路線図》です。西はミャンマー、南西はラオス、南東がベトナムに接しています。また、四川・貴州・広西は国内です。

時間はまだ4時半です。この地は明けるのも遅い代わりに夕刻は8時近くまで明るさが残ります。ですから活動する時間は十分にあることになり
ますので次の《彝(Yi)人古鎮》へ行くことにしました。

朝から何も食べていなかったのに気が付き、西站前で焼き芋を買いました。2元。

《彝(Yi)人古鎮》は町の中心部からそんなに離れていない所に在るのも頭に入れていましたので、市内の公交バスを探しましたがよく判りません。

それ程の距離でないのが大体見当が付きましたからタクシーを拾って《彝(Yi)人古鎮》というと判った、ということで走ってくれました。10分もせ
ずに到着しました。タクシー代は8元でした。

ともかく彝人古鎮をご覧に入れます。

彝(Yi)族は中国の少数民族のひとつで、人類の祖先に
最も近いとされています。
独自の文化を現在も頑なに護って生活しているとのこと
で、文字もそのひとつです。

ゲートを入るとこのような通りが延びています。

商店の看板の下の文字が彝(Yi)文字です。

彝(Yi)族の民族衣装を扱う店。

レストランです。彝(Yi)族料理が主体。

立派なレストランビルです。

通りには屋台も出ています。

吊されているのは牛肉です。

中間地点らしき所にある広場。この先も左右にレストランや商店が続きます。

そろそろ厭きてきました。食事と買い物以外には何も無さそうです。

綺麗に整備された川ですが、両岸にはレストランが軒を連ねています。

昔の彝族人の集中していた地域を再開発して建物、住居を建て替えて彝人を住まわせたと思われます。
漢族中心の地方政府が中央政府がここ数年来唱える《和諧》というキャッチフレーズに則って少数民族のひとつである彝族人を保護
している、或いは優遇処置を措置を講じているものだと理解しました。

何があるのか、情報が一切無い中で来た彝人古鎮でしたが結論をいうと単なる商店街というのが私の結論です。
人々の日常の生活がない《古鎮》は訪問するに価値がありません。

ご興味のおありの方はここをクリックしてみて下さい。
http://www.yrgz.com/

世界の名所で観光客をがっかりさせる観光名所として、シンガポールのマーライオン、コペンハーゲンの人魚姫の像、ブリュッセルの
小便小僧をを世界三大がっかりとよく挙げられます。
世界的に有名な割には、素朴・簡素で、観光客の過剰な期待を裏切るとされるもので、他の観光名所を替わりに数える場合もあります。

ここ《彝(Yi)人古鎮》は有名ではありませんが【がっかり】でした。

ホテルへの戻りは入り口の前から1元の公交バスで容易に帰れました。
きょうもネットをいじくりながらビールで夕食にと思いました。
しかし、ネットがOKというのでチェックインした《亜昌(Ya Chan)賓館》でしたがネットは繋がりませんでした。
中国のホテルでは時々経験していますが、アクセスに暗証のコードを入れる必要のあることもあります。
そう思ってフロントのオネエサンに訊ねると彼女はその辺に関して全く知らないとのことでガッカリしましたが、不思議に夜になると漏れてきた
電波でワイヤレスに繋がりました。旅行記だけの所謂ネットブックで、重要な情報はありませんからウィルスを除いて情報の漏洩には全く心配
をする必要がありません。また、旅行に必要なデータはUSBメモリーにあります。仮に、ウィルスとしてもPCを初期化すれば済むことです。

ただ、PC用の電源に苦労しました。テーブルに近い窓際のコンセントの3つ共にプラグを差し込め
ないのです。
但し、部屋のドア横のコンセントはOKでした。ところが私の持っているコードが短く、テーブルまで
引っ張ることが出来なかったので椅子を持ち出して何とかしましたが不便でした。

このコースの地図です。