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2011年2月18日(金)・19日(土)

《7.黒井から昆明、そして帰国へ (黒井~禄豊~昆明~広州~帰国) 

2011年2月18日(金) 黒井から昆明へ
きょうは昆明への移動にあてました。昆明では特に予定はなく、ホテルでゆっくりしようと考えました。

昨日、黒井古鎮をぶらぶらしていて、バスの発着所と行き先をチェックしてあります。行き先としては、
1.禄豊
2.楚雄
3.羅川
があるのは確認済みです。
《楚雄》は今回の旅で1泊しているし《羅川》は知りません。《禄豊》は地図を見てもきょうの目的地の昆明に最も近いので乗り継ぎを
考慮してもベストの筈です。

それよりも、鉄道があります。
ネットによる事前の調査でも、以下の通りです。
四川省の成都始発の夜行列車で、黒井は08:02発で途中、広通という所で停まるだけで昆明着が11:15という急行列車です。
夜行列車に夜中に乗り込むのは結構大儀ですが、もう朝の8時ですから乗客の皆さんも起きているでしょう。
《無座》の切符であっても席をひとつぐらい確保するのはそれ程難しくはないだろうし、仮に立つことになっても3時間余りですから
それ程苦労はないだろうと考えました。
成都発15:38 昆明着11:15(翌日)
K145列車
    発  着 
成都   15:38
峨眉   18:16 18:24
汉源   20:58 21:00
普雄   22:55 23:01
喜德   00:38 00:40
西昌   01:39 01:49
攀枝花 04:52 05:00
元谋   06:45 06:47
黑井   08:00 08:02
广通   08:27 08:33
昆明   11:15
昨夜、泊まっていた《江縁客桟》の女主人に8時の鉄道で昆明へ行く心算だと話すと、『8時はない、鉄道ならその次の12時だ』というのです。
そんなことはないだろう、ネットの検索でも出てくるし、《元謀》の駅の発着時刻表にもこの列車が出ています。でも議論はしても無意味ですか
ら、そうですか、と聞き流しておきました。
前夜早く寝たので、2月18日の朝も早く、4時過ぎに起きました。
ネットは繋がりませんがPCをいじくっていて、絶対に8時の列車はある筈だ、鉄道で行こう決めました。
問題は『足』ですが、仮に馬車はなくてもせいぜい4km位の距離だった筈なので歩けないことはない、と考えて6時半前頃に玄関口へ
行くと丁度起き出した女主人とバッタリ。

私「8時の汽車で行くよ」、女主人「8時はないよ、昨日乗ってきた12時だよ」、私「8時があるんだよ」、女主人「ないよ」、私「とにかく駅
へ行くよ、歩いて1時間かな」、女主人「40分だよ」、私「じゃぁ」、女主人「慢走(お気をつけて)」。

こんな具合で宿を6:30頃に出発しました。
何度も書いていますがまだ真っ暗です。暗闇の中を注意しながらも早足で歩き始めました。街灯はないし家々にもまだ電灯が点っていません。
前からも後ろからも来る車はありません。人も歩いていません。そんな中を端を歩いて落っこちると危ないので道の真ん中を進みました。
ふと見上げると満天の星空です。何年か振りです。ふと口から出たのは、
  『♪星の流れに 身を占って
    何処をねぐらの 今日の宿
    荒(すさ)む心で いるのじゃないが
    泣けて涙も 涸れ果てた
    こんな女に誰がした』

でした。

突然前から黒い影が現れました。一瞬身構えましたが村人の農夫のようでした。

『山賊が出たらどうすればいいのかな』とつまらないことも考えました。

暫くすると後ろから光と共に音が耳に飛び込んできました。トラックが黒い影で私を追い抜いていきました。

次にまた車が背後から近付いて来ているようです。やり過ごすと車内灯の点ったバスでした。
どこ行きなのだろう、結構早くに黒井を出発したのだなと考えていました。


7時前に次のバスが背後から通り過ぎたかと思うと、私の100m位前で停車しました。すると暗闇から2人が荷物を持って現れ、
車体の後部の物入れに積み込んでいるのが見えました。結構荷物が多いらしく、私は追いつきましたので、荷物の積み込を終えて
バスの車内に乗り込もうとしている乗客に念のために『火車站はこの方向でいいんだね』と訊くと、そうだ、というので安心して
歩行を続けました。


でもおかしいと不安になってきました。宿の女主人は地元の人間だ、地元の人間が8時のはない、と断言している。
それにもう7時だ、8時の列車があるのであれば村人が何人かは必ず来る筈だがだれも来ない・・・

7:10に黒井站に到着しました。早足で歩いたので丁度40分でした。3km以上は歩いたのではと思いました。
しかし、站も真っ暗です。よく見ると外れに一部屋にだけ裸電灯が点っていました。
近寄って中を覗くと鉄道員が本を読んでいました。
私はがらガラス窓をノックすると彼が気付いてくれてドアを開けてくれたので、8時の列車はあるのか、と訊くと、ない、との
返事が返ってきました。

《元謀站の発車時刻表》

《ネット検索による時刻表》

万事休すです。小高い位置にある鉄道駅から元の道路に戻りました。するとそこに1人のオバアサンが佇んでいます。
『バスを待っているの?』と訊きましたが訳の判らない言葉が返ってきただけです。でもその中に『普通語~』という単語を何とか聞き取ること
ができました。要は『私は普通語(=北京語)が判りません、~』ということだったのでしょう。
仕方なく身振り手振りでバスに乗る仕草をすると、わかってくれました。そして、このオバアサンはバスに乗って黒井へ行く途中ということも
想像を交えて理解できました。7時15分頃のことでした。

ものの5分もしないで黒井方向へ行くバスが来てオバアサンは乗って行ってしまいました。
そのバスは《禄豊~広通~黒井》のバスでした。ということは黒井までは5分もあれば着く、折り返して来る筈だけら少し待てばよい、と思い
ました。
次に現れたのは比較的若い夫婦連れです。女は民族衣装に身を固めています。更には昨日列車のなかで見た楽器を持っています。
彼らも私が写真を撮っていたのを覚えていました。昨日は空いているにも拘わらずに6人のボックスに6人居ましたからその内の二人
なのでしょう。

案の定、07:35、やっと明るくなり始めて頃にさっき見送ったバスが戻ってきました。結構混んでいます。
幸いにも最後部の座席が空いていました。そこに若夫婦と一緒に席を取りました。

何故この間違いが起こったのか・・・
戻ってからネットで列車の時刻表を調べました。すると無いのです。いや、
あるのですが黒井には停車しません。
私が持っているUSBメモリーに入れたのは春節前でした。春節前までは
確実にあったのです。それが、春節中、乃至は直後に改正になり、この
列車は黒井には停車しないことになったと想像できます。

これらは元謀站のものですが、
  ①時刻が若干ですが違っています
  ②K145列車の運賃表の最上段が紙の様な物で隠されています
これらに気付いて再チェックする必要があったのかも知れません。
でも、黒井の宿はネットがなかったし、という事情もありますが、古鎮内に
ネットカフェが2軒あったのを見ています。
今後、用心しましょう。

暫くすると彼女が楽器を奏で始めました。素朴な調べです。楽器は4弦の手作りで、彫刻も自分達でしたように見受けられました。
男の方と少し話をしました。そこの村でサヤ付きの豆を仕入れて《広通》へ売りに行くのだそうです。そして《彝(Yi)族・イ族》とのこと。
1斤(約500g)3元とのことで買わないかとも勧められました。
断るとひとつ味見しないかと手渡ししてくれました。えんどう豆に似ていますが生で食べるのは初めてです。
美味しくはないものの十分に生でも味わうことができました。
彼らは昨日は列車の中で演奏、きょうはバスの中で演奏です。故郷を離れての行商の旅、楽器の調べが慰めと寛ぎになっている
のでしょう。

これに『津軽三味線』との共通点を感じました。瞽女( ごぜ)とはかなり違いますが原点は同じようなものでしょう。


又、唄です。
  『♪破れ単衣に 三味線だけば よされよされと 雪が降る 泣きの十六 短い指に 息をふきかけ 越えて釆た
  アイヤー アイヤー 津軽 八戸 大湊』


作詞:星野哲郎、作曲:船村徹、歌:北島三郎の名曲です。
モデルは津軽三味線の高橋竹山さんといわれています。
尚、星野哲郎さんは昨年、2010年11月15日に85歳で死去されました。
バスは08:00頃に『妥安』という所を過ぎて08:40に『広通』に到着。《禄豊》へ行くべくバスを降りないで居ると降りろとのこと。
どうやら乗り換えのようです。言われたまま運転手に8元支払いましたが、これがまた判らない。全然知らない言葉でした。
幸いにも若い男が『パークヮイ』と通訳してくれてやっと8元と理解した次第。数字も全く違うのですね。

別方面から来た《禄豊》行きのバスに乗るように促されましたが、かなり混んでいて乗れたのは私を含む4、5人だけでした。
発車前に運賃の徴収があり、10元+1元(保険)、計11元支払いました。

バスの車体に、《恐竜之郷歓迎您》と書かれて
います。これは、禄豊で恐竜の化石が発掘され
て《恐竜谷》という施設もあるからです。

数日前に楚雄へ行く時に看板を見ています。

バスは09:00頃に《広通》をスタートして10:15に《禄豊》のバスターミナルに到着しました。

禄豊のバス站は或る程度の規模の站でした。
急いで《昆明》への切符を買うと10:30発。急いでトイレに行きバスに乗り込みました。
運賃は27元+保険1元、計28元でした。

またこの地に来る可能性もあるのでルートマップ、時刻表、価格表を
カメラに収めました。

昆明までは表示によると110kmとのこと。高速道もあるから12時
過ぎには着けるだろうと思っていると《昆明西部汽車客運站》へ
到着したのは12:20頃でした。

高速道は旅人にとっては面白くありません。人々の生活が全く見え
ない箇所をぶち抜いて町と町を結んでいるだけですから。

疑問が湧いてきました。楚雄への行きは西北站から乗ったのです。西北站で簡単に切符が買えたのです。
ですから、乗ったバスも西北站に着くものとばかり思っていましたが、着いたのは西站です。
(後ほど資料を再確認すると、楚雄は両方の站に書かれていました。何故かは判りませんが、同じ行先が複数のターミナルから発車
するなんて旅行者泣かせですね。)
テーブルをよく見なかった私が悪いと言ってしまえばそれまでですが、もし事前に複数あるのが判っていたら逆に困ったでしょう。
言葉の問題があるので電話で確認出来ません、仮に英語のサービスがあって双方から楚雄行きがあると聞かせれても余計に困る
だけです。

結果論ですが、テーブルを一寸だけ眺めて、たまたま西北站が目に付いたので、楚雄=西北站から発車としたしことは逆によかった
のでしょう。

西站は巨大なターミナルでした。

しかし、きょう泊まろうとしているホテルのある《昆明火車站》周辺へ行くバスの乗り場がなかなか見つからず何人にも尋ねてやっと見つけました。
探すまでに小一時間掛かったでしょうか。バスは30分程度かかって昆明火車站前に到着しました。
そして最近贔屓にしている『里程快捷酒店』にチェックイン出来たのは1:50でした。

《里程快捷酒店》は138元、少々高めですが、まだまだ新しくてきれいなこととネットが確実に繋がることで重宝しています。

昆明では久し振りにまともな食事をしようと考えていましたので、前回も立ち寄ったホテルの筋向いの
『建新園』へ入りました。ここはメニューが豊富だし、我々日本人にとっても親しみのあるメニューが多くあります。
それを頼んでも面白くないので初めて食べる8元の『排骨泡飯』にしました。
《泡飯》というのは今までにメニューで何度も目にしています。オーダーするのは今回が初めてです。

どんなのが来るのかと楽しみに待っていると、来ました、来ました。
どうやらお茶漬けの様な物です。
ですから、《レンゲ》が付いているのですね。

スープを啜ると鶏がらスープです。かなり濃厚で美味しい上品な味でした。
《排骨》には肉よりも骨の部分が多かったですが、先ずは8元という値段も勘案して合格点を差し上げましょう。
きょうの出費は、
   バス 黒井→広通     8元
   バス 広通→禄豊    11元(含む、保険1元)
   バス 禄豊→昆明    28元(含む、保険1元)
   公交連絡バス        5
   煙草            6元
   昼食            8元
   ビール          12元
   ホテル宿泊       138元 
   ------------------------------------------------
   〆て計         216元
2011年2月19日(土) 昆明から広州

数日前に友人から私の広州への戻りに日を合わせて2月19日に広州へ入るとの連絡を貰っていました。
その到着が午後2時頃です。一方、私のチケットは16:05着です。
考えた結果、便を早めることに決心しました。

昆明空港へ早く行って便の変更をしました。幸いにも12:55発があるというのですが、変更の料金が500元必要と言われました。
500元は決した僅かな額ではありません。300元程度であれば即決でしたが、500元と言われて躊躇しました。でも色々考える
その方が好都合なので500元を奮発しました。
(私の元々の切符は事前購入・変更不可の切符でした)

きょうの出費は、
   公交バス、空港へ      1元
   航空券差額       500元
   ------------------------------------------------
   〆て計         501元

MU5741便は定刻12:55発、到着14:45です。
昆明では12:59に動き始めて13:13に離陸。広州着陸のタッチダウンは14:38、定刻通りの運行でした。

機内食には『松茸』も付いていました。
薄くスライスされて軽い佃煮風でしたが、香りはその
ものでした。

このコースの地図です。