2011年4月19日(火)

《2.堂安族生態博物館》  

07:00発の《肇興》行きのバスに乗るべくホテルをチェックアウトして06:45頃にバス站へ行きました。
切符売り場の窓口も開いていて切符を買おうとすると、バスは07:50で車内で買うようにとのこと。
改めて時刻表をみると確かに07:50となっています。(後程私のHPから昨年8月のバス時刻をチェックしても07:50でしたからホテルの07:00
というのが間違いか、或いはかなり古いデータなのでしょう)

1時間以上も時間がありますが特段することがなくバス站内を
ブラブラして時間を潰していました。

すると肇興行きのバスは既に入っていました。しかしドアは閉
まっていました。

バスの行き先としてフロントガラスの上に大きく、
《从江(従江)》《洛香》《肇興》
下には更には詳細に、
《貫洞》《龙图(龍図)》《洛香》《肇興》
と書かれています。

そのうちに7時半頃に運転手が現れてドアを開けましたので荷
物を持って乗り込みました。

結構空いているな、と思っていましたが徐々に乗客が増えてき
ました。
そして発車直前にはほヾ満席になりました。

そしてバスは定刻の07:50に発車しました。
車掌が運賃を集めに廻って来たので《肇興》というと19元で、支払いました。
車内集金にしては珍しく切符を呉れました。

バスは途中、貫洞・龙图(龍図)・洛香を経由して見覚えのある肇興に09:50に到着しました。
丁度2時間でした。

今回行こうとしているのは、肇興の集落ではなく、《堂安侗族生博物館》なのです。
』という見慣れない文字ですが、『』は『態』の簡体字なのです。

どうして《堂安侗族生博物館》を目指すのか?ということですが、昨年2010年8月に『肇興』を訪問しました。その時に入手した資料や
その後に得た資料等々を見て、昨年行かなかった・行けなかった《堂安》を是非訪ねてみたいと思うようになりました。
そこで、今回は当初から《三都水族郷》を訪問した後に立ち寄ることにして、帰りは桂林へ出るということにしました。

いろいろ調べてみても『堂安』へはバスがないらしく、徒歩しか手段はないようです。
面白ければ堂安で泊るということも考えられるのですが、荷物を持って歩くということはかなりの苦労が伴います。従って宿泊は肇興にして
宿に荷物を置いて堂安へ行き、肇興に戻ってくるか、又は面白ければ堂安に泊る(この場合は2重宿泊になり無駄ですが)ということにして、
先ずは肇興でホテルを探すことにしました。

昨年と同じ宿では面白くないので昨年一応マークしておいた比較的新しそうな『水驿(驛)客桟』にしようと思ってそこへ行くと『水驿(驛)客桟』
という看板はあるものの『侗人和諧客桟』ともなっていました。
『水驿(驛)客桟』と『侗人和諧客桟』の関係は判りませんがどうやらひとつの建物を二つに分割してそれぞれ別の宿になっているようです。

時間が早かったのか『水驿(驛)客桟』のフロントは無人で、人の居た『侗人和諧客桟』へ入っていくと60元というのでチェックインして
荷物を置きました。

この宿は《仁団鼓楼》と《仁団風雨橋(花橋)》の目の前です。

部屋は完全木造です。私の部屋は3階でした。部屋にはテレビも備え付けられています。

無線LANが完備されていて無料です。
スピードも特に不満はありませんでした。

荷物を部屋に置いて身軽になってリュックにミネラルウォーター
を入れていよいよ『堂安』へ出発です。

それに先立ち案内所へ立ち寄りました。

堂安へのバスがあるかどうかを質問すると、予期した通りで、
ないとのこと。
徒歩での行き方を訊ねると、
  1.バスの通る大きい通りで7km
  2.細い道を辿って行くと4km
とのこと。
当然ながら2.の方で行くとして入り口を教えて貰いました。
また、黎平県旅游局発行の新しいパンフレットがあったので
それも買いました。5元。

10:50歩行開始。

教えられた川に沿った小道を進むと案内板がありました。
堂安まで3.2km。楽勝だと思いました。

この『牡丹』は、
 2.堂安侗族生態博物館
の堂安の風雨橋の装飾画
です。

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3.広西の平等侗寨と
      桂林からの戻り
      (クリック)

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細い道ですがのどかな道です。

それもつかの間、急な登りのハイキング、乃至は登山道に変わりました。
細い上に石を敷いてあるので歩きづらい道です。それでも我慢して歩を進めました。

しばらくすると墓場(?)に出ました。
気持ち悪さは感じませんでしたが天気がよいので気温が上昇して汗が噴き出しました。

墓場を抜けて細い道を進んでいくとバスの通る舗装道路に出ました。
それを横切るように細い登りの道が見えます。ところが案内標識がありません。
農作業をしている人の姿も見えません。心を決めて舗装道を横切り登りの細い道を進んで行きました。
(結局、案内板は最初のひとつだけでした)

また舗装道に出てしまいました。同じように横切って山道へ戻り先へ進みました。

舗装道路は急勾配を避ける為に曲がりくねって付けられているのに対して、それを串刺しするように細い人ひとりがやっと通れる登山道
があるのです。
同じ集落に行くのに7kmと4kmの違いがようやく判りました。

途中で休み休み歩き続けました。次に大きい道路に出た時にバイク3輪車が停まっていました。
丁度12時頃でした。運転手であろうオニイサンが手持ち無沙汰風に見えました。よく見ると車輪のひとつがパンクしています。
堂安はどの集落か?と訊ねるとずっと先の丘の中腹を指差します。まだまだ先で気が滅入ってしまいました。
休憩がてら話を訊くと、肇興から肥料を載せて堂安へ行く途中で、パンクしたので友人の助けを待っているとのこと。

もういい加減イヤになり堂安へいくことを諦めようかとさえ思いましたが気を取り直して歩き始めました。

高度が上がるにつれて素晴らしい棚田の景観が広がり出し始めました。
12:50突然にこの案内板に出会いました。しかし急な登りです。改めて意を決して牛の横をすり抜けて進みました。
牛を連れていた男に堂安への時間を訊くと、20分とのこと、確実に近づいています。

かなりきつい登りの細い道を進んで行くと風雨橋が見えてきました。13:10です。
これが堂安集落への入り口になっているようです。

《堂安侗寨》へ到着しました。10:50に歩き始めて到着が12:10ですから2時間20分歩いたことになります。

風雨橋の内部には絵画が描かれていました。この中の牡丹を今月のシンボルに使わせて貰うことにしました。

集落へのゲートとなっている風雨橋から上に木造の家が額を寄せ合うように建っていました。
遊んでいた子供に、『鼓楼は?』と訊くと、坂道を上って右手とのこと。それに従って歩きました。

上ると平らな広場に出て、そこに鼓楼がありました。
堂安の中心に到着です。13:15でした。つまり歩き始めてから2時間25分かかったことになります。

鼓楼は一般的に集落・部落の中心です。例外でなくここも老人の溜り場になっていました。

向かいに舞台もあります。

鼓楼の裏に泉がありました。
かなり汗をかいたのでこの泉の水で顔と手を洗いリフレッシュしました。自然の湧き水とのことです。

器用に竹籠を編む老人に出会いました。

集落内を少しブラブラしましたが、特に目を引いたものはありませんでした。

小さな集落です。
住人は老人と子供が中心です。働き盛りの年代が欠けています。多分村の外へ出稼ぎに行っているのでしょう。

4、5歳と思える小さな男の子が籾乾しの手伝いをしていました。
トンボ(農具のひとつ、正式名称は何というのでしょうか)が彼の身体には大き過ぎるようですが、熱心に籾を混ぜ返して
います。このような実効のある《お手伝い》をする子供の姿は日本では見られなくなりました。

集落の中をあるいてみましたが、《堂安侗族生(態)博物館》の意味がようやく判ってきま
した。
『博物館』というと陳列品のある建物を思い浮かべますが、『生態博物館』とはそのもの全体、
この場合は堂安の集落とそこでの住民の生活全体を博物館に見立てるのでしょう。

集落内に宿泊施設はありませんでした。
30分程度集落内をブラブラして肇興へ戻ることにしました。

もと来た道を戻ることにしました。

細い山道は踏み外す恐れもあるので下りが殆どですから堂安へという標識のところへ戻ってからはバスも通る道路を辿ること
にしました。

少し進むと背後から私を追い越したバイク3輪車が停まり私に乗らないかと言ってくれました。
2時頃で、来る時にパンクしていたバイク3輪車のオニイサンでした。
疲れていたので嬉しくなり、言葉に甘えることにしました。

荷台に座ったのですがかなり激しい振動です。
人が乗るようにはなっていませんからクッションがなく、路面状態による
振動が直接私の身体に伝わります。
彼は気遣ってできるだけ平らな箇所を探しながら運転してくれましたが
かなり酷いものでした。

前方に肇興の集落が見え出しました。
集落のゲートまで1km位あろうかと思う地点から道路の改修工事がす
すんでいました。その影響で舗装がなくなっていて凸凹の土ぼこりの舞
う剥き出しの酷い道です。
彼は私に降りた方がいいとました。2時20分頃でした。
舗装道でさえもかなり酷い振動が直接伝わってきて閉口してましたから
渡りに舟の心境でバイク3輪の荷台から降りました。
お礼に多少のお金をと考えていたのですが、渡すタイミングを逸してしま
いました。

結局3時前には宿に戻ってきました。
もう既に肇興は去年の8月にたっぷりと歩いているので洗濯をしたりして過ごし、夕方に外出してビールと宿の部屋にコップが
なかったのでプラスティックのコップを買って戻りました。


ビールを飲みながらゆっくりと過ごしました。
陽が沈み辺りが暗くなって宿の部屋の前のベランダに出てみると鼓楼と風雨橋、及び家並みがライトアップされていました。
8月もライトアップされていましたから通年そのようです。

宿の私の部屋は3階でした。
これは部屋のバルコニーから撮った昼と夜の写真です。対比してみてください。

今回入手した冊子と、その中の《堂安》の記事です。

《堂安の総括》
  堂安そのものは落ち着いた小さな侗寨でした。たゞ風雨橋も鼓楼も
  単体です。すぐ近隣の肇興には各々5基あることと比較すると見劣
  りします。
  わざわざ訪ねていく必要はないでしょう。