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2011年6月6日(月)
2011年6月7日(火)

《3.増沖鼓楼》 肇興~従江~榕江(泊)~増沖  

2011年6月6日(月) 結局《黄崗》へは行けずに《榕江》へ

昨日、6月5日は紀堂へ再挑戦を図り雪辱したのですが文革による破壊の再建と知りちょっとがっかりです。

きょうの行程の計画は、肇興~従江~小黄~黄崗です。

肇興から従江へのバスは07:30発を確認済みです。
バスは07:30の定刻に発車。例により早目にバスの発着場所へ行きおこわと豚肉の焼肉(3元)を食べてから乗車。


バスは07:30の定刻に発車。
洛香周辺の道路事情が最悪ながらもバスは09:45に
従江站に到着。

バスの運賃が19元の筈なのに何故か20元取られた。

朝の肇興の町並み

肉類の市場です。(野菜・果物はこの斜め筋向いにあります)

好物の焼肉入りおこわです。

前日の紀堂行きは雨に備えていたが幸いにも降られなかった。
しかし夜にかなりの雷鳴と雨音がしたものの朝には雨は上がっていた。
肇興はこのような状況であったが従江行きのバスが洛香辺りに差し掛かると雨が降り出した。
そして従江では雷も交じる本格的な雨になった。

《小黄》行きのバスは14:00までないので何もすることなし。

暇を持て余してバス站向かいのパン屋でごく普通に見える丸いパンを2個買う。
先ずひとつを食べる。

雨は本降りで今後の行動に大いに影響がありそうだ。
でもあせってもどうしようもないので手持ちのビールの栓を抜いて残りのパンを食べながら時間を潰す。

10:30頃、早いと思いましたが一応切符売り場の窓口で《小黄》行きの切符を買おうとすると
午後2時だけどいいの?と窓口のオネエサン。
OKというと何やらコンピュータの券売機を操作しているもののなかなか切符が出てこない。
そのうちにどこかへ電話を掛けて、バスがくるかどうか未だ判らないので後程来るように
といわれてしまった。

一寸雲行きが怪しくなってきました。
小黄行きは一応08:00と14:00の1日2便となっているものの客が居ないと平気でキャンセルになる
仕組みになっているのがようやく判ってきました。

かくもシーズンでない時期の小黄行きは難しいのです。

昨日はあった08:00の小黄行きに乗っておけばよかったと悔やまれました。
でも14:00のバスを待とうと決めて待ちました。
12:30頃に再度窓口へ行きました。

小黄行きを訊ねると、『現在不知道』(分からない: bù zhī dào)との
返事。いよいよ怪しい。

雨はますます酷くなる一方です。挫折感さえ感じるようになりました。

13:30再々度訊くと、『きょうはない、明日朝の8時』といわれま
した。覚悟はしていたもののガックリです。

運休の可能性が高いとみてその場合の代替を考えていたので、直ぐ
《榕江》行きの切符を買い求めました。
13:50発でした。行き先として『増沖鼓楼』を考えていたのでした。

ただ《榕江》には宿泊という大きな問題がありますが所要時間を2時間
とみて明るい夕刻に到着するから何とかなるだろうと考えてのでし
た。
でもバスが出発する頃には雨が上がり、空が明るくなった。
雲が所々途切れてきた。

榕江へのバスは25元
13:50発
16:50着
所要3時間

想像より時間が掛ってしまいました。
昨年の8月に榕江で外人は駄目と3軒で断られて、じゃあ何処へ行けばいい?と訊くと共産党の党員用のホテルを教えられそこに泊った
経緯がありますので次の行き先の関係でどうしても榕江へ入る必要がありましたので敢えて榕江にしたのでした。

バスを降りてバスターミナル前の通りの賓館が集まっている一角で最も上等そうな賓館に入ったのですが、日本人だけど大丈夫かと訊いて
普通部屋80元・ネット付き100元とまで話は進んでいざ登記という段階になり責任者風のオバサンが出てきて結局駄目。
じゃあということで教えてもらったのが直ぐ近くにあるという『侗郷蜜大酒店』。他に、『龍騰』という文字も。

通りをそのまま5分足らず歩くとありました!
新しそうで立派な大きなホテルです。高いぞ!と覚悟して恐る恐るフロントへ行くと200元とのこと。日本円にするとせいぜい2500円程度
ですが、チャイナスタンダード・私の標準・私の規範、いずれを採ってもとても払える額ではないのですが、昨年の共産党は100元だったのに
と思いながらも外国人の安宿ご法度の町だけに直ぐにOKしてチェックインをしました。
《侗郷蜜大酒店》という名前が変だな、と思ったのですが、『侗郷蜜』という白酒を製造する『侗郷蜜酒業有限公司』の経営する
ホテルだとパンフレットで知りました。
比較的新しいホテルで、200元(朝食付き)は少し高めだけれども十分に《高級ホテル》を堪能しました。

翌朝の朝食には内容に大いに不満がありましたが・・・
焼肉付きおこわ
バス(肇興~従江) 20 (何故か?19元の筈だが・・・)
パン (2ヶ)
バス(従江~榕江) 25
ビール 10.5 (3本)
宿泊(侗郷蜜大酒店) 200

《6月6日の支出》

2011年6月7日(火) 増沖鼓楼へ行ったあと《丹寨》へ
《榕江》へ入ったのは『増沖鼓楼』へ行く為でした。
以前から鼓楼ファン(?)としては是非見ておかねばと思っていました。
その思いが一昨日に《紀堂》へ行き二つの鼓楼が文革で破壊されて後に再建されたものであることを知り決定的になりました。
何故なら『増沖鼓楼』は建造時のままで現在まで存在しているからです。



《侗郷蜜大酒店》で折角朝食券が付いているから7時の始まりの時間に食堂へ行きました。
かなり粗末な内容で、コーヒーさえもないブレックファストでしたからお粥と水餃子2ヶにマドレーヌ風の焼き菓子2ヶでものの10分程度で
終えて既にまとめておいた荷物を持ってチェックアウトしました。

荷物を預けて増沖への行き方を訊ねると川向こうから乗り合いのミニワゴンが出ているとのことで表通りまで出て乗り合いのタクシーを呼び
止めてドライバーに行き先を告げて乗せてくれました。(こういうところはかなり親切です、200元の効果?)
榕江大橋渡って右手に少し進むとミニワゴンが5、6台停まって
いました。

私が近寄るとたむろしていた運転手仲間が行き先を訊きますの
で増沖というと、これだといわれました。

既に先客が2人乗っていました。
私が、いくらだ?と訊くと、鼓楼を見に行くのか、と訊いてきます。
そうだ、というと往復で200元、と言います。高いなと思ったので
すが先客も居ることだしOKしました。

(結果として出発が07:50で帰着が11:25で3時間35分拘束
した訳ですから若干高めですがボラレタという思いはしませんで
した。)

榕江から増沖へは手前の《往洞》まではバスがあるようなのです
が増沖までは行ってない模様です。
バス便は多くないし、仮に往洞まで行ってもそれから先の増沖ま
でスムーズに移動できる保障もないので、榕江の川向こうから
ミニワゴンがベストだろうと思います。
いやはや酷い悪路でした。榕江から増沖へ全行程約40kmですが、始めから終わりまでがたがた道・凸凹道
の連続でした。道幅は改良されてでしょうが4m~6m位あるのですが砕石がばら撒かれているだけで多くの
穴ぼこがありミニバンが上下・左右に大きく揺れます。必死に握り手に掴まっていましたがその手が痛くなる程
でした。

こうして07:50に出発して増沖の手前で二人が降りて増沖に到着したのは09:20でした。
約40kmを走り続けて1時間半でした。
増沖は山奥の清流に沿ってできた小さな集落でした。多分この先には集落はないでしょう。

私の乗ってきたミニワゴンは対岸に停まりました。小さな集落ですから対岸のどこからでも風雨橋(花橋)と鼓楼を望めます。
そしてドライバーの先導で風雨橋(花橋)を渡って鼓楼のある集落の中心部へと進んで行きました。
風雨橋もなかなか立派な造りです。

橋の中程から集落を眺めました。鼓楼が見えています。

渡りきった所に何やらが祀られていました。

渡ってから橋を振り返りました。単純ですが、いい形態です。

洗濯オバサンです。

そしていよいよお目当ての鼓楼です。
圧倒されます。13層で高さは25mとのこと。
紀堂の鼓楼や他の新しいものと比較して重厚さが違います。340年間ずっと住民を見続け守護してきた重みを感じました。

谷合の狭い平地の中心に鼓楼があり、これを取り巻くように住居が軒を並べている原風景がここには残っていました。

一寸《舞台》が可哀そうなのですが、その廻りは生活臭が漂っていました。

鼓楼の中では住民たちが《闘鶏》に興じていました。

鶏の動きが速く、闘っている二羽をうまくカメラに収めることができませんでした。
上の6枚の内の4枚を拡大してみたのですが、《二羽》が殆ど重なってしまっています。

この増沖の集落の建へ物の殆どが本来の木造のままで残っており、最近よく見られる1階の高床の部分をレンガ組みやコンクリート
の壁で強化したものが新築や改築を含めて殆どないのも風情を保っている要因になっているのでしょう。

荷車に瓦を積んで馬に引かせて坂道を登ろうとしている現場に遭遇しました。重いのか馬が荷車を引かないのをなだめながら、鞭を使いながら登ろうとしますが馬は進みません。(10分以上見ていましたが、その後はどうなったのでしょうか?)

また、ここでは豚も放し飼い風でした。

小さい集落だけに長時間の滞在は不要でした。
増沖にさよならしました。

最も集落の入り口に近い所にこのような建物がありました。民宿でしょうか?

次の行程もあるので09:45に増沖を後にしました。そして榕江の出発点に戻り着いたのは11:25でした。
200元に大きな不満は感じませんでした。

ネットで拾った増沖鼓楼の解説です。

  増沖鼓楼は、貴州省東南部、従江県増沖郷の増沖村にあり、
  従江の町から約80キロの距離で貴州省でも歴史の一番古い、
  規模の一番大きい鼓楼である。
  
  清の時代、康煕十一年(1672年)に造られて高さは25メートル
  で、13階建てである。

  増沖鼓楼は、侗族建築の傑作と言われ、侗族文化の最も傑出
  した代表作である。
  
  1988年2月に中国の重要文化財となった。

再度乗り合いのタクシーを捉まえてホテル《侗郷蜜大酒店》戻り、荷物をピックアップして榕江バスターミナルまで歩いて行きました。
次の行き先を『丹寨』に決めていました。
《丹寨》へのバスは掲示によると午後に複数あります。運賃は42元。
窓口で切符を買おうとするとバスの中でと言われてしまいました。

するとオッサンが寄って来て、俺について来い、というのでその先導
に従うと12:30発車の『三都』行きでした。

バスを一旦降りて、よく人々が飲んでいる《栄養快綫》というドリンクと
ビスケットを買ってこれを昼食代わりにしようと再度バスに乗り込みま
した。
バス站近辺にはかなりの数のホテルがあり、まるで選りどり見どりの雰囲気でした。
その中から新しそうなホテルにしました。『巴蜀商務酒店』は98元だけあって結構満足のいくホテルでした。

一旦外をぶらぶらした後はパソコンをいじりながらビールできょうは終わりにしました。
バスは定刻より少し遅れて発車しましたが《高速班車》と掲げている通りに暫く走り高速に入りました。
ことしの3月・4月に《三都》へ来たのですがその時は高速はありませんでしたからごく最近開通したのでしょう。
榕江からだと《丹寨》は《三都》の先なのにどのように走るのだろうかと訝っていると、《丹寨》《三都》方面と
いう案内のあるインターでバスは高速を降りました。料金所を出て道に突き当たると降りるようにと促されました。
そこにはミニワゴンが待っていてそれに私を含む3人が乗せられました。バスはその後、右方向へ行きましたから三都へ行くのでしょう。
私たちを乗せたミニワゴンは左方向へと進みました。どうやらその道路が三都から丹寨への旧道で高速が開通したので
バスが高速を走るようになりこういう複雑な方法で三都と丹寨双方への乗客を獲得するようにしたのでしょう。

しかしミニワゴンは丹寨の見知らぬ場所で終着でした。14:45でした。
私が行きたいのは丹寨汽車站でしたからそこでから乗り合いタクシーを拾って汽車站(バスターミナル)へ行きました。
料金は別途3元。
(今シリーズでは何回か乗り合いタクシーを利用しましたが運賃が決まっているようで結構便利でした。)

バスターミナルへ行ったのはよく観光案内図が掲げられていたり地域の地図を売っているからで、その類を探したのですが全くありません
でした。

これではお手上げです。早速ホテル探しに移りました。ホテルでネット検索で行き場所を探して実行は明日にしようと決めました。

ホテルが面している通りです。先の交叉点の左奥のピンク色の相対的に低い建物が《丹寨バス站》です。

ミニワゴン溜まりへ (乗り合いタクシー) 
ミニワゴン  200
ミニワゴン溜まりからホテルへ (乗り合いタクシー)
バス 丹寨へ 42
ビスケット 
栄養ドリンク
ミニワゴン溜まりから丹寨バス站へ (乗り合いタクシー)
煙草 (2ヶ) 
ビール (2本) 
宿泊(巴蜀商務酒店) 98

6月7日の経費》