トップページへはこちらを・・・

次の、
   『鎮遠と鉄道で凱里へ』
   へ進む
    (クリック)

トップ アイコン

2011年6月9日(木)

《5.郎徳上寨を経て鎮遠へ》 雷山~郎徳上寨~凱里~鎮遠  

後味の悪い318元の雷公山国際大酒店を後にしてきょうは先ず『郎徳上寨』という苗族の集落へ行くことにしました。
昨年の8月にこの地区へ来て《西江千戸苗寨》へ行ったのですが《郎徳上寨》へは立ち寄りませんでした。

実は郎徳上寨へはこういう旅を始めたばかりの2004年11月に来ています。この模様もこのHPに載せてありますが、かなり以前のことなので
その後の変化にも興味がありました。

   中国古村落保護及発展専業委員会が選出した『15の中国景観村落』のひとつである『郎徳上寨』は貴州省黔東南苗族侗族自治州
   雷山県のモン族(ミャオ族・苗族)の村です。

   郎徳上寨は、観光地として凱里周辺だけではなく、貴州省でも一番有名な村と言ってもいいでしょう。凱里から40km、標高670mの
   望豊河沿いに位置しています。

   郎徳上寨(郎徳苗寨)は山紫水明の地で、どの建築物を見ても古風で質朴です。意匠を凝らして建てられたモン族の民居に入って、
   有名な彼らの刺繍や銀飾りを見せてもらうのもいいでしょう。
   村の小径には、玉石や青石が敷かれています。素朴な石畳を踏みしめながら、村をぶらぶらするのも楽しいです。

   中国風に言えば、ここのモン族は「民情濃厚」。
   長い歳月を潜り抜けても変わらない彼らの歌や踊りだけでなく、民族衣装にも奥深い想いがこめられているそうです。

   国の重要文化財保護指定を受け、中国文化部によって「中国民間芸術の里」と名付けられています。



   上郎徳村は貴州省黔東南ミョー族、トン族自治州雷山県報徳郷に位置し、凱里市の市街地から29キロ、県役所の雷山から7キロ離
   れ、ミョー族の村であり、貴州省東民族風俗観光の重要な村中の一つでもある。
   村は上、下二つと分かれ、観光にオープンされるのは上の村である為、上朗徳村と呼ばれる。
 
   村民の服装は長いスカートが特徴である為、「長スカートミョー」とも呼ばれている。
   村ではミョー族独特な「ディデォロー」「吊脚楼」と言う木造建築の鑑賞出来るほか、「道止め酒歌」、「ミョー族舞踊」、「蘆笙舞」等も
   鑑賞出来る。
   朗徳鎮は独特な少数民族の観光資源を持ち、「中国民間歌舞芸術の里」、「全国百の露天博物館」、「蘆笙の里」と称えられている。
   朗徳ミョー族村古建築群は中国第五回目重要文物保護単位と定められている。

   村は山に囲まれ、前は一本綺麗な川が流れる。川に風雨橋という橋が架かっている。
   川沿いに水車が並び、石臼部屋も目に掛かる。村の真正面に坂があり、坂の中腹に平地と長さ150mの競馬レースがある。
   毎年旧暦の三月になると、雷山、凱里、麻江、丹寨四つの県境にミョー族の青年たちがここに集まる。山歌、競馬の試合が催行され、
   人数の多い時は1万人に昇る。



私が6年以上も前にここを訪ねたのは単に古鎮のひとつとして簡単に紹介されていただけだったのですが、その後に古鎮ブームが沸き、
上のようになったのでしょう。
《西江千戸苗寨》もそうで、昨年8月に再訪して観光地化に驚きましたから同じように変貌しているかも知れないという危惧もありました。

前回の訪問2004年11月20日
http://www1.parkcity.ne.jp/umeda/sub104.htm

ネットで得た郎徳上寨に関する最新の情報は以下の通りです。

雷公山国際大酒店(泰穆塞尓国際旅游度假酒店)をチェックアウト
して雷山バスターミナルへ乗り合いタクシーで向かいました。3元。

雷山バス站には路線図や発車時刻表がないのが不便です。

切符売り場で郎徳上寨と書いた紙をたところ、XX、XXと言われました。
意味が判らずに再度同じことをすると、またXX、XXでXXです。

でも最後のXXは判りました。即ち、メイヨウ=無いでした。

困り果てて別の場所の係員に同じことをいうと、またXX、XXです。
最後の手段で紙をペンを差し出すとこう書いてくれました。
要は『苗疆酒楼』から出ているというのです。近いのかと
訊くと、歩いて行ける、こう行ってああ行ってと教えて貰い
ました。

結局雷山站から徒歩で3回位訊ねながら7、8分で着きま
したから判っていれば5分で着いたでしょう。

『苗疆酒楼』の横の広場が郎徳へのミニワゴンの溜まり場
になっていました。
『郎徳』というプレートを掲げたミニワゴンがありました。空車でしたがドライバーに『郎徳上寨』と書いた紙を示すと、乗れ、とのこと。
運賃は5元とのことで少し待って乗客が私を含めて3人になって5分程度後に発車しました。その後、09:30頃にドアを開けたまま
通りをゆっくりと走り結局満員にして本格的に走り出しました。
川沿いのかなり整備の行き届いたアスファルトでの舗装道路を
走行して『郎徳』に到着。
他の客が降りるので私も降りようとするとまだ乗っておれと言わ
れました。
そこは、郎徳下寨で私の行き先は郎徳上寨なのでした。

ミニワゴンは直ぐにこれも整備のいき届いた山道に入り5分足ら
ずで郎徳上寨に到着しました。
丁度10:00でした。
郎徳上寨はかなり変貌していました。
6年半前の時には無かった(気がつかなかった?)風雨橋も複数ありました。
それに宿泊施設も。
大きな自然石に彫り物をしたモニュメントがありました。単に『郎徳上寨』と記されているだけと思いながらカメラに収めたのですが、
帰り際にもう一度じっくりと眺めてみると2008年の北京オリンピックの際の聖火がここを通過したのですね。
2008年6月13日ですからほぼ3年前です。
中国でアスファルト舗装は未だ珍しく、田舎道の場合、多くは
コンクリート舗装ですが、丹寨からの道の合流点から雷山、そ
して凱里までずっとアスファルト舗装の道でした。
また車の転落防止用のガードレールも完備されていました。

想像するに、オリンピックの聖火リレーの通過と大きな関係
があるのでしょう。
石段を昇って寨内へ入っていきました。
建物は以前のままでしたが、坂道に石を敷き詰めた小道は新しく整備されたようです。

以前の記憶が蘇ってきました。
郎徳上寨は美しくなっていました。
家々は丹寨の苗寨で見たのと同じような
造りでした。

2階以上が前にベランダ状に張り出てい
るのではなく、横から見るとフラットです。
ただ、二階の正面の中央部分のテラスの
柵が化粧柵になっています。

何か意味があるのでしょか?
郎徳上寨は急な傾斜地にあります。ですから家屋が石積みの上に建っているので下の狭い通路は建屋の下になります。
建屋の1階部分には牛馬(主に牛ですが)小屋に利用されていることから、糞が通路上に掃き出されています。
ですから最悪の場合、その作業のタイミングが一致した場合に『糞まみれ』になる恐れがあるので要注意です。
二度目の訪問なので寨内を足早に歩き
ましたが、前回見落としていたのでしょう
か、石を敷き詰めた広場がありました。
ここは想像するに祭礼の際の会場にな
るのでしょう。
ミニワゴンを降りたときに風雨橋のたもとに《凱里》へのバスの発車時刻が書かれていました。
毎時30分発です。かなり上に上っていてはるか下の方からバスのクラクションが鳴るのを耳
にしましたが時刻はもう10:30に差し掛かっていました。
この次は11:30で1時間後です。そこで上の方から大声で、待ってくれ、と叫びました。
5分位で下寨に着いてそこで休憩
して、発車したのは11:00でした。
バスが凱里のバスターミナルに到着したのは12:00前でした。
何と実質1時間程度なのですね。
6、7年前と大違いです。
さて、この次はどうするかです。
《黄崗》をスキップしたことにより日程に若干余裕が出てきたので、
既に購入してある広州への帰りの列車(6月11日夕刻凱里発の
夜行列車)のことも勘案して『鎮遠』へ行くことに決めました。

凱里のバスターミナルに12時少し前に到着し、早速バスをチェック
しました。
《鎮遠》へのバスはそんなに多くはなく、ほぼ2時間に1本で次の
バスは13:00発でした。
早速切符を買い求めて(運賃33元+保険1元)丁度昼食時だった
のでバス站から直ぐの所にあった『羊肉粉(=麺)』の店で皆が食
べているものを注文して食べました。小碗で6元(少々高め)でした。
道路は先程までのアスファルトではありませんでしたがまぁまぁな道でした。
とはいうものの、山道でカーブの連続で上の荷物棚に置いたリュックが落ちるのではないかと心配した程でした。
でも何とか無事に《鎮遠》へ15:50に到着しました。
予想では2時間ちょっとだったのですがほぼ3時間掛かりました。
凱里から到着したバスターミナルは比較的新しい建物でした。そしてバス站の目の前には鉄道の鎮遠站もあります。

おかしい、ネットで調べた情報だと、鎮遠の火車站(鉄道站)は中心部から約3km離れているとの記述がありました。そして多くのホテルが
川沿いに密集しているとも。
どうやら、到着したバス站は中心部から最近移転してきたようです。バス站内の案内地図を見て、中心部(古鎮)と思える方向に歩き出しま
したが新しい建物ばかりでホテルはありません。

バス站へ戻ることにしたのですが、かなり歩いたので疲れていて乗り合いのタクシーを拾って戻りました。4元。雷山等と比較すると高めです。
(日本円にするとせいぜい50円ですが、中国では中国モードにしないと雷山で318元のホテルに泊ったような失敗をするのです。)

時間的な問題もあり、バス站周辺に数軒、目に留めておいたホテルに泊って古鎮探訪は明日としました。

ネットが使えるホテルを探して(と言ってもバス站から徒歩で2、3分の距離ですが)70元という『鎮遠黔龍賓館』にしました。雷山で318元の
ホテルに泊っているだけに贅沢はできません。
70元という値段を思うと可も無く不可も無しというホテルでしたがネットが繋がりません。
雷山のホテルのネットがIPアドレス等の設定を手動で行う必要があって、それの影響かなと考えて色々設定を変更してみましたが
幾らやっても駄目でした。

ビールを買いに出る時に宿のオバサンにいうと、きょうは工事で8時まで繋がらないよ、と言われそうか、と思って何となく納得した
のでした。ビールを飲みながら手持ちのディスクに保存してあるユーチューブの画像等でゆっくりしたのですが、8時になっても9時
になってもダメでした。9時を過ぎてもダメでとうとう諦めて寝ることにしました。

翌朝も結局ネットは繋がらず、もう今回の今後のネットは諦めて、戻ってから本格的にPCの設定を時間をかけてやり直そうと思った
のでした。恨めしいのは雷山の318元のホテルです。

【追記】

鎮遠で連泊も考えたので、鎮遠黔龍賓館は70元でしたがネット接続の問題があったので一寸だけ立派そうな別のホテルで泊り代
を訊くと128元とのこと。これでもいいかな、と思ってネットは可能かと訊くと、きょうは工事の為に繋がらないと言われました。
訊いてみるとこの周辺一角が全て同じとのこと。昨日のホテルでネットが繋がらなかったのもそれが原因の可能性が大だったかも
知れません。オバサン老板の情報は断片的だったのです。

結局、鎮遠では連泊をせずに凱里へ移動して凱里の安ホテルでネットに接続すると一発で繋がりました。メデタシ・メデタシです。
複雑怪奇なネット接続設定の所為ではありませんでした。

《雷山》の町では苗族の女性を多く見掛け
ました。
一様に花の髪飾りを前面に付けています。

郎徳へのミニワゴンの溜まり場の道路の
反対側が小さなマーケットになっていて、
そこには苗族のオバサンが日用品の雑貨
の店を出していました。

『游客接待中心』という立派な看板が目に入りましたが
看板だけで何もありませんでした。

上流方面にも風雨橋が架かっていました。

右上の橋の写真の左のオートバイの所に石の階段が
写っています。これは『郎徳上寨』への別の登り口
門の上部に『郎徳上寨』と書かれた額が掛っています。

先に『郎徳上寨』の別の入り口を見つけたのですが、バスを降りた地点が『郎徳上寨』への一般的な登り口になっています。

『苗家楽客桟』という宿泊施設もできていました。その右手の人が四人程居る所が《郎徳上寨》への一般的な入り口です。

《寨》が斜面につくられているのでとにかく石段です。

門の左には《郎徳上寨簡介》が、右には《郎徳上寨景点導游図》が掲げられていました。

   かなり拡大しましたので読めると思います。

=ここが有名な石が敷き詰められた芦笙場=

この広場の一角にはこういう石碑がありました。

バスは待ってくれました。結局発車したのは10:40頃でした。

直ぐに真新しい花橋(風雨橋)が見えました。最近、新らしく造られたように見えました。(かくも観光客の誘致に熱心なのです)

未だ開放されていない下寨 →

小碗で6元(少々高め)でした。

要するに、羊肉入りのうどんでした。スープが若干辛めでしたが、辛い物の苦手な私でも一応大丈夫でした。
また、得手でない《香草》が入っていないのも私向きでした。

《鎮遠汽車站》

《6月9日の経費》

タクシーバス站へ
ミニワゴン 郎徳上寨へ
バス 郎徳上寨から凱里
羊肉麺 
煙草2ヶ  (2ヶ) 
バス 凱里から鎮遠 34 (33+保険1)
タクシー バス站へ戻り
ビール2本  (2本) 
ピーナッツ  2.5
宿泊 鎮遠黔龍賓館 70
【蛇足】

私だけかもしれませんが、中国の簡体字で時々どちらがどちらだったのか迷うことが
あります。字典を掲げておきます。