《貴州省从江县の占里侗寨と岜扒侗寨を訪ねる》  

2012年5月23日

2012年2月14日(火)と 2月15日(水)の2日間に亘り从江县(从=従)の銀潭侗寨を探索しました。

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その模様は、
   http://www.meitian.sakura.ne.jp/sub516.htm
をご覧下さい。 

今回の目的地は地域的にその近くです。

5月09日(水) 出発の日です。

今回は、東莞から鉄道で湖南省の靖州
まで行って、そこからバスで西に進んで
貴州省の《黎平》へ入ることにしました。

夜を徹して走る鉄道に備えて、拠点の
近くのコンビニに立寄り、缶ビールと
PETボトル入りの水を仕入れました。
29元(ビール9 x 3本+水2元)
列車はほぼ定刻に発車。

車内では、今回は4人掛けの座席。向かいは産婦を連れた若夫婦、隣は男。若夫婦は出産が近いので国許へ帰るように思いました。(8ヶ月位か・・・
通道で下車)
隣の男は2リッターのオレンジジュース持参。

少し無座の乗客もいたが大混雑ではありませんでした。
(途中で乗客の入れ替わりもあり、夜汽車になること頃には若干の空席も出始めました。隣の男は6人掛けの座席に移動したので、結局私の隣は空席
となり比較的楽な夜行になりました。)

特に話もせずに列車は進む。途中、1時間以上の遅れ。
その後、常平鎮バスで東莞火車站へ(2元)へ行き、時間が十分にあるので、Macに立寄り6元の早餐セット(10時までの時間サービス、=約75円
ですからお徳です)をいただいて旅へのウォーミングアップをしました。

帰国中にお手伝いの小姐に頼んで買っておいて貰った切符です。
鉄道站へは行かずに、近くの代理店で購入したので5元の手数料
が掛っていました。

站の窓口で帰りの切符を買おうとしたら理由は判らず駄目でした。
遠隔地からの戻りの切符は順調に買えずに困ることが度々です。

站次 站名 达时间 开车时间 时间 里程
1 深圳西 10:35 0公里
2 12:02 12:05 1小27分 72公里
3 广州 12:57 13:09 2小22分 154公里
4 佛山 13:43 13:45 3小8分 184公里
5 15:04 15:06 4小29分 271公里
6 16:56 17:01 6小21分 408公里
7 茂名 18:39 18:53 8小4分 533公里
8 河唇 19:46 19:49 9小11分 594公里
9 玉林 21:12 21:21 10小37分 708公里
10 22:19 22:22 11小44分 797公里
11 23:48 23:50 13小13分 916公里
12 柳州 0:41 1:05 14小6分 986公里
13 融水 2:40 2:44 16小5分 1112公里
14 融安 3:25 3:49 16小50分 1139公里
15 三江 4:49 4:55 18小14分 1219公里
16 牙屯堡 5:44 5:46 19小9分 1256公里
17 通道 6:07 6:09 19小32分 1279公里
18 靖州 6:34 6:37 19小59分 1310公里
19 怀化 8:39 8:55 22小4分 1439公里
20 10:12 10:19 23小37分 1532公里
21 孟溪 11:31 11:43 24小56分 1589公里
22 秀山 12:12 12:17 25小37分 1635公里
23 12:43 12:48 26小8分 1679公里
24 黔江 14:01 14:07 27小26分 1761公里
25 武隆 15:12 15:23 28小37分 1874公里
26 涪陵 16:16 16:20 29小41分 1941公里
27 寿 16:49 16:54 30小14分 1985公里
28 17:31 17:55 30小56分 2041公里
29 合川 19:06 19:22 32小31分 2107公里
30 遂宁 20:31 20:35 33小56分 2208公里
31 成都 23:32 点站 36小57分 2356公里

K586列車、赤字は今回乗車した区間

今回乗る《K586列車》は、始発の深圳西から成都への2356kmを
36時間57分で走行する列車です。

その内、私は《東莞》から《靖州》、距離1238kmを18時間29分かけ
走ります。それでネット154元=約2000円ですから、乗りがいがあり
ます。

5月10日(木)

 夜が明けてきました。車窓の外は小雨模様。三江县では15分の遅れ、あと少しで靖州だ。
  三江县 4:49 4:55
  牙屯堡 5:44 5:46
  通道   6:07 6:09   若夫婦は通道で下車、ホームは小雨。
  靖州   6:34 6:37

 靖州には6時50分頃に到着。雨は少しの霧雨模様。
黎平へのバスのプレートを持った案内人が居たが、それに乗ると便利なのだが、ともかく戻りの切符の確保が先決。
切符発売の窓口へ行き、いつものように日時と発駅・着駅を書いた紙を示して切符を買おうとするもここでも何故か駄目。
よくわからない・・・
どうにかなるさ、と諦めて駅前広場へ出たが、もう黎平へのバスは
出発してしまっていた模様。

でも慌てる必要はありません。
公交バスを待って、靖州の汽車站へ行けば、黎平行きのバスはある
筈だということを知っているから・・・

暫く待っていると公交バスが来たので『汽車站』を通過することを確認
して乗り込む。1元。
バスは通学の学童でほぼ満席でしたが、何とか席を確保。

汽車站らしき所でバスを下車。間違いなく靖州汽車站でした。
靖州は侗族の町だが、特徴がない。泊まる気はしません。


早速、黎平へのバスの切符を買い求めました。25元。

バスのチケットには発車時刻が明記されていなかったものの、
08:10に発車。
車上にはアヒルが積載されていました。

夜行列車だったからか、途中はウトウトしていて殆ど記憶に
ありませんが黎平には10:40到着。

トイレへ行くと、有料で5角。


黎平に真っ直ぐに入るにはこのルートが最も便利だと思って
います。

黎平に着くと雨は上がっていました。
当初は、ここで1泊という積りでしたが、天気が好くないし、時間も早い
ので、一気に肇興に向かうことにしてバスの切符を買い求めました。
窓口で水口へのバスは肇興を経由するのでそれでよいかと訊かれま
したので了承して買いました。11:30発で21元、到着は14時頃か。
バスは定刻に黎平バス站を発車したものの、30分程度も町中をうろうろして、実質的な発車は12時を過ぎていました。

途中で一部半完成の高速道路を走ったりして、肇興到着は読み通りで午後2時頃でした。
この切符の行き先が《肇興》でなく《几归那(归=帰) 》と記載されています。
几归那とは何でしょうか?
=肇興でないことは確かです。また、肇興は小さな村で、総延長500m程度の街道沿いに発達した寨で、そのような地名は見たことがありません。そして、誰に訊ねても適切な答えは現時点では得ていません。ただ、水口行きのバスで、途中の肇興で下車する、そしてその運賃は表示どおりに32元である、ということです。
この宿は50元を考慮すると立地も悪くなく、ラスティックな造りもいい
のですが、石鹸がありませんでした。宿の若い男に頼んだのですが、
置いていない、と言われ多少驚きました。

暫くして、パックのものを2つ持って来てくれたのですが、何と洗髪後
のリンスでした。せめてもの好意なのでしょう。

また、机はありましたが椅子がありません。それに、時期的に必要な
蚊取線香や電気の蚊取マットもありませんでした。別途請求すると、
椅子も蚊取線香も持って来てくれました。

街へ出てぶらぶらして、タバコ・6元(2個)とビール・6元(雪花2本)
を買って宿に戻りました。

部屋では無線ながらネットが快調で、ビールを飲みながら、明日以降
の行き先等々を検討して早めに眠ることにしました。

窓から美しい夕焼けが見えました。中国でも西の方に来ているので、
日没は7時半過ぎでした。

明日の快晴を期待して、寝たのは、午後8時前でした。(翌朝は4時
には起き出しました。)
街並みは前回2月の時点とうって変わって賑やかになっては
いましたが、旅行者はまだまだ少ないように見受けられました。

耳に馴染みのある木槌で侗布を打つ《トントントン、トントントン》
という音が響いてきました。

侗族の村に来ているんだなという実感が湧いてきました。

宿泊した『侗人和諧客棧』の部屋からの眺めです。目の前に、五つセットである内のひとつ、仁団鼓楼と仁団風雨橋が見えています。

ぶらぶらしながら昨年泊ったことのある旅館へ行くと50元というので、そこに決めました。

朝は4時には起き出しました。昨夜は夜行列車ということもあり、寝たのは午後8時前でしたから十分な睡眠です。

天気は高曇りといったところでしょうか。

2泊位する積りでいたのですが、先を急ぐことにしました。次の目的地は、まだ行ってない『高増』という侗族の村にしました。
地図で検討すると、《从江=(従江)》へ向かうバスに乗って《貫洞》で降りて適当に車を捉まえて行くのがベストと思われました。
昨日、観光案内所で従江へのバスの時刻を訊ねると、午前9時とのこと。

5月11日(金)

早く起きたし、宿の部屋に居てもすることがないので、街を散策して
人々の生活を観察しようと思い、7時過ぎには宿を出ました。

朝早くから結構賑わっています。
いつもの『おこわ屋』が店を出していましたので、焼いた豚肉入りの
おこわを買いました。
大き目の焼いた豚肉をおこわでサンドイッチ風にしてくれました。
おこわは《白》と《黒》の2色でした。前の値段をすっかり忘れていま
した。5元かな、10元かなと思って20元札を出すと、3元とのことで
お釣りを17元貰いました。3元なら大満足です。
ぶらぶらしている多くはないものの旅行者の姿を見かけました。
殆どの人は次の目的地へのバスを待つ旅人です。
ここ肇興にはバスターミナル(バス站)はありません。観光案内所の《肇興游客服務中心》前がバスの発着所になっているようです。
また、時刻表もありませんので、宿の人か住人か游客服務中心の係員に訊ねるしかないのです。ただ、言うことがまちまちなのには
困ります。だから皆さんはある情報をもとに、それに時間的余裕をもって三々五々《肇興游客服務中心》前に集まってくるのです。

私の《従江》行きは9時と教えられましたが、そんなに早い訳はない(2月に従江から肇興へ乗ったバスの折り返しだろうから10時前後
だろうと見当を付けていました)と思いつつも付近をぶらぶらしていました。そんなに大きな街ではないし、1本の500m位の街道筋1本
ですから問題はありません。
その上、バスは到着するときもスタートする時も大きくクラクションを鳴らして注意を喚起しますから少し離れた所に居ても何等問題はない
のです。

バスを待っていると思える旅行者の中に日本人の3人連れが居ました。話はしませんでした。また、2組の西洋人も居ました。この連中は
全員9時過ぎの《三江》行きのバスに乗りましたから2時間前後もバスを待っていたことになります。
でも、肇興でのバス待ちは決して退屈ではありません。

《三江》行きのバスが出た後はすっかりバス待ち風の旅行者が居なくなりました。
10時前に雨が降り始めました。でも空が全て雨雲で覆われているわけではありませんからそんなに心配することはないでしょう。

そう思っていると、10時を過ぎて従江からのバスが
到着しました。このバスは肇興での折り返しですから
乗客が降りたあと、早速荷物を持って乗り込みました。

このバスは洛香~貫洞~従江というルートのバスです。
肇興を10:10頃にスタートしましたが洛香の町に入る
ところが大混雑です。道路工事で車線が狭くなっていて
細い道の両サイドに駐車してある車があってなかなか
進めないのです。

どうにか10:45頃に洛香の町に入りましたが、大幅遅
れの為か、乗ったバスは取り敢えずここで打ち切りとな
って、従江から来て洛香折り返しとなっているバスに乗
換えを言われました。
それに従いましたが、肇興から洛香までの運賃5元を
請求されました。

10:45にバスを乗り換えましたが、このバスは道路が塞がっている関係からかなかなか発車しません。
やっと11:30頃に発車の態勢に入りましたが、寸刻みで前進できず、運転手が停まっているバイクやオート三輪を苦労して自分で移動
させながら進み、洛香の町を抜けたのは12:00頃でした。

その後は順調にバスは走り、《貫洞》には12:30頃に到着しました。

『高増』へ行くべく《足》=ミニワゴンやバイタクを探しましたが有りそうにありません。直談判と思い、たむろしている若者4人組に
訊くと、《従江》からなら有るかも知れないというつれない答え。

結局諦めて次のバスを待って従江へ向かうことに。

午後1時10分頃に次のバスに乗って従江へ。11元。
14:00頃、見慣れた従江バスターミナルに到着。
時間的にもきょうの行動はここまでにして、ホテル探しに移ることにしました。

《参考資料2》

いつものホテルでは面白くないので、2月時点で未だ開業していなかった橋を渡った川向こうの新しいホテルを調査がてら見に行く。
『開泰假日大酒店』という名のようですが、未だ未完成らしく見えたが、フロントに係員が居たので部分開業かもしれないと思い中へ。
値段を訊ねると、一般の部屋で電脳付が188元と結構な値段。電脳は持っているので『寛帯(ブロードバンド)』だけでいい、というと、
168元とのこと。
若干迷ったものの、また後で、と引き下がる。
そして、また橋を戻っていつも泊まっている『現代商務酒店』へ行くと80元というので、そこに決めました。
このホテルは設備的によくはありませんが、
  1.バス站に近い
  2.階下がスーパーマーケットで買い物に便利
  3.インターネットが使える
  4.部屋はある程度の広さ
で、トイレが中国の伝統的トイレだという難点はあるものの、気に
入ってます。

きょうはこのまま休息し充電(?)することにしました。
バス賃
肇興→洛香  5元
洛香→貫洞  6元
貫洞→従江 11元
焼いた豚肉入りのおこわ 3元
ビール    7元(2本)

ホテル
橋を渡った川向こうの新しいホテル 168元 《開泰假日大酒店》
何度か泊まった『現代商務酒店』   80元
05:30起床。

きょうは出直しで、従江から『高増』へ行くことにしました。

荷物をどうするか・・・
《高増》へ行き、気に入れば泊まってもいいし、従江へ戻ってきてもいいし・・・
思い悩みましたが、季節的に冬場と違い初夏なので衣類も軽くて荷物も重くないので背負って行くことにしました。
(結果的にこれが大きな間違いになりました)
5月12日(土)

ここ迄は、長い長いイントロでした。これからいよいよ本筋に移ります。

7時前にホテルをチェックアウトしました。
外へ出ようとしてホテルの通路を歩いて
いるとこの地区の観光案内地図が掲示
されていました。

しげしげと眺めると、《高増》は《小黄》、
更には《黄崗》の手前で、今迄に数回
通過しています。《高増》と《小黄》の
間に《岜扒》という集落もあるようです。
またその先を、《小黄》へ向かわずに左
方向に向かうと《占里》という寨がある
ようです。《占里》という村の名を目にす
るのは初めてです。
特に《占里》には〇〇Aの印が付いてい
ます。
よし、これでコースは決まった。先ずは
《高増》へ行き、次に《岜扒》、そこから
更に《占里》を廻ろう。

《占里》へはどうもバスがないようなので
高増辺りでミニワゴンかバイタクをチャー
ターすればいいだろう、と思いました。


7時過ぎにバス站の切符売り場で、高
増というと、8時の小黄行きのバスで行
け、切符は車内で、とのことでした。
それならば一層のこと、ここ従江から
ミニワゴンをチャーターして、考えたルー
トを廻ろうと考え、バス站の外へ出まし
た。

案の定、ミニワゴンのオッサン運転手が
声を掛けてきました。
《占里》というと思案して、150元と高い
ことをいいます。
それじゃ駄目、50元だと言い返すと、道
が悪いので~と理屈をこねます。
よし、それじゃ100元だ、ひと思いに値
を付けると運転手は思案の挙句にOK
といいました。

バス站前をスタートして2、3の仲間に
占里・100元の仕事だといってます。
皆さん笑っています。
(後で振り返ると、この笑いも意味
深長だったのです)
車は思った方向と逆の方向に進んでいきます。つまり、高増とは違う方向で、今年の2月に《銀潭》行った時と同じ方向です。デジカメに
撮ったホテルの廊下の地図を見ると、どちらからでも占里へ行けるのが判りました。
多分、銀潭への別れ道のあった《四寨河口》へ行って、そこから占里方面に向かうのだろうと思いました。
07:20頃にバス站前をスタートして20分位で《四寨河口》です。《銀潭》へは橋を渡って右折だったのですが、今回は橋の手前を右折
しました。
そこからは舗装はありません。赤土の剥き出しの道です。
でも決して酷い悪路ではなく、過去の体験からするとまだまだ楽勝だと思っていました。この調子だと8時過ぎには
《占里》に到着するだろうと安易に考えていました。そうしたら当初のアイデアとは逆になる占里→岜扒→高増ルート
でもいい、別途料金の交渉になろうが、このミニワゴンを待たしておいて・・・と安易に考えていました。
ところが、07:50頃になると道は泥濘が酷くなってきました。
とうとう8時過ぎには山の中で泥濘に車輪が埋まって走行不能になってしまいました。
エンジンを吹かしても車輪は空回りするだけです。
進むにつれて更に悪くなってきました。
値段交渉の時に運転手が、『道が悪いから・・・』と言っていたのはこれだな、と思うようになっていました。
運転手の降りろとの指示で車を降りると、後から押してくれと言われました。
力一杯押しましたが、車は微動だにしません。
それどころか、空回りの後輪の跳ね上げる泥が体全体に掛ってきます。服は当然ながら顔にまでも・・・
そこで2人で何か滑り止めになるものを探しました。
そこは杉の植林がかなり多く、厚めの杉の皮が道端に落ちていました。それらを拾い集めて車輪の下に敷いて滑り止め
の効果を期待しましたが残念ながら効果無しです。
30分以上もそんなことをしていると一台の4WDの車が通り掛りました。
当然ながら運転手は助けを依頼しましたが、適当なロープがなく不首尾
におわりました。
運転手は近隣の農家から鍬を借りてきて車輪の下の地面を掘っ
たり、ジャッキで車体を持ち上げて車輪の下に木の皮や木切れを
噛まして努力しています。私も若干の手伝いはしましたが、乗客
であることに加えて、先程の押す作業で泥を全身に浴びて意気
消沈してしまっていますので、殆ど彼の作業を眺めるに近い状況
でした。
泥に埋まって動けなくなってからから2時間位たって運転手はとうとう諦めた様子で何処かへいってしまいました。
地図から判断すると、この地点から占里へはそんなに距離はない筈で、徒歩で1時間以内だろうと推測していました。
トンズラに備えて足許の泥濘にも拘わらず、車に近づき、ドアを開けて荷物を取り出しました。
体制は整えましたが、トンズラの決行にはまだ決心がつきませんでした。
もうかれこれ動けなくなってから3時間位になるのではと考えていると、運転手が村人、それも女性ばかりを7,8人引き連れて戻ってきました。
そして彼女らのひとりは太い長めのロープを手にしていました。

運転手の最後の作戦は、大勢の人で引っ張ってもらうことだったようです。
矢張り集団が力を結集するとあんなに苦労した車がスルスルと動き出し、泥濘から脱出できました。
その後、村のオバサン連中に見送られながら改めて占里を目指すことになりましたが、どうやら運転手は村のオバサン
連中に若干のお礼をした雰囲気でした。ひとり当たり10元程度でしょうか・・・
車は15分ぐらい走って集落に到着。11:10でした。
延々とほぼ4時間かかったことになります。

もうこの運転手を繋ぎ止めておくのは得策でないと思い、着くやいなや100元札を手渡して戻ってもらいました。

《占里到着》

村へ入る若干高台風の場所から鼓楼を遠望できました。
塔屋を含めて13層の立派な鼓楼です。

比較的新しく設置されたと思われる『占里旅游景点図』というもの
がありました。

道しるべが必要ないほどの小さな集落ですが、ご丁寧にも道標がありました。

正面です。

斜め横から見上げたところです。

鼓楼横の建物にこのような看板が掛っていました。
階段を上りましたが、誰も居ませんでした。

鼓楼全体は六面体でした。描かれている図柄が違いますので、個別に撮りました。

絵柄が明瞭だな、と感じていましたが、2010年11月から補修が始まり、2011年4月に完了したばかりのようです。

『占里侗歌之乡欢迎您』と書かれた赤い横断幕を掲げる若い娘さん。

鼓楼の正面入り口です。

この額そのものが不釣合いな上に、文字が重なって
書かれていて判読不明です。

この集落は『平安村』に属しているようです。

では、内部へ入りましょう。

中から入り口を見ています。龍が鴨居を巻いています。

《水牛の角》が柱の隅に乗っかっています。

この様に、水牛の角が・・・  最近、同じようなものを見ましたが何処だったかな?

《巴》のマークが彫られていましたが、何か意味があるのでしょうか・・・

鼓楼それ自体はなかなかのものです。

戯台(舞台)もありましたが、大型テレビが中央にでーんと鎮座ましておられましたのはご愛嬌でしょうか・・・

鼓楼を離れて集落の奥へと進みました。

足踏み臼で何やら作業中です。

直ぐに判りましたが、米粉を作っているよう
です。

原料は、生米なのか、一旦蒸して乾燥した
米なのかは判断が付きかねました。

次のスポットは古井戸です。
榕樹(=ガジュマル)井の名が付けられています。

《男井》(=左側)、《女井》(=右側)の二つのの井戸が仲良く並んでいます。
名の由来は判りませんでしたが、使用者の限定ではなさそうでした。

建物を見ながら寨の中をぶらぶらしました。

この細い川沿いの道が寨内のメインストリートです。ところが、ミニワゴンもバイクも見当たりませんね・・・

『占里旅游景点図』の中心部を拡大しました。
それに記載されている《風雨橋》は確認できませんでした。
もっとも、小さいながら建設中の橋が示されている地点と思える場所にあり、鉄筋が垂直に何本も出ているいることからすると、
鼓楼・戯台となると風雨橋がないのは片手落ちなので目下のところの整備中で、それも早々と書いてあるのでしょう。

小学校がありました。中国の田舎を廻っていて感心するのは、このように教育に対する政府の積極的取り組みです。

占里の探索は1時間余りで終えました。
ここから《岜扒》・《高増》と廻るべく、車かバイクを探しましたが、全くありません。
弱ったな、ミニワゴンを留めておくべきだったのかなと思ってみても後の祭りです。

丁度、集落の外れで屋根の葺き替えの共同作業が為されていました。最も若そうな男を捉まえて方向を訊ねました。勿論、最初に《車》の
有る無しを訊きましたが無いとの返事でした。《岜扒》へはせいぜい10kmもないだろうと思っていましたが、村人に訊ねると2時間との話な
ので、意を決して歩き始めました。12時20分過ぎのことでした。
ところが、ものの5分も歩かないうちに空模様が怪しくなり出しました。そして雨が降り始めました。

歩き出して直ぐに占里が一望できました。

多分、占里は、《四寨河口》廻りで10km+10km、《高増・岜扒》
廻りでも10km+10kmぐらいなのでしょう。

でも、もはや四寨河口へは戻りたくはありません。

先へと歩を進めました。

ところが、最初のうちは小雨だったのですがどんどん雨足が強くな
り始めました。

幸いにも通り掛かった所に小屋があり、そこで暫し雨宿りです。

ものの10分位で雨足が弱まりました。歩行再開です。

当初はよかったのですが、ゴロゴロと雷が聞こえ始めたと思うと、雨足が急に強くなり出し、その内に雷鳴が
大きく近付いてきました。雨はますます強くなりだしました。

道はというと四寨河口からの道と同じで、道幅は改修で広くなっているのですが完全無舗装です。赤土が剥きだしで、
所々に来る時にミニワゴンが嵌ったような泥濘もあります。その上、道路脇には葉が生い茂った高い木がありません。
つまり、樹下での雨宿りをすることができないのです。やっと乾燥が始まって手で泥を落とすことが可能になった衣服
もどんどん雨を吸い込みます。

更に雨が強くなったので、谷を少し降りた所に大きな葉の木を見つけたので滑落に細心の注意を払いながらそこへ
辿り着きました。

そこで真っ先にしたことは、手持ちのポリ袋をリュックから取り出して、携帯パソコンを雨から守ることでした。

ところが、頭上で稲妻と大音響の雷鳴です。それに《豪雨》。それが30分も続いたでしょうか・・・

結論です。
パソコンはポリ袋があったので大丈夫でした。
デジカメはケースのお陰で暫くの時間、ファインダーが曇る問題はあったもののなんとか機能しましたが、最終的に
液晶画面のくもりは未だに修復できていません。
衣類は目も当てられません。搾れば水が出てきます。俗に言う、シャツもパンツもぐしょぐしょです。
靴は中に水が充満していて、歩くとジャボ、ジャボと音がします。


雨宿りをしていても五十歩百歩です。その上、時間の問題もあります。小黄からの従江への戻りのバスは3時すぎに
《岜扒・高増》を通過する筈です。

雨が小降りになったのを見計らって崖をよじ登って元の道に出て歩き始めました。
ひとつだけの救いは、泥濘で動けなくなったミニワゴンで蒙った体、衣類、靴に付着した赤土のかなりの部分を
雨が洗い流してくれたことでしょうか。
(何故傘を携行せずに・・・とおもわれるかもしれませんが、それは少しでもリュックを軽くしたかったからだけです)

ところで、この道は歩き始めて直ぐに4WD車が占里方面から来ました。手を上げて停めようとしたのですが、停まって
くれませんでした。そしてほぼ4時間後に舗装道に出るまでは前からも後ろからも車は来ませんでした。
かなり小雨になった中を歩き続けて峠と思われるところへ出ると眼下にアスファルト舗装の道路が見えた時は本当に嬉しかった。
時間は既に4時になっていました。ということは雨中に約4時間居たことになります。それも傘を持たずに・・・

デジカメのケース越しに雨が浸み込み、画像が曇っています。

少し道を従江の方向に進むと、そこは《岜扒》でした。16:10でした。
ここも鼓楼が近づくに連れて見えていましたので、早速立寄りました。

立派な鼓楼です、塔屋を入れて17層もあります。

戯台(=舞台)も揃っていました。

従江へのバスは既に出ている筈です。
念のために訊ねましたが、もうないとのつれない返事。
そうなると、ミニワゴンのチャーター以外に手はありません。
一軒の民家の前にミニワゴンがあったので、近くに居た住民にいうと、その家の中へ入れとのこと。オッサンが寝ていました。
それを起こして従江まで行って欲しいというとしぶしぶ了解してくれました。

当然、このミニワゴンはルート的に《高増》を通過します。
目を凝らして見ていましたが、小さめの鼓楼が2,3基目に付いただけでした。

結論として、占里は正解でした。特に高増へ行く必要はないとさえ思っています。

従江へ戻ってきたのは午後5時過ぎでした。ミニワゴンを早速今朝チェックアウトした《現代商務酒店》へ着けて貰い、改めて
チェックインです。でも、オネエサンが私を覚えていてくれたので、再度のパスポートの提示は必要ありませんでした。

従江→占里 ミニワゴンチャーター 100元
占里→岜扒 徒歩
岜扒→従江 ミニワゴンチャーター 100元

ビール 10.5(3.5x3本)
タバコ 6(2個)
現代商務酒店 宿泊80元

《参考資料1》

私の中国での旅行の拠点は《広東省東莞市常平鎮》
です。

このバスの行き先、《樟木頭》は直ぐ隣の鎮で、頻発
しているバスで10分程度です。

ですから、この折り返しのバスに乗ると、乗り換えると
従江へダイレクトに入ることが可能です。

(これは私個人のデータですね)

独峒・平流・八協侗寨(広西)

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