その模様は、
   http://www.meitian.sakura.ne.jp/sub190.htm
をご覧下さい。 

この地域は2010年5月20日に訪れています。

2012年5月23日

《広西の独峒・平流・八協の侗寨を訪ねる》  
昨日の貴州省の占里侗寨は行きも帰りも大変な目に遭いました。何とか出発点の従江に戻ってこれてよかったというのが正直なところです。

早速、次の行き先を検討しました。

占里を訪ね、苦労して徒歩で岜扒へ出て、チャーターしたミニワゴンで高増を通過して従江へ戻ったので、岜扒と高増の間の集落の鼓楼も
見れたし、高増のそれも確認しました。更に高増から従江の間に2つ程鼓楼のある集落も通過しました。
いずれも単基であることから、わざわざ時間とお金を掛けて訪ねる必要はないと思いました。

従って、もはや今回は従江には用はありません。
日程に余裕があるので、《肇興》へ戻ろうかという考えがチラッと頭によぎったのですが、その誘惑を振り払い《三江》へ出ることにしました。

広西の三江へのバスは従江からはほぼ1時間に1本はあります。08:30のバスにしました。

バス站で切符を買い求め、バス溜りへ行くと08:00発の『小黄』行きの小型のバスが見えました。昨日もこのバスを見てから占里へ行った
のでした。このバスに乗ると、《小黄》や《黄崗》へ行けます。少し食指が動きましたが、後ろ髪を引かれながら今回は《小黄》や《黄崗》を断
ち切りました。なにしろ、昨年の7月には《黄崗》へ忘れられないいい旅をしたのですから・・・

5月13日(日)

明日の行き先の検討等でバス站でゆっくりしてからホテル探しを
始めました。

宿は河東汽車站周辺の方が多いので、『古宜大橋』を渡って河東
へ向かいました。

たまたまこの『古宜大橋』が改修工事中で、車両は通れずに囲い
をして歩行者だけが渡れるようになっていました。
三江へは記憶では3時間余りだったのですが、
その通りで、ほぼ12時頃に三江河西汽車站へ
到着しました。

途中、10時頃に肇興や地坪への分岐点である
《八洛》という所でバスが小休止したので、私も
下車して茶店で焼いた豚肉いりのおこわを買い
求めました。

5元と肇興の3元に比べると高かったのですが、
おこわの量はかなりありました。
数軒見て廻って、よさそうだなと感じた《福安源賓館》へ行くと、電脳房が100元とのこと。PCは持っているので《寛帯》だけでいいというと、
80元とのこと。決めようとすると5階という。エレベーターは?と訊くと、無いとの返事。これでは問題ありです。低層階は電脳房だから・・・
というので止めました。エレベーターなしで5階はかなり問題があります。


付近に以前泊まったことのある、『悦江賓館』が目に入りました。そこへ行くと、60元というのでそこに決めました。ここもエレベーターが
無かった記憶がありますが、最初は4階と言われたのですが、最終的に2階の部屋が貰えました。

三江の観光地図です。
(この地図は残念ながら市販されていません。バス站内や観光地で掲示されているもので、デジカメで撮るしか入手する方法がないのです。)

《古宜》とは三江の中心の町の名です。

2010年の5月に行ったのは、東北部です。
『岜团』と『華練』でした。その時は華練でデジカメが故障してしまって、他に目に入った鼓楼や風雨橋を断念した経緯が
あるので、今回はその雪辱と共に《踏破する》ことにしたのでした。

バス 従江→三江 32元
焼いた豚肉入りのおこわ 5元
乗合ミニワゴン 三江→火車站 5元 戻りも5元
りんご 3個 4.5元
ビール 3本 10.5元
水(大)     3元

悦江賓館  60元
ところで、三江には『三江县(三江県)』という鉄道の站があります。
街から少し離れているようですが、バス站の前には《火車站》と書いたプレートを掲げた三輪バイタクやミニワゴンを多く見掛た記憶があります。

侗寨の探訪は明日にしたので、きょうは鉄道の站へ行ってみることにしました。

河東汽車站前の三輪バイタクに《火車站》というと30元と言います。耳を疑いました。聞き間違いかと思い、3元?と言うと、30元です。
仕方なく、橋を徒歩で渡って河西汽車站の周辺へ行くと、《火車站》を掲げた乗合のミニワゴンがあったので声を掛けると、5元というので乗り込みました。

このミニワゴンは火車站というプレートを掲げていますが、火車站を経由して最終的に2010年の8月に訪れた鼓楼で名高い馬胖(MaPang)の手前の《八江》という所へ行くようです。

街を出て15分か20分位で、火車站だよと言われた所でおりました。
火車站のイメージがどこにもありません。すると、細い坂道があり、それを20m程上ったところに何やら建物がありそうです。
そこが、『三江县(三江県)』火車站でした。

実は火車站へ行ったのは、火車站探索以外にも大きな理由がありました。
もし、前売りの切符が買えれば戻りの切符を入手したいと思ったのでした。
その思惑は見事に外れてしまいました。何と、切符売り場が閉まっているのです。
案内を見ると、列車の運行に合わせて切符発売の窓口が開かれるのです。

仕方がありません。写真を数枚撮ってからスゴスゴと引き返しました。

三江の站は変わった造りになっています。坂道を上って站に辿り
着くことだけでなく、駅舎と站名の表示がないのです。
ではこれは?
これはプラットホームから撮ったもので、駅名も線路側に向いて
いるのです。

《きょうの出費》

5月14日(月)
4時起床。

2010年5月、丁度2年前に三江から北西方向の巴団(岜团)の探索に行ってます。
正確には、2010年5月20日でしたが、その模様は、《三江~巴団~花練~三江、そして柳州へ》
というタイトルでこのHPに載せてあります。
http://www.meitian.sakura.ne.jp/sub190.htm

その時は、デジカメの故障というトラブルがあったことから消化不足で終えました。

今回はそれの雪辱を兼ねて同じ方面へ行くことにしました。

ここ三江からは独峒行きのバスです。
バスは《河西汽車站》からの発車で、早い時間帯は、06:40、07:30で以降はほぼ30分~45分に1本はあります。
早く起きたので、始発の06:40に乗るべく6時前にホテルをチェックアウトして西站へ向かいました。
ところが雨模様です。一昨日の占里からの山中での大雨を思い起こしました。もう雨中の傘なしでの歩行は懲りているので、
西站前の開いていた商店で折り畳みの傘を買い求めました。
10元位を期待していたのに20元でした。
かなりの個数の小さな荷物と屋根上にはアヒルも積んで独峒行きのバスは定刻にバス站を発車しました。
途中も小雨ですが降り続いています。
窓の外は余り見えませんが、2年前に消化しきれなかった巴団(岜团)以外の鼓楼や風雨橋を見逃すまいと前方・左右に目を凝らしていました。
連続カーブの山道を1時間半余り走行して峠を越えた所で従江方面への分岐がありました。
その地点は《孟寨》という所でした。確か従江から独峒行きのバスが1日に2本あるように従江のバス站の時刻表に記載がありましたがその
バスはこのルートを走るのでしょうか・・・
《孟寨》を過ぎて更に下ると、鼓楼が見えた集落は《八協》でした。次に大きな鼓楼と複数の風雨橋が見えた寨は《平流》でした。続いて2年前に行った《巴団》を通過したと思うと直ぐに《独峒》に到着でした。

雨は降り続くだけでなく、どんどん強くなってきています。
当初はバスは独峒止まりですがその先に《高定》という侗寨があって美しいと三江の案内地図に書かれています。
そこへはバイタク(バイクのチャーター)以外の方法はないようですが、この雨ではとても無理です。
傘を仕入れていましたが、傘さえも心もとない程の雨です。仕方なく、バスを降りた所で雨宿りを強いられました。
朝から何も食べていなかったので、饅頭を蒸している屋台があったので、包子を2個買いました。
2個で1元でしたが、かなり不味かったものの何とか食べました。
30分以上も経ってようやく雨が小降りになったので独峒の探索に傘をさしながら歩き始めました。
独峒にも鼓楼がある、という断片的な情報があったのですが、少し歩いた限りでは目に入りません。
ただ、何かの社らしきものがありました。
まだ小雨は残っていましたが、《高定》行きは危険すぎるので諦めて、往路でチェックした《平流》へ行くことにしました。
乗ってきたバスの次に到着したバスに乗り込み、運転手に平流と書いた紙を示すと、頷いてくれました。

独峒から5分位で岜团、更に5分位走った所で降りろとの指示。バス賃は5元取られました。
三江から独峒の11元に比べると高いですね。3元が妥当でしょう。
往路で雨ながら《平流》を通過した時に村の名をメモに残すと共に、鼓楼があることを確認し、更に風雨橋が3つ位あったのを確認
しています。だから平流を探索したいと考えたのですが、降ろされた所は一昨年訪れた《華練》で、既に《華練培風橋》と、渡った所
の鼓楼はカメラに収めています。

《華練培風橋》は塔屋が三つあり、なかなか美しいバランスの取れと橋です。また、鼓楼は7層で、その前には戯台(舞台)もありました。

これらの詳細は上述の私のHPをご参照ください。

ともかく、華練は平流のひとつの部落なのでしょう。
戯台(舞台)の下では老人がゲームに興じていました。お金を賭けて勝負をしていましたが、見ると
小額で5角や1元の紙幣でしたからバクチというよりは時間潰しの遊びの意味が大きいと思いました。
それを小さな子供達が覗き込んでいました。
《平流》は結構細長い町でした。道路に戻り、華練を離れて三江の方向に少し歩きました。

へばり付くような川沿いの民家です。

平流・華練の鼓楼です。

左は上と同じ鼓楼です。

下は戯台(=舞台)です。

お札がむき出しです。でも、高額紙幣でなく、角(=元の下の単位で、10角=1元=約12円)ですから、
1角紙幣=約1円、5角紙幣=約6円です。

別の風雨橋が見え始めました。

塔屋が4つあるかなりの規模の橋でした。橋の名の表示はなかったようでした。
この橋もなかなか美しい姿をしていたのですが、隣接する鉄筋の建物が邪魔をして、工夫をしてもいいアングルの写真が撮れ
ませんでした。

道路に戻り少し歩くと殆ど読めなくなった案内板がありました。これでは案内板の役目を果たしていません。でも何とか読んでみました。
鼓楼と橋が描かれています。しかし、多く記されている鼓楼は、壊されてしまったのか、朽ち果てたのか、現存していません。

そこから20分ぐらい歩くと、塔屋は3基ながら少し規模の大きめの橋が見えてきました。
碑文からこの橋は『賜福橋』との名のようです。
なかなか重厚な趣のある風雨橋です。

この『賜福橋』の由来等を記してあると思われる石碑がありました。私には難解です。

確か鼓楼があった筈と賜福橋から10分足らず歩くと大きめの鼓楼が見えてきました。
鼓楼は川向こうにありました。そこへは正面から単純なコンクリート製の橋が架かっていました。
鼓楼は13層で規模の大きなものですが、何よりの特徴は《方形》ということです。

一般的に6角形が多いのですが、方形=四角形は数が多くありません。あっても小規模のものが殆どでこれ程のもので方形は初めてです。
この鼓楼には《守昌鼓楼》という銘板が掛かっていました。
コンクリート造りの橋を渡って少し上ってこの《守昌鼓楼》に来たのですが、そこでは近付き過ぎている為か遠望した時の特徴のある楼屋上部の
飾りが見ることができませんでした。
そこで橋を戻って元の道路側から望んで全景を捉えることができました。
鼓楼広場には小さめの戯台(舞台)がありましたが、お世辞にもいいものではありませんでした。
これで《平流》の風雨橋を3つと鼓楼を2基探査したことになりました。
次は、更に三江方向に進んで《八协=(八協)》を極めねばなりません。

コンクリートの橋を渡った所に在った小さな建物です。
何でしょうか・・・

《蘆笙》《芒筒》と呼ばれる民族楽器が無造作に放置されていました。

《守昌鼓楼》の内部です。

上部を見上げました。

10分弱歩くと《八协=(八協)》村に辿り着きました。
直ぐに、風雨橋が現れました。

交番のアルファベットによる『ふり仮名(?)』
がありますが、所謂ピンインとは違います。
これは侗族の言語でしょうか・・・

石の銘版を読むと橋の修復に関わった人の姓に《石》が多くあるのに
気が付きました。中国で初めて目にする姓でした。

橋の名は?  『巩福橋』のようです。
額の左端の文字は、下の字典の()内の旧字でしょう。

額の下の左右の縦長の文字です。

橋の名は『巩福橋』が正式でしょうが、今では『八協橋』が一般的
なのでしょう。(通称?)

橋の入り口で時間が掛ってしまいました。
次は内部です。

内部の写真は2枚だけでした。

改めて橋の全景の画像です。

なかなか見応えのある姿です。

この橋は塔屋が偶数の4基というところに特徴があります。
一般的に塔屋の数は、3や5の奇数が多いのですが、4つ
というのは珍しく、他では目にした記憶がありません。


でも、この橋も重厚な姿をしていました。

八協村にも鼓楼がある筈だと思いながら、道路に沿って
国道を歩いたのですが、発見できませんでした。
とうとう、村外れの小学校に来てしまいました。

丁度、学校が退けた時間らしく、低学年と思える児童が
校門の外に居ました。鼓楼が有るか無いかを訊いてみ
たくなったのですが、小さな子供だったので止めにしま
した。

でもずっと目を凝らしながら歩いてきましたから、多分、
無い、乃至は無くなったのでしょう。

風雨橋だけで十分ですね。

この行程は、《独峒》出発が10時半頃で、《平流》《八协=(八協)》
を見終わったのが12時半頃でした。

今回省いた巴団(岜团)を入れても3時間あれば十分でしょう。

八协=(八協)小学校は村の外れでした。

そこから、もしかして鼓楼や他の風雨橋があるかと思い、来たらバスかミニワゴンに乗ろうと時々振り向きながら三江方向に歩いた
のですが、30分歩いても鼓楼や風雨橋はなく、また、バスもミニワゴンもとおりませんでした。
どうして通らないのだろうと訝りながら上りの道をトボトボと歩を進めたのですが、40分位歩いた所で、鼓楼が2基と風雨橋がある
集落が右手の下の谷の奥に見えました。でもそこへ辿り着くには道が判らないし、疲労もあったのでカメラに収めるだけにしました。
その後、さらに15分程度歩いて従江方面への分岐があった《孟寨》の手前でやっとバスが
背後から来たので手を挙げて停めました。(13:20頃)
50分も歩いたことになります。

三江の河西汽車站へ戻ってきたのは14:45頃でした。
車掌の居ないバスで、運転手がお金を徴収しましたが、何と15元と言われました。
往路は独峒までで11元だったのに、と、一応文句を言いましたが、15元を譲りません。
不満ながら支払いました。切符もありませんから、多分に運転手の懐に入るのでしょう。
次の旅程を、もう1泊三江でするか、或いは次へ移動するか
を思案しました。

そして、よし、龍勝へ移動しよう!と決めて河東汽車站へ工
事中の橋を渡りました。

橋のたもとでトラックに積んできたバナナを売っていて、人だ
かりができているので、昼を全く食べていない私もバナナを
買いました。太い大きなバナナで5本で6元でした。
橋を渡りながら2本も食べて満腹になりました。

その後、河東汽車站へ着いて龍勝へのバスの切符を買いま
した。直ぐの15:30の発車で、龍勝への到着は思った通りの
午後5時頃でした。
ホテルはつい2ヶ月前に泊まって印象のよかった新バス站際の『万众便捷酒店』(《众》=衆)にしました。チェックインの前に、
新バス站構内のスーパーで、ビール3.5元と紹興酒8元、それにつまみとして袋入りの落花生4.7元と蚕豆(ソラマメ)4元を買
っていましたから、チェックイン後の外出はありませんでした。

ここでは紹興酒が入手できるのが気に入ってます。ビールに加えて紹興酒はさすがに1本は飲めません。
紹興酒の約半分は水のPETボトルに入れて残しておく積りです。
バス 三江→独峒 11元
    独峒→平流  5元
    孟寨→三江 15元
    三江→龍勝 18元

《きょうの出費》

5月15日(火)

龍勝の北の外れの《平等》というところへ行く積りでしたが窓の外は小雨模様。そちらへ行く気が滅入ってしまいました。

仕方なく、桂林へ出ることにしました。

09:50発の《直達バス》です。28元、水1本付き。確か2時間弱との記憶がありましたが、その通りで11時50分前には
桂林のバスターミナル
《琴譚汽車站》に到着しました。

戻りの切符を入手すべく、直ぐに91番のバス(2元)で桂林火車站へ行きました。

候補の列車は2本、
1.K38  18:18発、柳州始発広州行き(広州着05:49)
2.K950 21:18発、桂林始発深圳行き(深圳着10:35)

切符売り場の空席状況の表示板を眺めると、どちらの列車にもきょうの分
を含めて空席があります。二等寝台に相当する《硬卧》でさえもあります。
当初は、桂林で1泊して翌日か、翌々日の列車で戻ろうかな、と考えてい
たのですが、お金も勿体ないので思い切って今夜の深圳行きの切符を買
い求めました。
勿論、硬座で137元。

目的地を深圳にしたのは、到着後に一旦中国を出国して香港へ入って直ぐに
Uターンで中国に戻るということにしたからです。
実は来週も別の方面への旅を思案しているから、そうしないとビザなしの入国
日を含めて15日間の滞在の期間オーバー=オーバーステイになるからです。

それが1時過ぎのことで、夜の9時まで時間を持て余します。
そこで、桂林火車站近くの安宿をデイユーズすることにしました。
旅の記録を整理したかったからです。

安そうなホテルで、午後8時まで、というと20元というので、そこ
にしました。
ところが、それでもよかったのですが、もう少し上のクラスの部屋
を訊くと、40元とのこと。両方の部屋を見比べて、40元の方にし
ました。

安ホテルを午後7時前にチェックアウトして、桂林火車站へ向かいました。
真っ直ぐに歩くと5分も掛かりませんが、いつも立ち寄る近くの小ぎれいな
中華食堂『天朗朗』へ行き(sub41に写真あり)水餃子をビールと共に食べ
て(計15元)、その後、列車内での飲み物を買いました。

更に、好物の今年の初物の『茘枝』(1束8元)を買い求めました。
站に入場したのは7時半頃でした。

いつもは殺気立っている待合室も結構物静かでした。当日にその日の乗車券がすんなりと買え、更に
は真っ先に売り切れる《硬卧》に空きがあるということは矢張り5月はメーデーを中心とする労働節以降
は人々の移動のオフシーズンなのでしょう。

21:18の発車に対してホームへの入場が始まったのが午後9時前でした。
指定された車両に乗るのにも皆さん殺気立っていません。
私の座席は向かい合わせ3人ずつ6人のボックスの片方の3人掛けの真ん中の席で最悪の席でした。

発車の時点で、向かいが2人、こちらが3人の5人でしたが、発車後、その内の2人が空いている席に
移動したので、結局3人になりましたから、楽な夜行列車となりました。
全般を見渡すと50%少しの乗車率でしょうか・・・
列車はほぼ定刻の運行でした。

5月16日(水)


深圳へ着いてから計画通りに香港を往復して深圳へ戻ってきたのが11時半
過ぎ。

そこで、当初の考え通りに深圳火車站のビルの中にある『山小屋』という九州
筑豊ラーメン屋へ行き、久し振りにおいしいラーメンに舌鼓打ちました。

そして《ぶらぶらある記》の拠点の東莞市常平へ戻りました。


これで今回の旅はおしまいです。
K950
站次 站名 达时间 开车时间 时间 里程
1 桂林 21:18 0公里
2 全州 23:01 23:04 1小43分 123公里
3 0:02 0:05 2小44分 187公里
4 永州 0:46 0:50 3小28分 221公里
5 2:55 3:10 5小37分 362公里
6 关东 6:22 6:29 9小4分 662公里
7 广州 8:42 8:55 11小24分 883公里
8 深圳 10:35 点站 13小17分 1030公里

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今回雨の為に諦めたのは、『高定』という侗寨でした。
情報は非常に少ないのですが、《十大美麗郷村之一》と書かれていますので
次回の目的地にしたいと考えています。

月 日 (曜) 行   程 交   通 宿   泊 食 費、他
5月9日(水) 東莞站へ 公交バス 2 ビール(3缶) 27
東莞→ 鉄道 154 列車内 2
鉄道切符手数料 5
Mac(早餐) 6
5月10日(木) →靖州 トイレ 0.5
靖州汽車站へ 公交バス 1 煙草(2箱) 8
靖州→黎平 バス 25 ビール2本 6
黎平→肇興 バス 21 肇興 50
5月11日(金) 肇興→洛香 バス 5 肉入りおこわ 3
洛香→貫洞 バス 6 ビール2本 7
貫洞→従江 バス 11 従江 80
5月12日(土) 従江==占里 チャーターミニワゴン 100 ビール3本 10.5
占里==扒把 徒歩 煙草(2箱) 6
扒把==従江 チャーターミニワゴン 100 従江 80
5月13日(日) 従江→三江 バス 32 肉入りおこわ 5
乗合ミニワゴン 5 りんご(3個) 4.5
乗合ミニワゴン 5 ビール3本 10.5
三江 60 水(大) 3
5月14日(月) 三江→独 バス 11 包子(2個) 1
独峒→平流 バス 5 煙草(2箱) 8
平流→三江 バス 15 バナナ 6
三江→龙胜(龍勝) バス 18 龙胜(龍勝) 100 ビール 3.5
紹興酒 8
落花生 4.7
蚕豆(ソラマメ) 4
5月15日(火) (龍勝)→桂林 バス 28 煙草(2箱) 10
桂林火車站へ 公交バス 2 ホテル休憩 40 水餃子 10
夕食ビール(1本) 5
桂林→ 鉄道 137 列車内 缶ビール(2缶) 7
果物(茘枝) 8
5月16日(水) →深圳 鉄道
深圳→東莞 鉄道 45
常平から 公交バス 2
小計: 728 410 179.2
総合計: 1317.2

今回の旅の日程と所要経費の一覧

単位:人民元

占里侗寨と岜扒侗寨(貴州)

包子  2個 1元
タバコ 2箱 8元
バナナ 6元
ビール 3.5元
紹興酒 8元
落花生 4.7元
蚕豆   4元