ずっと霧雨が降ったり止んだり、夕刻から雲が取れ出す

2012年6月17日

<4>2012年6月7日(木) 湖南省通道の《芋頭古侗寨》探訪 

私は、『芋頭古侗寨』という名前自体、全く知りませんでした。

昨日、バス站裏の《華程大酒店》を下見に覗いた時に、きょうの行き先の
検討資料にと思い、フロントに置いてあった2種類の旅行社のパンフを頂
戴してきました。

そして、その中を見ていて、《芋頭古侗寨》というのが殆どのコースに含ま
れているのに気が付きました。

《芋頭》なんて初めて目にする村の名です。

きょうの目的地を『芋頭古侗寨』に決めました。

地図で見る限り、黄土(皇都)侗寨に近そう。記憶を頼りに黄土行き
のバス乗り場へ行くことにしました。

7時半過ぎにホテルをチェックアウトして、ホテルに荷物を預けてバス
站へ行くと矢張りここからは出ていない、ずっと向こうの方だと言われ
ました。

ということは2年前と同じで、自分のHPに書いた、『上寨』からのよう
です。

その方向へ行くであろうと思われる《3路》の公交バスに乗りました。
1元。

それらしき場所で下車すべく目を凝らしていましたが、それらしき場所
がなくて終点まで行ってしまいました。バスの運転手が何処へ?と訊
いてきたので、《黄土》と答えました。そして、上寨のバスの発着所と
も言ったのですが要領を得ません。そのうちに2、3人の乗客が乗って
きて運転手が私のことで色々と話しています。そして、『何処から来た
のか?』とのお決まりの質問。

私は正直に『日本人と』答えると、新しい乗客も交えて好意的なひと
騒動です。
この辺りという所で下車しました。
来る時のバスは上に上らずに左折して橋を渡ったのでした。

そこで上の方を見ると、観光客用の道案内の看板がありました。
  直進 芋頭古侗寨 10km
      皇都侗文化村 10km
  左折 桂林 171km
   他
というものでした。

ここだ!と思い、少し上りの直進方向へ進むと、見覚えのある景色
が現れました。

分岐点から2~3分です。
もう間違いありません。

そこには《黄土》行きの小型のバスが停まっていました。

バスの車掌に、《芋頭古侗寨》と書いた紙を示すと、これに乗れ、
ということでしたのでひと安心。

08:40頃にバスに乗り込みましたがなかなか発車しません。
ようやく09:00にスタートしましたが、それまでその付近を観察し
ていると私の記憶の大きな間違いに気付きました。
その場所を《上寨》とばかり思っていましたが、正しくは《寨上》で
した。
だから、色々と訊ねても適切なアドバイスが貰えなかったのです
ね。

コンクリート壁に、『黄土线』と無造作に書かれています。

さて、バスは舗装はされているものの川沿いの曲がり
くねった細い道を進んでいきました。

途中、鼓楼も顔を覗かせています。


15分程度走った所で、
  芋頭古侗寨 3.5km
  皇都侗文化村 4km
との案内板が見えました。

と思うと直ぐに降りろとの指示です。


降りた所はその分岐点でした。
かなり立派な新しい『紅香客運招呼站』というバスの
待合室がありました。

バスは直進で走り去りました。


そこでよくよく見ると、どうやら紅香・芋橋間は4.2km
で、最近道路の改修が完成したようです。


本道の反対側に小さな商店があったので、そこで芋頭
へのバスがあるかどうか訊いてみました。

別に驚きはしませんでしたが、無いとの答えでした。

こういう局面で、いつもするように芋橋方向に来るオートバイか車がないか待ってみましたが一台も現れません。

10分程度待って、よし!雨も降ってないし、4km程度なら歩こう、と決めて歩き始めました。

10分程度歩いたところで背後からオートバイが近付いてくるのに気が付きました。若者でしたが手を挙げて停めて芋橋へ便乗をお願い
すると快く応じてくれました。

そして09:45にはあっけなく芋橋に到着しました。

時間の経過は、

  09:00 黄土行きバス
  09:15 紅香着
  09:25 歩行開始
  09:35 バイク便乗
  09:45 芋橋到着


芋橋に到着してお礼をしようと小銭をさがし出すと、若者は要らないと言って直ぐに走り出しました。
ラッキーという気持よりも、正直、有難う・助かったという気持ちの方が大きかったです。

実は、《芋頭古侗寨》へ入るには門票(入場券)が要ります。40元でしたが、その価値はありました。

ゲートをくぐると直ぐに風雨橋が待っています。  (右の写真の右端にはゲートの端が写っています)

そして寨の中へと足を踏み入れると左手に池がありました。その池の中には模型の鼓楼が5基、緑の水草の上に立っていました。

面白い嗜好です。


芋頭寨が姿を現しています。

  手前に鼓楼の模型がある池。
  左手には最初の鼓楼。(後に『寨中鼓楼』という名と知りました)
  右手は寨の中へと続く道路、赤いトラックが停まっています。
  更に奥にも鼓楼が。(後に『芦笙鼓楼』という名と知りました)
  その手前の白い縁取りの屋根の建物が『芦笙鼓楼』の戯台です。

では、最初の鼓楼の探訪です。

説明の看板が立っていました。

 鼓楼の名は、『寨中鼓楼』。
 1800年創建、1972年改修再建

英語の解説も洗練されています。

次は奥に見えていた鼓楼です。

鼓楼へ行く前に、鼓楼の前の屋根が白く縁取りされている
建物から。

それは想像通りに、戯台=舞台でした。

戯台の正面に、重厚かつ素朴な造りの鼓楼がありました。
9層の鼓楼です。

《戯台の正面の姿です》

《こちらが正面?》

ニワトリも絵になります。

鼓楼の看板、《芦笙(鼓)楼》と読めました。

英語の説明部分の上の赤字は、『Lusheng Drum Tower』なのですが殆ど消えかかっています。

建築法の詳細が書かれていますが、理解力がありません。ただ、判ったのは、下方の柱で5層を支えている
ということだけでした。
辺りを見廻してもさすがに『古侗寨』という名が付いている筈で、無粋なレンガやコンクリート造りの
家屋がなく、土台も含めて木造の純侗族建築の家屋ばかりでした。

芦笙鼓楼の内部です。

どこの鼓楼でも同じですが、平常時に集っているのは
老人と幼児ばかりです。

手前の2本の柱の背後の4本の柱(1本は手前左の
柱の奥にあり、少しだけ顔を覗かせています)で5層
=5階までを支えているという驚異的建築術です。

よく観察していると屋根瓦のすぐ下、専門用語では何というのでしょうか、かまち?はふ? に横文字が見えました。
漢字をピンインで示しているらしいと思えるのですが・・・

TONG=侗だと思います。

YU TOU=芋頭に違いありません。

これは閉まってはいましたが、レストランでは
なく、土産物と民族衣装での写真撮影でした。

流れで芋を洗う侗族のバアサン。

芋洗いの現場から20m程先へ進むと、またまた面白い
物を発見しました。

この洒落っ気が気に入りました。

鼓楼と侗族伝統家屋が池の上に浮かんでいます。

これは高台から下を見下ろした時のものです。上の池ではありません。

木造3階建てのかなり大きな家屋です。その前の池にも鼓楼と家屋が浮かんでいます。

更に20m程進むと、『芋頭古侗寨』の案内看板がありました。

ここ芋頭は案内が至る所にあり、地区が狭くて家屋が
密集しているので迷うことはありません。

案内板左下の芋頭古侗寨の歴史を記した部分です。

次は、案内板の地図に従って《牙上鼓楼》を目指しました。

地図には、《芦笙楼》が左下に記されています。また、《示意図》とは
この地図のことです。その手前の《薩媽坛》(坛=壇)は後程見ます。
そして右端に《牙上鼓楼》が記されています。

《牙上鼓楼》は高さは低いものの崖の中腹にあり、急な石段を登っ
て辿り着きました。

鼓楼そのものは、太い丸太を柱に使った頑丈そうな造りでした。

どこでも同じですが、孫の面倒を見る年寄りが中で寛いでいました。

看板を読んでみました。
 創建:1789年
 改築:1800年
 補修:1881年
道理で良き古さが残っていました。

また、《牙上》とは、侗の言葉で、<Platform on the ridge>(ridge=尾根、山の背)を
意味するとのこと。

続いては、案内図の右下の部分です。牙上鼓楼から《龍氏鼓楼》《丁字門》《乾隆古井》へ向います。

途中で谷越しの高台に家並みが見えました。
純木造のいい眺めです。

10分も掛らずに古井戸が見つかりました。

1785年、清朝の乾隆年間の開鑿とのことで、
《乾隆古井》の名が付いています。

続いては《寨門》でした。他にこのような物がありませんでしたから、地図でいうところの《丁字門》だと理解しました。
その理解が正しいとして、『丁字』とはどういう意味なのでしょうか・・・

どうして《丁字門》という名なのか、中
国語の部分を漢字を拾いながら読ん
でも関連する文字がありません。

それでは、と思い、英語の部分(右に
拡大)を読んでも関連はありません。

色々と字典を引いたり、ネットで検索
しても一向に判りません。

(こんなことをしているからHPのUPに
時間が掛ってしまうのです)

この寨門へは道路からかなり急な石段を上っ
て辿り着きます。正面からはいいアングルの
全体像の写真が撮れないので、門をくぐって
更に続く石段の中腹からこれを撮りました。

そして最後に《龍氏鼓楼》と思える(?)鼓楼です。

実はあまり自信がないのです。

距離はそれ程ではなく、寨門の石段を更に登りきって
民家を抜けるようにして着きました。

何人にも訊ねて訊ねて辿り着いたのですが、不思議
なことに誰も明確な指示をしてくれません。

その上、この建物は外見が所謂鼓楼らしくありません。
また、《銘》がありません。

写真に写っているオネエサン、否オカアサンにも訊ね
ましたが、明確な答えは得られませんでした。

この二人の子持ちのオカアサン、20代の前半ぐらいだと思います。

石畳の古道がありました。

最後の鼓楼は小高い丘の中腹にありました。

親子と暫く遊んでから下の道に戻りました。その
戻り着くすぐ手前にこういう石畳の古道があり、
説明看板が掛っていました。

そろそろ、芋頭も終わりに近付いてきました。
  《薩媽坛》(坛=壇)は後程見ます
と予告した《薩媽坛》へ行きましょう。

← 期待しないで下さい。

信仰心のない私には全くといっていい程、意味不明です。

何かの社でしょうか?

でも赤い布に《達磨》という文字が見えますから、仏教に
関連しているのでしょう。

実は、冒頭に示した入場券、門票は帰り間際に買ったものでした。
来た時は朝も早かったのでゲートは出入り自由な状況になっていました。だから門票は不要との認識でいたのですが、矢張り必要で、
出る時に買ったのでした。

来た時と同じように、歩いて《紅香》へ出て、バスに乗るとの思いで歩いてゲートを抜けようとすると係員と警官に呼び止められ
て門票を買うようと言われました。
そして事務所の中へ呼び込まれて二人から色々と質問攻めにあいました。決して不審者尋問ではなく、好意的なもので、変な
オッサンに興味を持ったのでしょう。日本人と名乗ると更に彼らの興味は大きくなったようです。

お茶を出され、そのうちに、前を饅頭売りが通ると私の為に買ってくれたりもしました。当然、断ったのですが強引で・・・ 
美味しくもない具が何も入っていない大き目の饅頭(多分、1元でしょう)をご好意ですから多少無理をして食べました。

そして、いよいよ出ようとすると、一寸待っておけと言われ、たまたま帰ろうとしている車を停めて便乗の世話までしてくれました。
乗用車の連中は警官に便乗を強要されたわけで、断るに断れなかったのでしょう。


入る時に門票を買っていると裏面の地図があるので便利だったのですが・・・

《芋頭古侗寨》は如何でしたか?
期せずして本道から分岐の紅香から芋頭への往復が無料で便乗させてもらったというオマケ付きでした。

私的結論:
  面白い。是非お勧めします。交通は通道からのタクシーかミニワゴンのチャーターが便利でしょう
  が、最悪4kmの徒歩を厭わなければ寨上からのバスのご利用をお勧めします。

きょうは通道でもう1泊して体を休めることとしてホテルを探しました。
昨日のホテルも70元で悪くはなかったのですが、窓からが隣接する
建物の裏と接近しているのが少し気になったのでホテルを変えること
にしました。

一軒目の比較的新しそうな『芷軒賓館』が68元というので、すんなり
とそこにしました。

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<付録>2012年6月8日(金)/2012年6月9日(土)  

結局、6月5日は独峒・高定、6月6日は坪陽、6月7日は芋頭と廻り、充実した余韻に浸っております。
省で言えば、広西と湖南で、貴州へは入りませんでした。まだ数ヶ所貴州省で行きたい所が残ったのですが、それを7月に残しておくことにして、
出発点の広東省東莞市へ戻ることにしました。

来る時に乗ってきた列車の折り返しに乗れば戻れる筈と愛用している中国の鉄道ダイヤ検索サイトで調べると、通道火車站発13:17のK585
がそれに当たることが判りました。

ともかく、通道の火車站へ行くことが先決です。
ところが、通道の鉄道站が何処にあるのかが解りません。一般的に鉄道站は市街地から離れていることが多いのですが、市内を鉄道の路線が
走っていたり、公交バスの《火車站》行きや経由があり、知らなくても容易に1元~2元で辿り着けます。ところが、通道ではそのような表示を見
かけたことがありません。では鉄道の利用者はどうしているのでしょうか?疑問です。

午後1時過ぎの発車だから、10時過ぎには火車站に着きたいと考えていましたが、落ち着いていることが出来ずにホテルを7時半過ぎにはチェッ
クアウトしてバス站に立っていました。

バス発車時刻表には《火車站》という行き先はありませんが、切符発売の窓口で《火車站》と告げると切符が出てきたではないですか。勿論、言わ
ずもがなですが、10元との引き換えですが・・・

手に入れた切符には、《県渓》と印字されています。窓口のオネエサンが間違えたのかもしれないと思い、火車站だ、切符を戻そうとすると、それで
いいんだと言われてしまいました。そうか、火車站は県渓の手前にあるんだ、と妙に納得しました。

バス站の乗車口に行き、切符を見せると、あのバスと指し示されました。そのバスには行き先の県渓の横に小さく《火車站》とも記されていました。
もう間違いはありません、これで確実に火車站へ行けるんだと安堵しました。

バスは発車しましたが、火車站を通過されると困るので車掌のオネエサンにしつこく火車站、火車站と繰り返しました。

バスは1時間程度走って県渓の町の中心へ入ってきました。
しかし、火車站は通過しませんでした。

乗客は三々五々降りて、とうとう私を含めて二人になってし
まいました。
そして、とうとう降りるようにとの指示です。

火車站でないのに、と思いながら渋々降りました。
すると、そこは『県渓車站』でした。

あれだけしつこく、火車站、火車站と言っていたのに、不信感
を募らせて、車掌に、火車站は?と訊くと、100m程先を指差
されました。
何と、100m程先に火車站が見えていました。

計画よりも大幅に早く、9時10分には火車站に到着しました。

県渓=火車站だったのです。

ところが、切符発売の窓口は11時にしか開きません。
まだ2時間も時間があります。

でも、待つしかありません。

11:15になってやっと窓口がオープンしました。

思ったより、あっさりと何の問題もなくきょうの切符が手に
入りました。これも閑散期だったかもしれません。

この地図をご覧下さい。
『通道火車站』と記さずに『県渓火車站』と書いてあります。

『牙屯堡』も通道だし、距離的に中心に近いのでここの住民
にとっては、記載が『県渓火車站』の方がいいのかも知れま
せん。

《薩媽坛》から芦笙鼓楼の方へと歩いていきました。

ここで初めて村の住人以外の外来者に出会いました。

女性を含む3人連れで、どうやら旅行社の業界関係者
のようで、ツアーコースか何かの下見と見受けられまし
た。このようにして、芋頭も世に紹介されていくのでしょ
うと思いました。

彼らはこの小さな坂道を上っていきましたが、その先を
鋭角に左へ細い急坂を上ると牙上鼓楼に出るのを私は
もう知っています。

《6月7日の出費》
   公交バス 1元
   バス 紅香へ 2.5元
   門票 40元
   バス 紅香から 2.5元
   公交バス 1元
   煙草 6元(2ヶ)
   ビール 12元(4元x3本、1元はビンの保証金)

このホテルも通道バス站から至近でした。
下は、私が泊まった部屋からバス站を望んだものです。
遠望なので不鮮明ですが、塔屋には、『通道汽車站』
と縦書きされています。

小さな小さな問題がありました。

ビールは1本3元か3.5元なのですが、ホテルの横の店で買ったのですが4元でした。
怪訝な顔をすると、1元が瓶の保証金で瓶を返せば1元戻すというのです。それは合理
的と納得しました。

翌朝、ホテルをチェックアウトする時に、店がたまたまホテルの隣だったので空瓶を持っ
て出ました。そして店に行き空瓶を差し出したのですが、王冠がないとの理由で返金を
拒否されました。お金の問題でなく納得できません。そんなのあり?ということです。

でも、ここは中国、何があるか判りません。

上の大きな表の抜粋です。

広州と東莞はいつも55元
支払って和諧号に乗って
いるのですが、遠距離を
買うと差は僅かの11元と
いうことを知りしりました。

難なくラッキーにも当日で当日の切符が入手できました。
こんなことは閑散期しかないでしょう。

当初は、もし当日の切符が満席で入手できなかった場合は、
最も早い日の切符を買って、数日先なら行き場所を検討しよ
う。もし、翌日の切符ならばここで一泊して写真等の整理をし
ようと考えていました。

県渓にある通道の火車站周辺には招待所は数多くあります
が、まともな宿泊施設があるかどうか探してみました。

その結果、火車站と汽車站の100m程度の道路の中間辺り
に一軒だけありました。

今後の参考までの資料としてカメラに収めました。

いよいよ改札が始まりました。心躍る瞬間です。

列車が入線してきました、定刻です。

私の座席は4号車でした。

K585 快速
全程 2356公里 全程 36小39分
成都 点站 深圳西
发时 19:19 7:58
站次 站名 达时间 开车时间 时间 里程
1 成都 19:19 0公里
2 遂宁 21:10 21:31 1小51分 148公里
3 潼南 23:14 23:16 3小55分 200公里
4 合川 23:49 23:51 4小30分 249公里
5 0:28 0:45 5小9分 315公里
6 涪陵 1:48 1:51 6小29分 415公里
7 黔江 4:35 4:47 9小16分 595公里
8 秀山 6:35 6:40 11小16分 721公里
9 孟溪 7:08 7:16 11小49分 767公里
10 8:30 8:33 13小11分 824公里
11 怀化 10:00 10:18 14小41分 917公里
12 靖州 12:34 12:38 17小15分 1046公里
13 通道 13:11 13:17 17小52分 1077公里
14 牙屯堡 13:46 13:50 18小27分 1100公里
15 三江 14:21 14:24 19小2分 1137公里
16 融安 15:24 15:30 20小5分 1217公里
17 柳州 17:31 17:41 22小12分 1370公里
18 18:26 18:30 23小7分 1440公里
19 19:55 19:59 24小36分 1559公里
20 玉林 21:07 21:15 25小48分 1648公里
21 茂名 23:35 23:48 28小16分 1823公里
22 3:46 3:50 32小27分 2085公里
23 佛山 4:59 5:01 33小40分 2172公里
24 广州 5:35 5:47 34小16分 2202公里
25 6:39 6:41 35小20分 2284公里
26 深圳西 7:58 点站 36小39分 2356公里

『牙屯堡』で停車しました。機会があれば訪れたい・・・

朝です。『広州東』站へ到着。ほぼ定刻です。

そして下車予定站の『東莞』站に着きました。

定刻より若干の遅れですが許容範囲内です。

東莞火車站ではやるべきことがありました。
それは買っていた切符の払い戻しです。

ところが、東莞火車站の切符の窓口は8時からしか開きませ
ん。

到着したのが7時前でしたから、1時間少し時間があります。


それには、格好の場所がありました。
駅舎の端にあるMacです。
いつも通りに6元の朝のサービスセットを食べて時間を待ちま
した。

ここはネットも無料で利用できるので重宝します。

もとの切符は、旅の初日6月4日に東莞站で買っておいた懐化から深圳の188元の切符です。
これの払い戻しですが、5%の払い戻し手数料だけで済みます。

窓口で切符を差し出して払い戻し(=退票)を請求すると188ー9=179元が戻されました。

但し、この切符を買う際に
支払った他駅分の切符の
発行手数料5元は当然な
がら払い損で戻りません。

月 日 (曜) 行   程 交   通 宿   泊 食 費、他
6月4日(月) 東莞→ 鉄道 154 ビール(3缶) 10.5
列車内 - 花生 2.5
Mac(早餐) 6
6月5日(火)   →三江県 煙草(2箱) 6
三江汽車西站へ 乗合ミニワゴン 10 ビール2本 7
三江→独峒 バス 11
高定往復 バイタクチャーター 40
独峒→三江 バス 15 三江 60
6月6日(水) 三江→通道(分岐) バス 26 ビール2本 7
分岐→通道 バス 2 バナナ 3.2
通道→坪陽 バス 7 煙草(2箱) 4
坪陽→通道 バス 7 通道 70 荷物預け 2
通道→寨上 公交バス 1 煙草(2箱) 6
6月7日(木) 寨上→紅香 バス 2.5 ビール3本 12
紅香==芋頭==紅香 往復とも便乗 0 門票 40
紅香→寨上 バス 2.5
寨上→通道 公交バス 1 通道 68
6月8日(金) 通道→県渓 バス 10 缶ビール(3缶) 9
落花生 4
煙草(3箱) 9
通道→ 鉄道 154 列車内 - 肉まん(2ヶ) 1
6月9日(土)  →東莞 Mac(早餐) 6
常平から 公交バス 2 切符払戻料、他 14
小計: 445 198 149.2
総合計: 792.2

《恒例の今回の出費一覧表です》

単位:人民元(1元=約12.5円)

      但し、日本・広州//香港・日本は含まず   

この文字、异=異は知りませんでした。