《四川省丹巴のチベット族の集落を訪ねる》 2013年6月


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左上の赤のサークルで囲んだ所が『丹巴』です。
右下の赤のサークルが狭軌の蒸気機関車の走る『犍为』です。
更に中央辺りの青でマークした所は2013年4月20日に発生した地震の場所です。

さて次は何処へ行こうか・・・と思案している時に、四川省の『丹巴』という所は面白いよ、というアドバイスがネット上での友人から写真
付きで届きました。初めて目にする奇妙な建物が写真に写っていました。侗族の鼓楼と風雨橋巡りをほヾ成し遂げた感があっただけに
強く興味を惹かれました。事前にネットで若干調べました。私の趣味にマッチして面白そうです。

そしていよいよ2013年の5月末から6月の初めに『丹巴』行きを実行することにしました。

1.丹巴への途

今年の3月に狭軌を走る蒸気機関車を求めて四川省へ行ってきましたが、列車の中で2泊も強いられて成都は遠かったという印象
がまだ強く残っているので、今回は奮発して飛行機にしました。

事前に変更不可のチケットを購入すると正規運賃の半額程度で済みますが矢張り鉄道に比べると高いものです。

最初の行程は先ず四川省の省都である成都へ飛びました。
09:00広州空港発の南方航空機で、定刻に広州空港を離陸して成都到着も定刻の12:10でした。

丹巴へのバスは『茶店子』いうバスターミナルからの発車で早朝の06:30発という情報です。
さんざん調べたのですが『茶店子』の場所が判りません。仕方なく先ずは空港バスで成都の中心部へ出ました。

そしてバイタク(バイクタクシー)で『茶店子バス站』へ移動しました。ともかく、翌朝の06:30という時刻ですから茶店子へ移動して
おかねばなりません。ホテルはそこで探すことにしました。

バイタクで茶店子のバス站に着きました。結構乗りごたえがあり、50元要求されました。

バス站内に入り丹巴へのバスをチェックしましたが得た情報通りに早朝06:30と06:35の2本です。
それを確認した後、案内所でホテルを訊ねると、スグソコと言われました。バス站内にその名も『車站住宿』という名の簡易宿舎
のようです。外人は大丈夫かなという不安があったのですが、問題なくチェックインできました。ただ、窓なしのネットなしの小さ
な部屋で130元も取られる全くもって不本意なホテルでしたが、その後に調べてもバス站近辺にはまともなホテルはありません
でした。

することがないのでバス站の付近をぶらぶらすると
何と地下鉄の駅がありました。その名も『茶店子客
運站』です。事前に調べても判りませんでした。

茶店子バス站も新しく、また、地下鉄の開業も最近の
ように思えました。

茶店子バス站の案内パンフレットがありました
のでご覧にいれます。

路線バスとしては成都から西方面と北西方面の
バスを扱っているようです。

また、著名な観光地への定期観光バスも個人客
を対象に運行されているようです。

地下鉄の路線図です。

茶店子バス站に掲げられていた概念地図です。
早朝の撮影のため、光量不足で不鮮明ですがご容赦下さい。

翌日の5月31日の早朝にバスに乗車しました。

乗車券は昨夜のうちに求めました。次発の06:35発でした。

丹巴(Danba)は四川省西部の甘孜藏族(ganzi zangzu)自治州にあり、四川省省都の成都市からは350キロ離れています。

丹巴の海抜は約1800m(因みに成都の海抜は500m)。

成都から丹巴へのルート(泸定=濾定)
  1.成都~都江堰~臥龍~四姑娘山~小金~丹巴 約350km
  2.成都~雅安~二郎山トンネル~泸定~瓦斯溝~丹巴 約400km
  3.成都~綿陽~九寨溝~黄龍~馬尓康~金川~丹巴 約580km
  4.成都~雅安碧峰峡~二郎山トンネル~泸定海螺溝~康定~新都橋~塔公~八美~丹巴 約520km

また、本年2013年5月20日に発生した地震の被害の中心は四川省雅安市蘆山県。

今回のバスルートは、2で約400kmの走行でした。    

丹巴(Danba)へのバスは茶店子バス站発が06:30と06:35の1日に2本です。
5分後に2本目が???大きな疑問でした。仮に1本目が6時で2本目が10時なら複数便の意味があるのですが、5分後では乗客の
都合を考慮してということはなさそうです。

その疑問は暫くして解消しました。
私の乗ったバスは次発の06:35でした。茶店子を06:30の先発が出発した後に定刻通りに6:35にスタートしたものの、途中でバス
はダンゴになり、まるで2輌連結の列車のようになって結局丹巴まで走行しました。2台のバスは殆ど満席でしたから1台では不足なの
で当初から2台で運行することになっていて、それを5分の時差で表示してあるのでしょう。同時刻発で1号車・2号車と表示してあるの
と同じです。

バスは4、5時間高速道を走行し、地震のあった雅安を過ぎて泸定(=濾定)を午後1時頃に通過して、そこからは簡易舗装道のかなり
険しい山岳道路に入りました。簡易舗装といっても名ばかりで、舗装の剥げている箇所が多く、大きな凹みのある対向車との行き違い
にも窮する道で中型のバスは上下に大きく揺れ動きました。   

当初は9時間位で到着と思っていたのですが、泸定(=濾定)の
先で早朝に丹巴を出発したであろうと思われるバスに遭遇した
のが12:30頃でしたから頭の中で到着時刻を18:30頃に修正
しました。何と12時間の走行ということになります。



   午後6時前にバスの車窓の右手に写真で慣れ親しんで目に
   焼き付いている天にそびえ立つ碉楼が見え出しました。
   こうなれば丹巴はもう少しの筈です。

バスが丹巴の集落に入ったのは18:15でした。何と11時間と40分かかったことになります。

到着前に宿をどうするかと思案していたら、バスの中で或るオッサンから、私の予約しているホテルへ来る?という誘い
があったので、人の良さそうなオッサンだし小さな集落なので安全だろうと思い誘いに乗ることにしました。

オッサンと一緒にチェックインしたホテルです。『美人谷賓館』で100元で、まあまあでした。結局3泊しました。

ホテルの斜め向かいに役所が設置した観光用の地図がありました。

地名が書かれているだけで面白味のない地図でしたが、多少は役
にたちました。

2.梭坡(SuoPo)に碉楼を訪ねて

梭坡(SuoPo)

碉楼とは?

丹巴は碉楼が最も密集している県であり、『千碉乃郷』の称がある。
碉楼は木組みに石を組み合わせた建物で、戦いの際に立てこもるために建てられた。
高さは16層や17層ほどあり上に行くほど細くなり、壁には外が狭く中へ行くほど広くなった窓が穿たれている。
こうした窓は、外からは侵入しにくく、中から外の様子を見張って矢を放ちやすいようにできている。
現存最古の碉楼は2000年前のものであるが、清の乾隆帝が大金川・小金川を平定したころに多くが建てられた。
丹巴には現在562の石碉楼が残り、なかでは梭坡の碉楼群(84座)、中路の碉楼群(21座)、浦角頂の碉楼群(29座)の3ヶ所が多い。



梭坡の碉楼の数は多く、さまざまな形の碉楼で有名です。
全84棟もあり、碉楼の博物館、又は、中国語の意味で『千碉乃郷』ともいえます。
四角形の碉楼だけではなく、五角形、八角形、十二角形、十三角形もあります。
それらの碉楼は川の岸に沿って建てられている為、一続きに連なり、壮観的な碉楼群は、数百年経っても巍然と聳えたっています。
碉楼の下に立つと、一瞬ぼんやりし、まるで歴史のトンネルにいるようです。



丹巴に現存している碉楼は、主に見張り台、狼煙(のろし)台、要塞、避難所の4つの用途で建てられたものだそうである。
碉楼は国内外の観光客から『東方のピラミッド』と呼ばれているとのこと。    

碉楼とは・・・
  世界遺産に登録された広東省開平の碉楼群が名高いのですが、碉が日本語にはないので往々にして碉楼が望楼と
  表記されますが、私はこれは正しくないと常々思っています。
  開平の英語の解説では、Watch Towerとなっており、《望楼》ではWatchの意味がありません。
  トーチカとも書き換えられますが、トーチカ=円形・方形などの鉄筋コンクリート製で機関銃・火砲などを備えた堅固な
  防御陣地であり相対的に高さの低いものです。この地の碉楼は高さのあるものですから、英語のWatch Towerが最も
  適切に思えます。

早速、翌日の6月1日に梭坡(SuoPo)へ行きました。

ホテルで訊くと、川沿いの道を約4km程戻った所とのこと。
徒歩で行けないこともないのですが、車を傭車しました。
往復で50元というのですが、トンボ帰りでは面白くないの
で片道にすると30元とのこと。

ともかく、片道で向かいました。

これらの写真は展望台からで川を挟んで対岸を望んだものです。
何度も写真で親しんだ碉楼群を実際に目にして興奮して長く佇んでいました。
(ドライバーは往復にして貰いたく、暫く待っていましたが、私が動かないし車で戻る気配がないので諦めて帰っていきました。)

梭坡の碉楼に関するネットから集めた情報です。

車を降りたのは梭坡の集落の対岸にある展望台でした。
当初は集落の近くまで送ってもらい、その後徒歩で碉楼巡りと考
えていたのですが、対岸から集落へ入るには吊り橋しかなく、
乗用車では近付けません。

これでは高所恐怖症の人は渡れないですね。

吊り橋を渡り対岸を望んでみました。

川は水量が多く、流れも速くて《激流》に近いほどです。

吊り橋を渡った所から梭坡の集落へは1km少しでした。車が1台なら通行可能な新しく舗装されたであろう道路が整備されていました。
ところが、その新しい道路は途中で崩れ落ちていました。耕運機なら何とか通行できそうですが乗用車は通行不能です。ということは
徒歩以外に通行手段はありません。

ようやく集落に到着しました。茶店風の商店がありましたが、門票は要らないようです。

茶店を過ぎて集落内部への登り口には石碑がありました。

急な坂道をどんどん登っていきました。
典型的であろうチベット族の住居とそれに隣接する碉楼が目の前に出現してきました。

そうすると、ひとりの若者が声を掛けてきました。

英語で話し掛けられて驚きました。
完璧ではないものの十分にコミュニケーションは可能でした。

曰く、俺の住まいなんだけど、中を案内する、というのです。
そして、ガイド料は20元とのこと。心強いのでお願いするこ
とにしました。

彼が自分の家というところの家はかなり古い家でした。
家は斜面に階段状に建っていて、各層の屋上がベランダ状になっています。

彼の家の周囲には自身のを含めて碉楼が4塔程度望めました。

屋上に立つと下から突き出ている柱(?)の上部に正体不明の白い石が乗せられています。何かのまじない??

こういうものです。
機能を持っているとは考えられません。

碉楼の内部に入りました。
かなり狭いという印象を受けました。頂からは空が望めます。

内部には居住スペースはなく、単なる敵を攻撃する機能と
篭城する目的を持っているようでした。

ベランダから下を覗くと、そこは豚の飼育場にもなっていました。

或る部屋の壁面にはこういうものが描かれていました。チベット仏教というものがありますから、彼に、
仏陀?と尋ねると、そうだ、とのことでした。

この地区にあったチベット様式の家屋です。

案内人の彼の直ぐ下の家です。牛・馬・豚と同居のようでした。

これらの家屋はなかなか美麗でした。改修されたり、壁を塗り替えたりしています。

十分に堪能しましたので元の地点に戻り、乗り合いの車を拾って丹巴に戻りました。

そして食堂へ入り昼食です。野菜+豚肉で19元(ビールなし)は高めですね。

3.美女を探して町歩き

民族名 チベット族 藏 zàng
人口 約460万人
居住地域 チベット自治区、青海省の海北、黄南、海南、果洛、玉樹などいくつかのチベット族自治州と海西モンゴル族チベット族自
治州、甘粛省甘南チベット族自治州と天祝チベット族自治県、四川省の阿坝・甘孜自治州、及び木里チベット族自治県、雲南省の迪
慶チベット族自治州に居住。
言語 漢語・チベット語系のチベット・ミャンマー語族チベット語分支に属するチベット語を使用。ウーツァン(衛蔵)、カム(康)、アムド
(安多)の3種の主要な方言がある。

チベット族が信仰するチベット仏教(ラマ教)は、仏教が7世紀にチベットに伝えられたあと、もともとあった土着のシャーマニズム的な要
素を持つボン教との融合を経てしだいに形成された、独自の地方色を持つ大乗仏教である。

チベット族の文字は少数民族のなかでも歴史が古く、7世紀以前にすでに簡単な文字を持っていた。7世紀にソンツェン・カンポが吐
蕃王国を築いたあと、諸国の文字について考察を行うため大臣をインドヘ派遣し、帰国後サンスクリット文字(グプタ文字)の字体をも
とに古チベット文字の規範改革を進め、現在使われている横書きの表音チベット文字を制定した。チベット文字制定の初期は、仏教
の経典の翻訳を主としていたが、のちに宗教哲学、文学、芸術、天文暦算、医薬、工芸など、各種の学問を含む大量の著作を記述する
までに発展した。


民族名 チャン族羌 qiāng
人口 19万8252人。チベット系。
居住地域 主に四川省阿藏族羌族自治州茂汶羌族自治県に居住している。汶川、理県、黑水、松潘及び甘孜藏族自治州の丹巴、
錦陽市の北川等に分布している。
言語 漢・チベット語系チベット・ミャンマー語族羌語派に属する羌語を使用。南、北の2種類の方言がある。自民族の文字はない。

チベットの文化に触れる、民族に触れるのは全く初めてでした。
今回、丹巴を訪れて驚いたのはチベット族が男女とも体格がよいということでした。
それで、梭坡の碉楼巡りから町へ戻ってから町歩きをしながら美女を探しました。

チベット族の女性はその身に着けている民族衣装で直ぐに判別できます。

でも、なかなか美女に出会えません。

この集団の中に居そうな気配(?)

バスの発着所付近でやっと出会えました。細身で長身、八頭身の美女です。

4.世界で最も美しい村といわれる甲居(JiaJu)蔵寨を訪ねる

6月2日、世界で最も美しいと評される甲居蔵寨を訪ねました。
タクシーで40元、ゲートを抜けてかなり高台まで案内されましたから40元に不満はありませんでした。

門票(入場料)は30元でしたが、不満はありませんでした。

甲居藏寨(甲居[地名]=Jia Ju、藏=チベット、寨=村・集落)は
中国の最も美しい6古鎮のトップ(中国最美的六大郷村古鎮之首)
で、『一幅活生生的童話世界』(一幅の生きている童話の世界)を
見せてくれます、と右の文章には書かれています。


車を降ろされたのは3人の美女(?)の銅像の在る展望台でした。

そこからの眺めは正に素晴らしいもので、家々がまるで童話の世界のように眼下に広がっていました。

タクシーはいい場所で降ろしてくれました。

3美女の銅像の展望台は高台にあり、そこからぶらぶらと巡回道路を下るだけで村を見ることができました。

まず、目に入ったのはユースホステルでした。ピークシーズンではなかったからでしょうか、宿泊客は居ないようでした。
(門柱になっている碉楼は単なる飾りの目的でしょう)

時間の経過と少しのアングルの違いで目の前には別の童話の世界が広がっていました。

稔った穂を背にした当地の老農婦がひと休みしていました。訊くと、小麦とのこと。下には稔った小麦畑が広がっていました。

次は、よく見ると民宿でした。奥の母屋が民宿で、門を潜って階段を昇ると辿り着けるようです。

ここからは、家屋を個別に見ていきましょう。

中国の煉瓦を多用した一般的な民居とは全く趣の異なる装飾性豊かな建物ばかりです。
これが散居していて、集合して『童話世界』といわれる景観を作り出しているのでしょう。

最後に、寨内にあった詳細な地区の地図を掲げておきます。歩いたのはほんの一部分ですが、どこも殆ど変わらないので全ての小路
を歩く必要はないでしょう。

丹巴への戻りはゲートから折りよく降りてきた乗り合いの車に乗りました。10元。

丹巴に戻ってから昼食に水餃子を
いただきました。8元。

5.美人谷

美人谷 (解説より)

丹巴の北30kmの巴底の南数キロから西側に入った谷です。
チベット美人の産地として「美人谷」としてよく知られています。
チベット村も峡谷に点在し、非常に綺麗に見えます。
伝統的な祭日や盛大な祝日の日は丹巴美人が見れる時期です。
丹巴各地からの美女が「美人谷」に集まり、歌ったり、踊ったりしますが、そんな彼女たちの姿は、自然の景観よりも
美しいともいわれています。
とはいうものの、丹巴チベット美人の「美しさの基準」はここに来なければ実感出来ません。
史書には、西夏(1038年~1227年)王朝が滅んだ後、皇室の妃たちが遥か遠くの寧夏からこの地に逃れ、この地
に移り住んだという記載があります。

では美人谷の美女をご紹介します。

《タネあかし》

  当初のどうしても行きたい箇所として、美人谷も
  ありました。
  ところが、現地で色々と調べてみると、美女が
  集結するのは、何かの行事のあるときで、今回
  の私の滞在日程にはありません。
  そこで現地へ行くのを止めました。

  では、この多くの写真は?

  実は、丹巴観光案内の公式のHPから借用した
  ものです。

6.成都へ戻り、広州へ

今回は広州・成都の往復を飛行機にして事前に前売りの変更不能の割引往復航空券をを買っていました。
情報が少なく、丹巴巡りに何日見ておけばよいか判らないので、
  広州→成都 5月30日
  成都→広州 6月8日
と、十分に余裕を持って予定を組みました。

碉楼巡りでは《中路》へも行ってみたかったのですが、梭坡で満喫できたので止めました。

美人谷を割愛したので、6月3日・4日を丹巴散策で過そうと思っていたのですが、小さな集落なので時間が余ってしまいました。
そこで、6月4日に成都へ戻ることにしました。

結果、今回は、
     5月30日: 広州→成都
     5月31日: 成都→丹巴
     6月1日 : 梭坡の碉楼
     6月2日 : 甲居藏寨
     6月3日 : 丹巴散策
     6月4日 : 丹巴→成都
     6月5日 : (成都)
     6月6日 : (成都)
     6月7日 : (成都)
     6月8日 : 成都→広州
となり、成都で飛行機待ちで4泊もすることになってしまいました。

丹巴で見つけたもの2題(どちらも説明は不要ですね・・・)

1.太陽光鍋

2.棺桶製造所

《丹巴客運中心》です。

何とこれだけです。
オンシーズンにはもっとプレート(?)が増えるのでしょう。

バスはバス站の中ではなく、下の道路端に停まって
いました。

  窓が割れているのはご愛嬌でしょうか???

雅安の手前、泸定(=濾定)の先で、朝に成都を出たバス
とすれ違いました。記録では12:27です。

成都の茶店子のバスターミナルに到着したのは
18:05でした。

5月31日の往路の11時間40分、6月4日の復路
は11時間45分でした。
丸めると所要時間は12時間、過酷なバス路線でし
た。

そこからはもう調べはついているので地下鉄で移動しました。
3月に鉄道の成都站界隈で外人さんお断りという目に遭遇し、苦労した経験から今回は別の中心站である『天府広場』で地下鉄を
下車したのですが、そこでも鉄道駅と同じ状況で、結局330元支払って高価なホテルに泊まりました。

3月の時は300元支払ってショボイ『旭峰酒店』でしたが、それと比較すると、朝食付きでバスタブも有るホテルで不満はありません
でした。

でも、あと3泊するのに330元は痛すぎます。
それならば、差額を支払ってでも航空券を切り替えて帰った
方がましです。

そこで、『花園城大酒店』をチェックアウトして3月に300元
で泊まった勝手知ったる『旭峰酒店』へ行きました。

予期した通りで、120元というので、3泊することにしました。

客引きの案内で泊まった前回は、ホテルに100元、客引きに
100元x2人と後ほど想像したのですが、その通りだったので
しょう。

6月5日・6日・7日と成都に滞在して主に公交バスと徒歩で色々な所へ
行きました。

そしてタクシーにも乗り、判ったのは、成都のタクシーは完全メーター制
で安心して乗れる、つまり有効な便利な移動手段であるということです。

いよいよ6月8日になりました。
大冒険だった『丹巴』旅行を終えて出発点の広州に戻りました。

今回の丹巴行きの所要経費一覧

年 月 日 行  程 手 段 交通費 宿 泊 食費他
2013年5月30日(木) 広州東→空港 地下鉄 7.0 ライター 1.0
広州→成都 飛行機 680.0 パイナップル 3.0
成都市内へ 空港バス 10.0 ビール(2本) 6.0
茶店子へ バイタク 50.0 130.0 煙草(2ヶ) 10.0
2013年5月31日(金) 成都→丹巴 バス 144.0 ビール(3本) 12.0
100.0 バナナ 9.0
2013年6月1日(土) 梭坡へ 傭車 30.0 案内人 20.0
戻り 乗合 5.0 昼食 19.0
戻り 乗合 5.0 煙草(2ヶ) 10.0
2.0
100.0 ビール 4.0
2013年6月2日(日) 甲居へ タクシー 40.0 30.0 水餃子 8.0
戻り 乗合 10.0 (門票) ビール(2本) 8.0
80.0 3.0
2013年6月3日(月) パン 2.0
煙草(2ヶ) 10.0
ビール(2本) 8.0
100.0 ピーナッツ 3.0
2013年6月4日(火) 丹巴→成都 バス 141.0 ドリンク 6.0
地下鉄 3.0 ビール(3本) 9.0
市内バス 2.0 330.0
2013年6月5日(水) 地下鉄 2.0 煙草(2ヶ) 10.0
すもも 3.5
120.0 ビール(2本) 7.0
2013年6月6日(木) 市内バス 2.0 煙草(2ヶ) 10.0
市内バス 2.0 中国版Mac 27.0
タクシー 13.0 ビール(3本) 10.5
タクシー 16.0 120.0
2013年6月7日(金) 鮮肉包 3.0
ヨーグルト 3.5
煙草 3.0
120.0 ライチ 10.0
2013年6月8日(土) 成都空港へ 空港バス 10.0 Macコーヒー 9.5
成都→広州 飛行機 750.0 煙草(2ヶ) 10.0
空港→広州東 地下鉄 7.0
合計 1,929.0 30.0 1,200.0 260.0
総合計 3,419.0
(人民元)

丹巴に関する現地で入手パンフレット類をお目に掛けます。

ここをクリックして下さい。

   http://www.meitian.sakura.ne.jp/sub555.htm

蔵 藏

【蛇足】

『蔵』という文字は現代の日本では《蔵》と表記しますが、この《蔵》は正しい文字ではありません。
日本風の略字です。旧来は『藏』でした。

現代の中国では《藏》の文字が用いられます。
中国でチベットは《西藏》と表記されます。チベット族は《藏族》です。

相違点は、タレにカギがあるかないかで、蔵ですから当然鍵(かぎ)があるわけで、表意文字の
漢字はいい加減に安易に省略すべきでないでしょう。