2014年4月

《貴州省東北部の道真仡佬族自治県と務川仡佬族自治県を訪ねる》  

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2014年4月26日(土)・2014年4月27日(日)

2014年4月28日(月)

2014年4月30日(水)

貴州省は侗族の鼓楼と風雨橋を訪ねて何度となく訪ね歩きました。

次は何処へ行こうかと地図を眺めて思案していると、東北部に、
          
道真仡佬族ミャオ族自治県
          務川仡佬族ミャオ族自治県

という地域が目に入りました。

仡佬族???読み方は???
主要な少数民族は知っていますが仡佬族は初めて目にする民族です。

調べたところ、ピンインでは
Ge(仡)Lao(佬)で、日本語では《コーラオ》
ということが判りました。



   【コーラオ族】 仡佬 gē lǎo

     人口 人口約44万人。ミャオ・ヤオ系。
     主に貴州省务川仡佬族自治県と道真仡佬族苗族自治県に居住。
     少数は雲南省や広西チワン族自治区にも居住。
     大部分が海抜1000メートル以上の山地でミャオ族や漢民族など
     と混住する。

     漢・チベット語系に属すコーラオ(仡佬)族の言葉を使用している。
     稿、阿欧、哈給、多羅の四つの方言に分かれている。
     分散して暮らしているため、中国語がすでに公用語となり、多くの
     人びとはミャオ族の言葉、イー族の言葉、プイ族の言葉に精通し
     ている。この民族は文字を持たない。公用語は中国語。

     コーラオ族コーラオ(仡佬)族の歴史は古く、商代、周代から西漢
     の頃には“百濮”、東漢から南北朝時代には“濮”、“僚”と呼ば
     れ、隋唐代以降各時代で“仡僚”、“葛僚”、“仡佬”と民族の名
     前が変遷している。
     新中国成立後、仡佬が正式名称となった。



                 この地域へは先ず遵義へ入り、そこからバスで目指すのが最も
                 効率がよさそうです。

2元の鎮バスで常平火車站へ行き広州への切符を買う
09:36発 1等車で59.5元(2等+5元)
時間があるのでMacへ入り、小珈琲を飲む 8.5元



広州には11時前に到着
遵義への列車はK841広州発(始発)13:45-遵義着12:50 189.5元

いつもは一旦外へ出て改めて検票・セキュリティチェックを経ていたが
到着ホーム→待合室というルートが有ることを発見、便利だ。


要領がわかっているので、直接『茶座』へ10元支払って入りました。


2時間余りの待ちか、と思ってくつろいでいたら、午後1時頃に突然
遵義行きは17:00発に遅れるとの表示・・・待つしか他になし・・・


その後、電光掲示板の発時刻が16:48に変更になったが大幅な改善では
ありません。   

2014年4月25日(金)

日本発香港を経て深圳経由東莞の常平へ

常平站へ到着後、站の窓口で閑散期だったので難なく遵义(ZunYi 遵義)
への切符を入手。

この日は常平の『君臨酒店』に泊まりました。108元

夕食はホテル近くの和食レストラン《嵐山》でホウレンソウのベーコン炒め
18元+ビール1本20元で38元と初日から散財してしまいました。
K841
全程运行时间 23小时5分
始发站 广州 终点站 遵义
始发时刻 13:45 终到时刻 12:50
站次 站名 到达时间 开车时间 运行时间
1 广州 始发站 13:45
2 佛山 14:28 14:32 43分
3 肇庆 15:54 15:56 2小时9分
4 茂名 19:31 19:37 5小时46分
5 玉林 21:52 22:02 8小时7分
6 贵港 23:02 23:07 9小时17分
7 来宾 0:36 0:41 10小时51分
8 柳州 1:33 1:48 11小时48分
9 金城江 3:59 4:05 14小时14分
10 麻尾 5:59 6:01 16小时14分
11 独山 6:58 7:06 17小时13分
12 都匀 7:53 8:03 18小时8分
13 贵定南 8:41 8:47 18小时56分
14 龙里 9:11 9:19 19小时26分
15 贵阳 9:48 10:01 20小时3分
16 息烽 11:22 11:27 21小时37分
17 遵义 12:50 终点站 23小时5分

【定刻の運行タイムテーブル】

その後、乗車の案内があり、結局列車は16:48に発車、
3時間余りの遅れでした。今回は10支払って『茶座』に入
った価値はありました。

広州始発の列車でしたから、遅れは到着遅れが原因だっ
たようです。



予想通り乗車率は70%程度で、楽な列車旅でした。



遅れを取り戻してくれるのでは、との期待があったのです
が、その後、遅れは拡大して4時間半遅れて遵義到着は
17:20で4時間半の大幅遅延でした。


   当初は遵義到着後に直ぐにバスで《道真》へ向うこと
   を考えたのですが、《道真》は初めてで夜間の到着だ
   とホテル探しに苦労する恐れがあるので、遵義で1泊
   して翌日に入ることにしました。
   それは結果的に正解でした。 
 

《遵義》到着は、定刻より4時間半遅れで17:20でした。

車内の混雑はありませんでしたが、疲れました。

早速、ホテルです。
以前泊まった遵義站前の中級ホテル《京騰麗湾酒店》にしました。
朝食付きで128元とリーズナブルです。

ホテルは朝食付きでしたが、朝早くにチェックアウト
した為に食べることができませんでした。

ホテルにチェックイン後は《道真》へのバスのチェックです。

火車站前の《遵義汽車客運総站》へ行き問い合わせ窓口で道真
へのバスの時刻を訊ねると、道真へのバスは別のバス站からとの
こと。

その站は
《茅草舗客運站》とのことで、この日はそこまでにしてホ
テルへ戻りました。

貴州省を中心としてよく見かける《遵義》という
煙草です。
3元という低級の煙草です。

ホテルで《茅草舗車站》への行き方を訊ねて、10番の公交バスで1元で行けるとの案内を聞いていたのですが、直ぐに見つからず結局タクシー
に乗りました。
9元の基本料金で到着しましたが、10元支払ってタクシーを降りました。

茅草舗車站へ到着したのは7時少し過ぎでした。

電光掲示板の表示によれば、《道真》への始発は07:50
で、200km・71元とのこと。

バス站に掲げられていた路線図です。

これは遵義から東北方面の地図です。

道真仡佬族苗族自治県と务川仡佬族苗族自治県の場所を確認しておいて下さい。

   貴州省の東北部で、北西は四川省、北は重慶市、東は銅仁と接しています。   
  

バスの中で隣の乗客に道真までの所要時間を訊ねると、約4時間とのこと。


バスは茅草舗車站を定刻の07:50に発車し、途中で1回の休憩があって12:20に道真に到着しました。
(所要時間は4時間半) 

恒例のホテル探しです。

《道真客車站》に向って右と左にまともそうなホテルがありました。

《金海大酒店》にチェックインしました。

188元という田舎の割りに高いホテルでした。

でも、シャワーの水圧が低く、チョロチョロでよくありません
でした。
インターネットも切断が多く、とても188元という値段に値
しません。

道真仡佬族(コーラオ族)苗族自治県という名に惹かれてはるばる来たのですが、遵義からの道すがらバスの車窓から
目を凝らして建物や住民の服装など何かコーラオ族の特徴的なものはないかと探し求めたのですが道真に到着するま
で目につきませんでした。

また、道真の街も何の特徴もないものでした。

ただ、道真の街で白い帽子の年配のご婦人を多く見掛けました。
これは、コーラオ族の伝統でしょうか??

2014年4月29日(火)

上の遵義から東北方面の地図を改めてご覧下さい。

道真仡佬族苗族自治県には赤字の標記は殆どありませんが、隣の务川仡佬族苗族自治県には多くの赤字=名所がありそうです。

翌4月29日は务川(=務川)を訪ねることにしました。

《务川の部分を切り取りました》

12:00発のバスがありました。29元

かなり急な山岳道路で、峠を三つも四つも越えて務川
には15:35に到着しました。

移動が便利なようにホテルはバスターミナルの横にあったホテルにしました。

《天泉賓館》で98元で、まあまあのホテルでした。

早目の夕食を簡単に取ってホテルに戻ると、2人の警官が私の
戻りを待っていました。

しつこい質問と綿密なパスポートのチェックがあり、パスポートの
全ページをコピーしてようやく解放されました。それは私に不審な
行為があったからではなく、《外国人》が務川に来ることはごく稀
なことで、珍しさからだったようです。警官は終始友好的で不快な
思いはありませんでした。

突然の轟音です。
人々は空を見上げています。
何んと空飛ぶ人間広告塔です。でも、危険ですね、日本では許可されないでしょう・・・

検討の結果、《龙潭仡佬族文化村=龍潭コーラオ族文化村》へ行こうと思いました。

ホテルで行き方を訊ねると、公交バスがあるとのこと。
朝早くにホテルをチェックアウトして荷物を預けて出発しました。

バス站へ行きましたが公交バスが見つからず、時間の節約の為に滅多に利用しないタクシーにしました。ドライバーに50元と言われましたが
折角の機会ですから奮発しました。

国道を離れて30分足らずで到着したと言われました。

車が全く入っていない大きな駐車場の先に立派な真新しい
ゲートがありました。

《龙潭仡佬古寨》との立派な扁額が架かっていました。

   《文化村》を目指して来たのですが多分これでいいの
   でしょう。
   ゲートを抜けて突き当たりを右へ進みました。

分岐から500m足らず進むと龙潭仡佬古寨の中の入り口です。

《龙潭村古建築群》という石に刻まれた碑文が背後にありました。

集落の中へと進んで行きました。

次の道しるべです。

立派な門構えを備えた一見重厚そうな民家です。

『寨』の中の民家は木造で、特に取り立てて特徴が
あるわけではなく、侗族や苗族の住居とは違って感
動するものではありません。

とはいうものの、最近の無機的な漢族のコンクリート
と煉瓦の住居と大きく異なり、木造独特の温かみを
感じます。

【榭(Xie)】を調べて、判明しました。

  日本語では【台(うてな)】だそうです。.

  意味は、
   1 四方を眺めるために建てられた高い建物。高殿(たかどの)。
   2 極楽に往生した者の座る蓮(はす)の花の形をした台。蓮台(れんだい)。
   3 (「萼」とも書く)花の萼(がく)。
   4 眺望をよくするために、土を積んで高くした所。

   ちなみに、「うてな」と読む漢字は他に二つあります。
    「萼(ガク)」・・うてな。がく。花びらの外側の緑色の部分で、花がつぼみ
                のとき、包んで守っているもの。
                         <「福武漢和辞典」 p.910 >
    「木+射(シャ)」・・うてな。屋根をつけた木造の台。土を高く盛り築いた
                台の上に建てた木造の家屋。
                みたまや=廟
                道場、武芸を練習する所
                         <「福武漢和辞典」 p.565 >

『榭』

  この文字を『樹』と思っていました。
  
  この旅を終えて帰国後に調べたところ
  『樹』ではなく『榭』(木+射だと判明し
  ました。 

ともかく、『九天水榭』の方へ向いました。

大きな円形の舞台でした。

元の地点へ戻ってきました。
そうすると、建物が目に入りました。それを見ると、ここが《龙潭仡佬族文化村=龍潭コーラオ族文化村》だったようです。

左上の写真の右端にテントがあります。そこでは原始的な揚げ物を作っていました。

見ていると、三個1元と言われ買い求めました。

素朴な味の揚げ物でした。

事務所風の建物の前がどうやら公交バスの発着点になっていました。

そこにはかなり詳細な地図が掲げられていました。

暫く待っているとバスが到着しました。折り返しです。
驚きました、運転手は若い美しい女性でした。

務川のバスターミナルに戻ったのは10:30頃でした。

事前のチェックでは、東莞への直行バスは11:00発、深圳へのバスが13:00です。
出発点に戻るには勿論、東莞の方が便利ですが、どちらのバスでも大差はありません。

11:00の東莞行きに乗るべく切符を買うと、行き先が深圳になっていました。

タイムテーブルでは東莞行き11:00、深圳行き13:00
となっていましたが、閑散期で乗客が多くないので2本
のバスを統合して1本にしたのでしょうと想像しました。

実際には11:30頃に発車しました。乗車率は60%程度
でした。

東莞城区(中心部)には4・5箇所のバスターミナルがあります。

東莞の榴花車站に09:30頃に到着しました。(到着時間が明け方にならない
ように多分3・4時間時間調整を行った筈です)

340元であれば、遵義へ出て鉄道で広州へ、その後に常平ということを考慮
するとバスを選択したのは賢明だったと思っています。


その後は、
   榴花車站→総站 2元(約1時間弱)
   総站→常平  15元(約1時間強)
   常平着は正午頃
でした。

その後、最近常宿としている《君臨酒店》に投宿して今回の旅を終えました。